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※本記事は、2020年6月5日時点で書かれた内容となっています。

2013年には、『戦略読書日記』という本を出しました。前著の『ストーリーとしての競争戦略』では、ストーリーという視点で、いろいろな経営や戦略を僕なりに観察しては考えました。そこで痛感したことは、戦略ストーリーを構想し、動かす力は「スキル」を超えた「センス」としか言いようがないものであるということです。

僕はビジネススクールで教えています。基本的にビジネススクールの教育の目的はビジネスに関わる「スキル」の伝授にあります。しかし、戦略ストーリーを丸ごとつくるとなると、「スキル」だけではどうにもならない、という疑問が強く出てきました。優れた経営者の方を見ていると、彼らがあれだけの優れたストーリー、戦略のストーリーを作ることができたのは、どう考えても「スキル」ではないんですね。

この「センス」の重要性をどうやって伝えようか。それが『戦略読書日記』という本のコンセプトにつながっていくわけです。「センス」についての自分の考えをいろいろなところでお話ししていたのですが、これがどうにも評判が悪い。戦略のストーリー作りで重要なのは、教育や教科書などで身につけることができる「スキル」ではない。その人に固有の「センス」にかかっていますと言った途端に、「それを言っちゃおしまいよ」「どうしてくれるんだ」という反応になります。

センスはスキルと比べて説明が難しい。『経営センスの論理』というセンスの重要性に焦点を当てたエッセイを書いたのですが、センスの意味合いや重要さ、面白さを伝えきれていないと感じていました。どうしたものかと考えているうちに、“書評に仮託する”というアイデアが生まれました。つまり、書評というフォーマットを借りて、その本が題材にしている人物や事象を通して、その本に含まれている非常に上質なセンスを抽出して提供する。これが『戦略読書日記』のコンセプトです。

ですから、『戦略読書日記』は一見して読書感想文集なのですが、一つひとつの章がすごく長い。なぜかと言えば、取り上げたその本からくみ取れるセンスの正体というか総体を伝えたかったからです。この本はコンセプトがそのままタイトルになっているわけではありません。『戦略読書日記』というタイトルではありますが、その内容は戦略でもないし日記でもない。だからといって書評や読書論でもない。「タイトルに偽りあり」なのですが、ただニュアンスとして、センスを伝えるという意図、そういう匂いがするのではないかということで、このタイトルになりました。

多種多様な書物からセンスの正体を抉り出すというコンセプトですから、もちろんセンスあふれる経営者の話、経営者について書かれた本や自伝は取り上げています。例えば、ハロルド・ジェニーン(※1)の『プロフェッショナルマネジャー』、マクドナルドの創業者であるレイ・クロックの『成功はゴミ箱の中に』、こういう本はセンスを読み取る宝庫です。

(※1)ハロルド・シドニー・ジェニーン:1910年~1997年、アメリカ合衆国の実業家。元ITT(International Telephone and Telegraph)の社長兼最高経営責任者。14年半連続増益というアメリカ企業史上空前の記録を打ち立てた。17年間の在任中に世界80か国で350社におよぶコングロマリットを作り上げた。

直接ビジネスに関わる本ではなくても、センスを理解するのに優れたものがあります。例えば、京都の「おそめ」という芸妓(げいこ)さんの生涯を描いている『おそめ』。銀座のナイトクラブの原型を作った人です。他にも、ここでも何度か紹介した芸人や芸論についての本も多く取り上げています。

石原莞爾(※2)の『最終戦争論』からも、センスの何たるかを教えられました。何かを考える時に、それが何ではないかを必ず対で持つ。ここに石原のセンスが現れています。今から考えるとむちゃくちゃな話をしている『最終戦争論』ですが、その中でもいまだに感心させられる彼のセンスは、戦争を「持久戦争」と「決戦戦争」に分けて歴史を大づかみに議論している点です。これによって、一気にいろいろなことが見えてきます。思考の突破口を直撃するセンスを感じます。

(※2)石原莞爾(いしわら かんじ):1889年~1949年。日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。軍事思想家としても知られる。

僕が何かについて考えるときも、「それは何ではない」を常に対にして考えるようにしています。例えば、「ストーリー」というのは個別単体のディシジョンやアクションじゃないとか、それはゲーム理論でいうようなゲームではないというように、それが何ではないかとの対になってはじめて思考対象の実体が見えてくる。センスにしても、それの対概念であるスキルとの相対化ではじめて見えてくるものがあります。

『戦略読書日記』では自分のセンス論を書評に仮託して展開しましたが、スキル対センスという切り口は、その後もずっと僕の関心事であり続けています。スキルよりもセンスがものを言うというタイプの仕事は、本当に世の中に多い。しかし、その割には供給される本はスキルについてのものが圧倒的に多い。「ぜひスキルを身に付けたい」という需要も多い。それに比べて、センスについての理解は遅れていると思います。

あるところまではきちんと勉強して、スキルを身に付けていないと話になりません。しかし、スキルはすぐにコモディティ化します。その人に固有の価値というものは出ないし、ますます出にくい時代になっています。センスの重要性は増している。プレゼンテーションの「スキル」があっても、話が一向に面白くない人、ものすごい財務分析の「スキル」があっても、次にどこにお金を使うんだということになるとさっぱり頭が回らない人とか、そういうことは普通にあるわけです。センスとスキルは似て非なるものです。

センスとは何か。僕にとって重要な問いであり続けています。山口周さんと共著で『仕事ができるとはどういうことか?』という本を昨年出しました。この本を出した後に、この本のタイトルは『スキルとセンス』の方が良かったのではと山口さんに言われました。そうかもしれません。

画像: コンセプト 僕の場合-その3
『戦略読書日記』。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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