荒俣 宏氏 作家・翻訳家・博物学者/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
過去の新聞記事を読むという共通の楽しみを持つ荒俣氏と山口氏。そこには当時の空気に触れ、その変化をつかむおもしろさがあるという。無駄と言われるようなことの中に発見があり、そのことはリベラルアーツの重要性にも通じるという。

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昔の新聞から見えてくること

荒俣
前回の役に立つ立たないという話で、僕は5年ばかり前から、なるべく無駄な知識を楽しもうと思って新聞を創刊号から読んでいるんですよ(笑)。今残っているのでいちばん古いのは、明治5(1872)年に創刊された毎日新聞系統の東京日日新聞で、その記事の変遷を追っていくと、ある時点で社会を席巻していた価値観や思想でも、あっという間にひっくり返るものだということをつくづく感じます。太平洋戦争の終戦前後がその顕著な例ですけれど。

山口
私も昔の新聞や経済誌を読むのが好きですが、いろんなものが見えてきますよね。そういう意味で言うと、ここ数十年という短期間の間に、人間の世界観はずいぶんこすっからくなったというか、偏狭になってしまったように感じます。

荒俣
なった。それは同感ですね。

山口
例えば、『荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産』にも書かれていますが、1960年から毎日新聞に連載された「雪男学術探検隊」のレポートがありますよね。東京大学医学部の教授が探検隊を率いてヒマラヤまで雪男を探しに行ったけれど、暖冬で雪が少なく、雪男の足跡が探せなかった。で、どんどん連載のテンションが下がっていって。

荒俣
あれは笑いました。

山口
1973年には、当時参議院議員だった石原慎太郎さんを隊長とした「ネッシー探検隊」というのもありました。そうしたことが大真面目に行われていたのが昭和という時代で、振り返ってみれば無茶と言われるようなことも含めて、嘘かまことかわからないようなことも許容する大らかさがあったように感じます。

荒俣
あの頃は勇敢でしたよ、みんな。昔の新聞を読むと、そういう素材そのものに触れることができ、その時代の空気を直に感じられるというおもしろさがあるんです。

雪男探検隊は、雪男を発見できずに仕方なく山を下って、インドのガンジス川に生息する珍しいカワイルカを研究しようと捕獲を試みたりして、何とか「学術探検隊」としての着地をしました。実は、そのガンジスカワイルカの研究が、のちに水生哺乳類学の発展につながり、最終的には学術的な財産になったわけです。

山口
まさに受精卵が生まれたのですね。

荒俣
そうなんです。現代の感覚からすれば馬鹿げたことだと思うかもしれないけれど、当時の日本は敗戦国で学術的にも遅れをとっていましたから、欧米の調査隊も発見できなかった雪男を見つけることで、日本の優秀さを証明したいと考えていたんです。誤った情熱だったかもしれないけれど、実行するエネルギーがあった。

山口
ネッシーも似たような構図ですね。世界中で謎とされていたものを日本人が見つけたら、えらいことだと。今こういうふうに語られてしまうのも、結果としていなかったからというだけで、もしかすると、いたかもしれない。

荒俣
いたかもしれない。いいこと言うなあ(笑)。いたら大変なことでしたし、当時はいる可能性もちゃんとあったんです。無駄だったかもしれないけれど、見方を変えればとても勇敢な、大胆な実験と言えたかもしれません。

山口
そういう壮大な無駄の中に大発見があるかもしれなくて、死んでいく知も大事だということで言えば、雪男やネッシーの死がわが国の学術の今につながっている面もあるわけですよね。

今は失敗をおそれて確実なことばかりやろうとする傾向が強くなって、セレンディピティ、受精卵を生み出すような出会いというものを遠ざけているのではないかと感じます。

荒俣
セレンディピティという言葉をつくったホレス・ウォルポールは、『オトラント城奇譚』という怪奇小説の源になったゴシックロマン小説を書いた人です。無駄に見えるような知の積み重ねから、思いもかけなかった発見、受精卵を生み出すという知のプロセスを表現する言葉を生み出した人が、オバケが出てくるような、普通の人から見れば無駄な文学で有名になった人というのも、何だかちょっと不思議な巡り合わせを感じますよね。

画像: 昔の新聞から見えてくること

リベラルアーツは考えるための方法論

山口
無駄ということで言えば、この連載シリーズを通したテーマであるリベラルアーツも無駄という人がいます。

荒俣
リベラルアーツはむしろ、無駄に思えるものの中から何かを生み出すという知のプロセスにおいて、たいへん重要な要素ですよね。数学系の算術・幾何・天文・音楽と、言語系の文法・論理・修辞を合わせた自由七科がもともとの構成だけれど、数学系統が重視されたというのは、考える力を養うためでしょう。さらに天文学と音楽もあれば鬼に金棒ですよ。

山口
リベラルアーツって文系の教養だと思っている人が多いですが、七つのうち四つが実は理系なんですよね。

荒俣
そうです。あとの言語系は、論説する力、コミュニケーションのために重要なものばかりです。それらが身につけば、何でも知っているという顔ができるんですよ。

実際、神学や医学などの専門分野は別にありますから、リベラルアーツはそれ自体が勉強なのではなくて方法論なんです。これを方法論として物事を考えるということが重要なのでね。

山口
リベラルアーツはラテン語でartes liberales、つまりars(アルス)なんですよね。

荒俣
まさにそうです。arsは明治時代に「芸術」という訳語をつけてしまったものだから、絵を描くことみたいに思われているけれど、本来の意味は「技術」ですよね。だからリベラルアーツはまさに実として、思考のベースとして使えるテクノロジーなんですね、一種の。これが大学のシステムに組み込まれたというのはたいへん重要で、西洋における知の改革が早くから進んだ大きな理由だったのではないかと思います。

山口
対談に先立って、ここ角川武蔵野ミュージアムの館内をご案内いただいた際に、図書館「エディットタウン」も拝見しましたけれど、さすが館長の松岡正剛さんが監修されただけのことはある、すばらしい空間でした。一般的な図書館のジャンルごとにきっちり分類された配架ではなくて、逍遙(しょうよう)しながらある本と出会い、そこから周辺の本へ興味関心が広がっていくような並べ方をされていて、大人から子どもまで思い思いに本に触れて楽しめる。あのような場がリベラルアーツを育むのだと思いました。同じような図書館がもっと増えるといいですよね。

荒俣
そうですね。いくら大事だと言われても、勉強なんていうのは自分が興味をもっておもしろいと感じなければ身につかない。それにはきっかけや環境づくりも大事だと思います。

画像: リベラルアーツは考えるための方法論

(取材・撮影協力:角川武蔵野ミュージアム)

画像1: 好きなことを学び、無駄を楽しむ
知の巨人が伝える、人と争わずおもしろく生きる知恵
【第3回】壮大な無駄の中に発見がある

荒俣 宏(あらまた・ひろし)

1947年東京都生まれ。博物学者、小説家、翻訳家、妖怪研究家、タレント。慶應義塾大学法学部卒業後、日魯漁業に入社。コンピュータ・プログラマーとして働きながら英米の怪奇幻想文学の翻訳・評論活動を始める。1987年『帝都物語』で日本SF大賞を受賞。1989年『世界大博物図鑑第2巻・魚類』でサントリー学芸賞受賞。テレビのコメンテーターとしても活躍中。神秘学、博物学、風水等多分野にわたり精力的に執筆活動を続け、その著書、訳書は350冊以上。稀覯書のコレクターとしても有名である。

画像2: 好きなことを学び、無駄を楽しむ
知の巨人が伝える、人と争わずおもしろく生きる知恵
【第3回】壮大な無駄の中に発見がある

山口 周(やまぐち・しゅう)

1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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シリーズ紹介

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※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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