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リモートワークによって生じた仕事仲間とのコミュニケーションの希薄感、仕事と家庭に対する切り替えの難しさ。こうした不安や悩みへの処方箋は「慣れること」しかありません。それにはまず身体から慣らしていくことが大切といったお話です。

「第1回:コロナ禍で始まった私のリモートワーク」はこちら>

※本記事は、2020年8月19日時点で書かれた内容となっています。

リモートワークでの悩み

コロナウイルス感染の拡大を契機に、リモートワークを推進する企業が増えていくなか、仕事場と家庭が同居することで、これまでにはなかったさまざまなストレスを感じている方が多いと聞きます。家に仕事を持ち込まないという夫婦の約束があったのは遠い昔の話で、生活のスタイルはますます混迷の度を深めているといえるかもしれません。
これはリモートワークになって悩むある人の声です。

「完全リモートワークになって5か月目、仕事に大きな支障はないが、ずっと家にいて、家族がいるなかで昼間仕事をしているというのはしんどい部分もある。会社に行けば、お昼は社員食堂みたいなものがあって、食事がすめばすぐに仕事に戻れる。家だと食事をつくり、子どもに食べさせて、また仕事に戻るけど、子どもたちが横でテレビを見ているという環境。なかなか雑念から逃れられないし、仕事に没頭することができない。また、仕事のメンバーとの対面での打ち合わせができないのは、エッセンシャルな部分はこなせても、場の雰囲気とか、相手の表情とかが感じ取れないので、コミュニケーションとして薄いものになっている感じがして不安になってくる。本当にこれで良いのかと。心を落ち着かせて自分と向き合いながら良い仕事をする、そして家族を支えるにはどうあればよいかと悩むことが多い」。

石の上にも3年

こうした不安や悩みに対しては、人間は環境に大きく左右されるという先程の話と通じていて、その処方箋は、「慣れるしかない」ということです。いい加減に聞こえるかもしれませんが、いままでとはまったく異なる環境に置かれたわけですから、そこに特効薬みたいなものはありません。人間の心と身体は一つですから、まず身体から慣らしていくことが大切だと思います。

よく「石の上にも3年」と言います。我々臨済宗の場合、大学はどこを出ていてもいいのですが、必ず修行道場に最低3年間は行かないと住職になる資格は得られません。将来、自分が寺を持ったときに何が必要かというと、まず檀家さんの葬儀や法事ができること。それからひと通り坐禅の仕方であるとか、宗門の教義であるとかを身につけておくことです。しかし、それだけであれば「通い」でもいいのです。わざわざ修行道場で辛い合宿生活をする必要はないのです。にもかかわらず、禅宗というのはいまでも修行道場に行かなければならない決まりがあります。その理由の一つは、自分の身体をまず禅僧としての身体に変えるというか、禅僧の身体になることに大きな必要性を見いだしているからです。修行道場に行ってみると、食べ物から生活習慣までありとあらゆるものが、一般社会の生活から一変します。

修行できる身体をつくるだけでも最低1年はかかりますし、それから修行というものに本当に取り組めるようになるまでには3年ぐらいの歳月が必要です。たとえば、着物を着たことがない人間が毎日着物を着て生活をするわけですから、着物が身体に慣れるまでにもやはり3年。そして3年経ってみるとやっと着物が落ち着いてくる。小学生でもそうですよね。一年生のうちは制服に着られているようなイメージですけど、三年生くらいになるとやっとしっくりしてくるというか、板についてくるのと同じです。

画像: 自由自在(じゆうじざい)

自由自在(じゆうじざい)

自分の欲望のままにふるまうことではなく、本当の自らの主体性に気づき、自らに由って立つこと。

子どもの心に帰る

在宅のリモートワークでいちばん大変なのは、やはり子育てではないでしょうか。お寺の仕事はもとから在宅勤務のようなものですが、子どもの面倒を一日中見ていて、それが毎日続くと本当にめげてきます。それに対して、子どもは朝から晩まで怒られてもめげない。怒られていても、その途中で「終わった?」と平気な顔をしていう。大人であれば絶対にめげると思います。子どもは心が強い、大人より遥かに強いので、これも処方箋はなく子どもに慣れるしかないのです。

人間は大人になるにつれてだんだん心も身体も堅くなっていきます。子どもは「今」しか生きていない。瞬間を生きている動物です。だから泣いていても一瞬で笑ったりします。あの切り替える力には大人が見習うべきものがあると思います。瞬間に集中できる子どもの能力は、大人になった我々もかつては持っていたものです。それが大人になると次第に周りをみるというか、腹の中は煮えくり返っていても笑顔で握手できるようになるわけです。これが大人になることかもしれませんが、その代償として子どもの頃の切り替える力を失っていく。禅宗では、大切なのは子どもの心に帰ることだとよく言います。何かを見つけることではなく、あの自由自在だった子どもの心に帰ることが修行であると。そういう子どもの心に立ちかえりたいという気持ちで接してみるのもいいかもしれません。

画像: 心を調える坐禅のすすめ
【第2回】環境の変化に自分を慣らしていく

平井 正修(ひらい しょうしゅう)

臨済宗国泰寺派全生庵住職。1967年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、1990年、静岡県三島市龍澤寺専門道場入山。2001年、下山。2003年、全生庵第七世住職就任。2016年、日本大学危機管理学部客員教授就任。現在、政界・財界人が多く参禅する全生庵にて、坐禅会や写経会など布教に努めている。『最後のサムライ山岡鐵舟』(教育評論社)、『坐禅のすすめ』(幻冬舎)、『忘れる力』(三笠書房)、『「安心」を得る』(徳間文庫)、『禅がすすめる力の抜き方』、『男の禅語』(ともに三笠書房・知的生きかた文庫)、最新刊『老いて、自由になる。』(幻冬舎)など著書多数。

「第3回:何もしない時間をつくることの大切さ」はこちら>

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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