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何もしない時間というのはあるようで、実はあまり無い。この何もしない時間を意図的につくることは意外と難しく、勇気のいることです。でも、この時間が心を落ち着かせ、折れない心を育ててくれるといったことなどをお話します。

「第1回:コロナ禍で始まった私のリモートワーク」はこちら>
「第2回:環境の変化に自分を慣らしていく」はこちら>

※本記事は、2020年8月19日時点で書かれた内容となっています。

身体を慣らすのはじっくりでいい

前回、リモートワークによってもたらされる不安や悩みへの特効薬はなく、まずは身体をそれに慣らしていくしかないという話をしました。いまの日本の状況はほとんどの人が初めて経験するものです。みんなが慣れないこの状況のなかでまだ右往左往しているというのが正直な印象です。一方で、海外に比べて日本企業はリモートワーク対応が遅れていると言われ、経営上層部は非常に焦っていますが、社員の身体はリモートワークについてこない。これがほとんどの会社の現状ではないでしょうか。しかし、そうした状況にあまり踊らされない方がよいと、私は思います。なんで自分だけができないんだろうとか、ストレスを抱えているのは自分だけじゃなくて、みんなも何とかしたいと思ってるんじゃないかとか。もちろんそういうことについて仕事の仲間たちと意見交換ができないのは苦しいと思います。いつもなら仕事帰りに一杯ひっかけて話ができるわけですから。でもいつかは環境の変化に身体が慣れて、そこから心は自然についてきます。急ぐ必要はありません。日本の社会全体のリモートワークの流れは、コロナ禍が終息しても変わらないと思うからです。

何もしない時間が育てる折れない心

坐禅も同じで急いではいけません。坐禅をすると心が落ち着くとよく言われます。しかし、いくら坐禅しても緊張するときは緊張するし、怒るときは怒るし、悲しいときは悲しいし、寂しいときは寂しい。坐禅をすればそんなことを感じなくなるということはありません。たとえば、緊張すると身体も反応して、心臓がドキドキして呼吸が早くなったりします。そういうときに無理やり自分を押さえ込もうとしても無理です。逆に、リバウンドによって負の作用が出てくるかもしれません。

人間には考えても仕様がないことがあります。そのときに、こんなことを考えても仕様がないから考えるのをやめようと思ってもなかなか難しい。考えるのをやめようと思えば思うほど、どんどん考えが出てきてしまいます。緊張もそれと同じです。そういうときには放っておくしかありません。「おー、俺緊張してきたよ」ってね。

心は泥水の入ったコップ

では、落ち着くとはどういうことでしょうか。心的に落ち着いている状態をイメージするのはなかなか難しいと思います。怒っている状態はわかります。嬉しい状態もわかる。悲しい状態もわかる。緊張している状態もわかる。でも落ち着いている状態ってよくイメージできません。我々は落ち着きたいと思っているけど、落ち着いている状態がよくわかりません。これはひとつのたとえですが、コップの中に泥水を入れて、これをずっと掻きまわしているといつまで経っても泥水のままですが、机の上にぽっと放っておくと、5分もすればきれいな水と泥に分かれます。これが落ち着いている状態です。我々の心のなかも落ち着かなきゃいけないとぐるぐる掻きまわしていると、いつまで経っても落ち着かない状態ということになります。ですから、泥水の入ったコップをぽっと机の上に置いてみるような状態を自分のなかに作ってあげることが必要なのです。落ち着こうとどれだけ頭を巡らせても落ち着けるものではありません。大事なことのひとつは、何もしないでじっと坐っていることだと思います。

画像: 無為(むい)

無為(むい)

自分勝手な考えや思い込みを捨て、あえて余計なことをせず、物事をありのままに観ていくこと。

何もしない時間をつくる勇気

人間は結構動きたがる性分です。動きたがるというのは身体だけではなく、心の方も同じです。迷いと言ってもいいかもしれません。迷うとどうしても何かを考えてしまう。こんなことではいけないとか、それこそ落ち着かなきゃいけないとか、何か抜け出す方法があるんじゃないかとか。このように次から次へと考え始めますが、考えれば考えるほどドツボにはまっていくことがあります。もちろん考えなければいけないときにはしっかり考えることが大事ですが、ときには考えることをやめてみることも必要だと思います。ある意味、それが坐禅だともいえます。

何にもしない時間をつくることは本当に大切だと思います。たとえば、道に迷ったときに人は右往左往します。しかし、道に迷ったときにいちばん大切なことは、いま自分がどこにいるかを知ることです。自分がどこにいるかも知らないでいくら右往左往したところで、まぐれでも起きないかぎり目的地にはたどり着けません。まず自分のいまの状態/状況がどうなのかを知ることが大事なのです。これは会社も同じで、刻々と変わっていく経営環境を正確に把握していなければ次へは進めませんし、とても改革なんてできないと思います。

自分を変えるという話もよく聞きます。でもその前に、いまの自分が分かっているんですかという話です。いまの自分が分からないのに何を変えるのかという話です。自分を変えるためには、まずいろいろなことを一度ニュートラルな状態に戻しておくことが必要です。じっとしているのは勇気がいることだと思います。たとえば、道路が渋滞しているときに抜け道を探して走り回ろうとする人がいますが、結果的に目的地に着く時間は変わらなかったという話はよくあります。人間は動いていることで安心するところがあります。いまこそ、じっとしている時間をつくる勇気みたいなものが必要とされているかもしれません。

画像: 心を調える坐禅のすすめ
【第3回】何もしない時間をつくることの大切さ

平井 正修(ひらい しょうしゅう)

臨済宗国泰寺派全生庵住職。1967年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、1990年、静岡県三島市龍澤寺専門道場入山。2001年、下山。2003年、全生庵第七世住職就任。2016年、日本大学危機管理学部客員教授就任。現在、政界・財界人が多く参禅する全生庵にて、坐禅会や写経会など布教に努めている。『最後のサムライ山岡鐵舟』(教育評論社)、『坐禅のすすめ』(幻冬舎)、『忘れる力』(三笠書房)、『「安心」を得る』(徳間文庫)、『禅がすすめる力の抜き方』、『男の禅語』(ともに三笠書房・知的生きかた文庫)、最新刊『老いて、自由になる。』(幻冬舎)など著書多数。

「第4回:家にいながらできる簡単な坐禅のしかた」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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