「第1回:コロナ禍で始まった私のリモートワーク」はこちら>
「第2回:環境の変化に自分を慣らしていく」はこちら>
「第3回:何もしない時間をつくることの大切さ」はこちら>
「第4回:家にいながらできる簡単な坐禅のしかた」はこちら>
※本記事は、2020年8月19日時点で書かれた内容となっています。
物事にとらわれないということ
ものの見方について、昔から「人間万事塞翁が馬」ということわざがあります。世の中は良いことのあとには悪いことがきて、悪いことのあとには良いことがくるというたとえです。実際の話は、昔の中国で国境の塞(とりで)近くに住む老人の馬が敵国に逃亡(不幸)、しかし数か月後に逃亡した馬が敵の駿馬を連れて戻る(幸)、しかしその駿馬に乗った息子が落馬して足を怪我(不幸)、ところが隣国と戦争が起きて多くの若者が駆り出されるなか、足を怪我した息子は兵役を免れた(幸)というもの。老人は幸か不幸かは本当のところ分からないので、そのつど一喜一憂してはいけないということを諭しています。
私の父も陸軍の将校で中国に出征しているとき、わき腹に銃弾を受けて重症を負いました。しかし現地では手術ができず内地に送還されて手術を受け、終戦の2年前に除隊になっています。もし銃弾を受けずに元気なままであれば、当時の状況からそこで戦死している可能性は大きいと思います。自分に起きていることをどういうふうに捉えていくのかということはとても重要ことです。自分だけではなく、その周りに対しても。悪く捉えようとすると、どんなことでも悪く捉えることができます。悪いことを完全に良いこととして捉えるのは難しいことかもしれませんが、こういうこともあるよねといった軽いところでものの見方を何とか転換し、ものの見方をさらに鍛えていくことが大切になっていると思います。
最後は祈るという強さ
ものの見方を鍛えるには、変なこだわりを捨てることも必要です。責任感が強い人ほど、自分がもうちょっとやれば成功したのではないかとか、このミスは自分の努力がもう少し足りなかったせいじゃないかとか、いろいろなことを抱え込む人がいます。しかし、できないことはできないのです。ひとりの力はそんなに万能ではありません。自分ができる範囲のことは一生懸命にやらないといけませんが、そこから先のことはもう祈るしかありません。そういうものの見方や考え方に変える必要があります。そして、人はもっと「祈る」ということに気づいた方がいいと思います。結局、最後は祈ることしか人間にはできません。人事を尽くして天命を待つというものの見方はとても大切です。子どもを塾に通わせ勉強をさせても試験を受けるのは子どもです。合格を祈るしかありません。親が病気になってどんなにいい病院に入れても最後は祈るしかない。祈るという行為は心の平静を保ってくれます。ものを見るときは独りよがりにならないことが大切です。世の中がどのように変わっても、おおらかな気持ちで祈っていくのがいいと、私は思います。
転とは変化すること。世界の状況や、私たちをとりまく環境は常に変化している。私たち自身の心も日々に新しく変化していく事が必要だ。
コミュニケーションの未来
いま私がいちばん興味を持っていることの一つに、人が直接会うという行為がこれからどうなっていくのかということがあります。昔は交通機関もありません。ここ全生庵を建てた山岡鐵舟は江戸城の無血開城について西郷隆盛のいる駿府へ赴き、彼と直談判をしています。この両者が顔を合わせるのは初めてです。初めて会った両者が江戸城の明け渡しを決めるわけです。初めて会った人間同士がお互いの腹の中を探り、見破り合う。人は一回会っただけで何がわかるかと言いますが、二人はわかりあえたのでしょう。
いまでは頻繁に電子メールでやりとりし、テレビ会議の画面の中で頻繁に会っているような気になっていますが、この進化が続くのであれば直接会う機会はますます少なくなっていきます。山岡と西郷のように一回会っただけで相手の腹のなかを見抜いてビジネスを成功させるには、彼らのような眼力と胆力がこれからは求められると思います。とくに経営者の方は人を見る目がますます必要になってくると思います。人間と人間のつながりがこれからどうなっていくのか、非常に興味深く見ています。
この八月の時点でコロナ禍は一向に収束の気配をみせていません。コロナウイルスへの感染はもちろん誰でも怖いと思います。だから制約なしに何をしてもいいとは言いません。ただ、コロナウイルスだけで人が亡くなっているわけではありません。熱中症で亡くなっている方も大勢います。人が生きていくうえでは他にもいろいろなリスクがあります。その点では、いまの社会状況はコロナ禍だけに神経質になり過ぎているような気がしていますし、そのことが感染者への中傷や差別につながっていないとも限りません。これまで日本という国は平和で、何の心配もなく普通に暮らせるのが当たり前でした。これがコロナ禍によって多少違う方向にスイッチが入ってしまったのは事実です。我々が忘れてはいけないことはリスクというのはつねに身近にあるということです。そのなかで、一人ひとりがどのように行動するか、そして当たり前にしていることが、実は当たり前のことではないということを、コロナ禍を契機に考えていければ、社会が抱えるさまざまな課題にも解決の道が開けていくと思います。
平井 正修(ひらい しょうしゅう)
臨済宗国泰寺派全生庵住職。1967年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、1990年、静岡県三島市龍澤寺専門道場入山。2001年、下山。2003年、全生庵第七世住職就任。2016年、日本大学危機管理学部客員教授就任。現在、政界・財界人が多く参禅する全生庵にて、坐禅会や写経会など布教に努めている。『最後のサムライ山岡鐵舟』(教育評論社)、『坐禅のすすめ』(幻冬舎)、『忘れる力』(三笠書房)、『「安心」を得る』(徳間文庫)、『禅がすすめる力の抜き方』、『男の禅語』(ともに三笠書房・知的生きかた文庫)、最新刊『老いて、自由になる。』(幻冬舎)など著書多数。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
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