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競争の激しい団塊の世代に生まれて
山口
この連載はビジネスパーソンの皆さんに多く読まれていますので、先生のキャリア、生き方についても関心が高いと思います。子どもの頃から好奇心の扉を開放して、好きなことを追求するだけでなく、好きでないことも好きにしてきた結果として、今、余人をもって代えがたい存在となっておられることは、多くの人にとっての憧れだと思うのです。そうした人生を送る秘訣のようなものがあれば教えていただけますか。
荒俣
僕がこうなった理由はたくさんあると思うんですけれど、その中でおそらくいちばん大きいのは、団塊の世代だったことではないでしょうか。とにかく同世代の人数が多くて競争相手も多かったから、他人がやらないこと、競争相手がいないことをやったほうがいいと感じていたんでしょうね。商売がものすごくヘタな商人の息子だったこともあって、「他人と争わない」ことが大事だと。争わないということは、妖怪のテーゼの一つでもあります。
山口
妖怪は争わないのですか。
荒俣
争うように見せて争わない。民俗学者の柳田國男の『妖怪談義』を読むとよくわかります。「置いてけ」と妖怪が言うのだけれど、「じゃあとってみろ」と挑みかかると、「すみませんでした」って消えちゃう。ほとんどの妖怪はそうで、そのことが妖怪の本質なのかもしれないと思いますけれど、僕も争わないのが一番だと考えた。争う代わりに、そのエネルギーを自分が好きなことで他の人がやらないこと、今で言うニッチ、隙間産業に使おうと思ったのです。これは逆に考えると、ものすごくパフォーマンスがいい投資方法ですよね。けれどもそれはかなり後になってから気づいたことで、その当時は「みんながやっていないことって魅力的じゃない?」というぐらいの感覚でした。
その隙間産業が、僕の場合は魚の飼育や、幻想文学、オカルトや神秘学、博物学、妖怪といったものだったわけです。ただし、好きなことを追求するために、代償として捨ててきたものが子どもの頃からたくさんありました。まず諦めたのはモテること。お金があればすべて本や何かに投入してしまいますから、外見を気にする余裕はなくなります。
山口
資源配分の集中が行われるわけですね。
荒俣
そうです。好きなことに集中するためには、犠牲も仕方ありません。ただ、われわれ団塊の世代は多くがそうだったと思います。数が多かったと同時にほとんどが貧乏でしたからね。われわれの親世代の夢は、子どもが勉強して大学を出て、安定した職に就いて給料がちゃんともらえるようになること。そのために両親は必死に働いて、子どもを塾に通わせました。子どもの方も、そうした両親の苦労に報いるために競争して勝とうと頑張った時代です。一方で、それで勝てればいいけれど、勝てるかどうかわからないことより、競争のないところへエネルギーを使ったほうがいいんじゃないかと考える人が、僕も含めて1クラスに2人か3人ぐらいいた。
1947年生まれの人口は260万人を超えていましたから、その中で仮に1,000人のニッチな子どもがいたら、かなり希少価値が高くてメリットも大きいですよ。僕が今、ユニークな存在になれたのは、そういう背景があったおかげじゃないかと思うんです。
みずから先生を見つけて弟子入り
山口
そういうことを直感的に感じておられた。
荒俣
ええ。それとね、もう一つ重要なのは、権威や情報といったものの蓄積が、戦争で全部壊れたことも大きかったのではないでしょうか。
大学にしても、かつてはすごい先生に学びたい、学統を継ぎたいという志で選んでいたと思うのですが、われわれの頃はそうした権威も薄れて大学の名前だけで選ぶような時代でした。だから、普通にしていたら師と仰げるような先生に巡り会える可能性は少なかったと思います。
山口
それで、自伝などにも書かれていたように自分から先生を見つけて弟子入りされたのですね。
荒俣
興味を持った分野の本をいろいろ読んでは先生を勝手に見つけて、手紙を出して弟子にしてくださいとお願いしていました。あの頃は、今でもそうかもしれませんが、変なことを研究しているのはだいたい在野の人でしたから、弟子が来ると大変喜ばれて、教えられるものは何でも教えてやろうという人が多かったんです。例えば、中学生のときに平井呈一という小泉八雲の小説を翻訳した人へ手紙を出したのですが、あとで聞いたら「戦後初めて子どもから手紙が来た」と、すごく嬉しかったそうです。
山口
そういう時代だったのですね。作曲家の武満徹も音楽学校には行かずにほとんど独学で作曲を学び、尊敬していた作曲家の清瀬保二に師事したのですよね。自分の書いた曲の譜面をもって家へ行って、「いつでも作品をもっていらっしゃい」と言われ、すごく嬉しかったそうです。そのような学校という枠組みを越えた師弟関係というのは、とてもいい教育システムではないかと思います。
荒俣
僕もそう思います。在野の方々だからお金や地位や名誉は関係なく、ボランティア精神で知識を与えてくれる。
山口
贈与ですね。
荒俣
まさにそうです。贈与経済のようなものが成立していたからこそ、他の人がやらない変なことを追求する生き方もしやすかったのかもしれません。今は社会が違うので僕と同じことはできないかもしれないけれど、まずは好きなことを始めてみたらいいと思うんです。
(取材・撮影協力:角川武蔵野ミュージアム)
荒俣 宏(あらまた・ひろし)
1947年東京都生まれ。博物学者、小説家、翻訳家、妖怪研究家、タレント。慶應義塾大学法学部卒業後、日魯漁業に入社。コンピュータ・プログラマーとして働きながら英米の怪奇幻想文学の翻訳・評論活動を始める。1987年『帝都物語』で日本SF大賞を受賞。1989年『世界大博物図鑑第2巻・魚類』でサントリー学芸賞受賞。テレビのコメンテーターとしても活躍中。神秘学、博物学、風水等多分野にわたり精力的に執筆活動を続け、その著書、訳書は350冊以上。稀覯書のコレクターとしても有名である。
山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
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