※本記事は、2020年6月5日時点で書かれた内容となっています。

5月に「コンセプト」というテーマで、サウスウエスト航空やスターバックス、Amazonなどを例に「商売の元」であるコンセプトについてお話をしました。今回は、視点を変えて、僕自身が仕事の上でどのようにコンセプトを立ててきたかについてお話ししたいと思います。

前回の「コンセプト」でも触れましたが、僕の仕事全体を包括するコンセプトは「芸者」です。何をやって何をやらないか、自分の仕事の大枠から細部まで、この「芸者」というコンセプトを日々の仕事の判断基準にしています。

「おまえに何ができるんだ」「実際に商売をしたことがないくせに」「机上の空論」と言われ続けて29年ほどたちました。僕はそうおっしゃる方の気持ちが良く分かります。実際に経営をしている当事者の方が、実務や組織などについて詳しいのは当然です。しかも、自分で意思決定して実行する立場にある。そういうシリアスな立場に置かれている方のほうが、経営について精通しているのは間違いない。

僕も、優れた経営者の著書を読んで勉強しています。昭和の大経営者でいえば、松下幸之助さんや本田宗一郎さんがお書きになった本。現役の方だと、柳井正さんや永守重信さんの本などを読むと、非常に深くて、有益な経営についての考えが詰まっています。その迫力と深みには到底かないません。

ただし、実際に経営をしている人、商売をしている人というのは、自分が相手にしている現象にどっぷりと漬かっています。どうしても狭くなるんです。自分で経営していないからこそ見えてくる「岡目八目(おかめはちもく)」もあるはずです。外からいろいろな経営の現象を、薄くではありますけれども広範に見ているわけで、観察対象の相対化ができます。

もうひとつは、実際の経営者というのは忙しいので、一日中、じっくり考えているわけにはいかない。幸いにして僕は極めて暇です。ご自身の商売にどっぷりつかり、しかも忙しい実務家に成り代わって論理を考える。この論理が、「芸者」でいう踊りであり、三味線であり、僕の提供物ということなんです。しょせんは踊りや三味線なのですが、そのお座敷にお付き合いいただくと明日への活力が湧いてくるとか、ちょっと違った見方ができるようになるとか、そこに「芸者」の意義があります。この意味での「芸」を仕事にしたい。「芸者」というコンセプトにはこうした思いが込められています。

自分の仕事にコンセプトがあると、日々の仕事が楽になります。僕の経験から来る実感です。僕はこの仕事を20代後半からはじめていますが、7~8年は明確なコンセプトもなく仕事をしていました。その頃は、時々仕事について、苦しいというほどではないのですが、「これはどうしたものかな」と余計なことを考えてしまうことがあったんです。「芸者」というコンセプトを持ってからは、ほとんどそういう無駄な悩みがなくなってきました。

コンセプトがなかった頃は、僕の大学と大学院の指導教官であり恩師である榊原清則先生に影響を受けまくりました。絶対のロールモデルは榊原先生で、いつかは先生のようになりたいと思っていました。榊原先生は経営学者でしたが、競争戦略ではなくて「テクノロジーマネージメント」という分野で仕事をなさっていましたので、僕も大学院の時は自然とその分野で研究の真似事をしていました。たいした成果もなく、「どうも調子が出ない」と思いながらも、ユルユルとやっていました。

そうこうしているうちに、私の1世代上の先輩で、当時は若手の研究者だった藤本隆宏さん(※)が、『プロダクト・デベロップメント・パフォーマンス(製品開発力)』という、自動車産業の製品開発を分析の対象とした大変に優れた実証研究の成果を出版なさいました。これは素晴らしい仕事だなと思いまして、分野も当時の僕と近かったので、藤本さんのお仕事をロールモデルとして追いかけるようになりました。

(※)藤本隆宏(ふじもとたかひろ):1955年~ 日本の経営学者。東京大学大学院経済学研究科教授(1999~)。

そんなとき、ある国際的な研究発表の場で、藤本さんとご一緒する機会がありました。僕は、当時は、学会のアカデミックなフォーマットに従った研究発表をしていました。何でそういう問題を考えたのかという問題の設定があり、その背後にある既存研究のレビューがあり、仮説を立て、それでこういうデータを取ってこういう方法で検証して、実際の分析結果、統計の分析結果はこうだったので、こういうことが言えるのではと議論する。こういうフォーマットで研究をし、論文を書き、発表するわけです。

しかし、藤本さんの発表は、自分の自動車産業の調査に基づいて、自分が大切だと思っていることを、フォーマットなんて関係なしにガンガン話すのです。その学会は、みんなが自動車産業に興味を持っているわけではないので、「この人、何を話してるのかな」と、ポカンとしている人もいました。藤本さんはそういう人を気にしないでガンガン話す。これが実にイイんですね。

そのすぐ後に別の学会がミシガン大学のビジネススクールで行われました。そこでプログラムを見ていたら、藤本さんだけ会場が教室ではなく大きなホールになっていたんです。「なんで一人だけ違う会場なのだろう?」と思って見に行くと、大きなホールに人があふれていました。ミシガン大学のあるアナーバーはデトロイトに近く、あのフジモトが話をすると聞きつけたフォードやGMなどのメーカーの人やサプライヤーなど、多くの自動車産業の関係者が押しかけていたのです。

そこでも例によって藤本さんはいきなり自分の話を始めるのですが、もう聞く側の熱気が圧倒的なんです。みんなが藤本さんの話をありがたがって聞いている。藤本さんは自分の仕事で実務の役に立っているんです。学者が直接エンドユーザーである実務家に考えを提供し、それが喜びを持って享受されているのを見たはじめての経験でした。僕は感動し、「これだ!」と思いました。

榊原先生や藤本さんの影響で技術開発や製品開発のマネジメントをテーマに仕事をしていたのですが、考えてみると、僕は、技術とか製品開発には特段の関心が持てなかったんですね。「どうも調子が出ない」のは当たり前です。30代半ばでようやくこのことに気が付きました。こうして研究テーマを「競争戦略」に変え、学術的なフォーマットから実務家に直接僕の考えを提供するというスタイルに変わりました。

一度自分に腹落ちするコンセプトを決めてしまうと、いろいろなことがすっきりしました。何をやって何をやらないかがはっきりし、コンセプトの土俵から外れることはいちいち考えたり気にしないようになりました。コンセプトは、何よりも日々の仕事を楽にするためにある、というのが僕の実感です。

画像: コンセプト 僕の場合-その1
コンセプトを持つと楽になる。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:『ストーリーとしての競争戦略』。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

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破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

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経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

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