「第1回:近過去に学ぶ経営知。」はこちら>
「第2回:異才との出会い。」はこちら>
「第3回:同時代性の罠(わな)。」はこちら>
「第4回:『400万台クラブ』に見る同時代性の罠。」はこちら>

※本記事は、2020年9月3日時点で書かれた内容となっています。

「400万台クラブ」の熱狂と迷走は「同時代性の罠(わな)」が経営判断を大きく誤らせるということを物語る典型的な事例です。現在から近過去を振り返りますと、商売と経営にとって本質的な論理が何なのかが良く分かりますし、また何が偽物の論理だったのかもはっきりとするわけです。

投資家のウォーレン・バフェットの名言を借りれば、「潮が引いた後で、誰が裸で泳いでいたかが分かる」。言い得て妙です。『逆・タイムマシン経営論』の効用はまさにそういうことで、あっさり言うと「本質を見極める」ということです。みなが「本質を見よ」「本質が大切だ」というのですが、本質とは何でしょうか。いちばんわかりやすいのは「それが時代の流れの中で変わるか変わらないか」に注目することです。そう簡単に変わらない。これが「本質」の本質です。だからこそ、近過去の歴史の変化をたどることに意味があるわけです。

戦後復興期から振り返るだけでも、大きな変化をこの社会は経験してきています。新しい技術が次から次に生まれてきました。市場の環境も大きく変化しました。日本だけをとってみても、リードしていく産業が繊維から鉄鋼、造船になり、自動車になり、半導体になり、今のようなサービス業に変化してきました。近過去の歴史の流れを追うと、多くのことが変化していくのが改めてよく分かるのですが、その一方で、一貫して変わらないものも同時に見えてきます。これが本質です。

僕の好きな高浜虚子の句に「去年今年(こぞことし)貫く棒の如(ごと)きもの」があります。本質というのは「棒のごときもの」です。変化を追うからこそ、初めて普遍の本質が浮き彫りになるという逆説です。ここに『逆・タイムマシン経営論』の眼目があります。

最近のベストセラーに『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』があります。事実を正しく読み解く力が重要であり、そのためにはきちんとファクトを見ましょうという内容で、まったくその通りだと思います。これになぞらえて言うと、『逆・タイムマシン経営論』の価値は「PASTFULNESS(パストフルネス)」にあります。未来は誰にも分かりません。しかし、過去(past)は既に確定した事実です。歴史それ自体がファクトフルなものです。

ただし、統計や数字のファクトは、因果関係についての論理には立ち入りません。論理的な奥行きがないのです。一方の歴史にはものすごく豊かな文脈があります。なんでそういうファクトが起きたのかという背景、状況、同時代の雰囲気、そういう文脈を丸ごと理解すると、より本質が見えてくる。

「PASTFULNESS(パストフルネス)」はビジネスパーソンにとって大きな差別化の武器になると思っています。今はメディアがデジタルになってきているので、情報の送り手はとにかく記事の閲覧数を上げなければなりません。その時の人々の注意関心をいかに引くかにあの手この手を使ってきます。しかも受け手側はスマートフォンのような小さな画面で見ている。メディアはよりキャッチーで刺激的な情報、誇張された内容を発信することになります。

そういう時代だからこそ、膨大な断片的情報から本質を引き出すというセンス、これがますます重要になってきます。3年目に入ったこのEFOビジネスレビューも、皆さまのお役に立てればと思いながら続けていますが、10年後に読むと今とはまた違う印象を受けるかもしれません。僕自身が「同時代性の罠」にはまっているかどうか、ご関心がある方は10年後にもう一度お読みいただければ幸いです。

画像: 逆・タイムマシン経営論-その5
パストフルネス。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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楠木健の頭の中

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破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

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経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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