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※本記事は、2020年6月5日時点で書かれた内容となっています。

自分の考えを提供するという僕の仕事にとって、一義的なプロダクトは「本」です。これまで僕が書いた本にはそれぞれにコンセプトがあります。まずは『ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件―』という2010年に出版した本についてお話しします。

本にはタイトルが必要です。僕が考える良いタイトルというのは、「コンセプトがそのままタイトルになっている」ということ。これに尽きる。いろいろ書いてあるけど、ひとことで言うと何なのか。それに対する答えがコンセプトであり、それが本のタイトルになるべきだというのが僕の考えです。『ストーリーとしての競争戦略』というタイトルは、そのままこの本のコンセプトになっています。

このところコロナで家にいる時間が増えたので、この機会に何か普段はやらないことをやってみようと思いまして、昔のノートを見返していくという作業をしてみました。僕の場合、考えることが仕事なので、考えごとを日常的にノートに書いています。仕事場に行き、たまっているノートを引っ張り出してきたら全部で40冊ぐらいありました。1990年代、仕事を始めてからずっとノートをつけていて、それが時系列に書かれていますから、それを見直すと「あの頃はこんなことを考えていたのか」ということが分かります。30年分になりますから、なかなかこういう機会でないとできない。やってみるとなかなか面白いのです。

1998年のノートに、こういうことが書いてあるのを見つけました。「戦略はゲームではない。個別の意思決定では、その巧拙は分からない。全体がつながったストーリーとして考えるべきではないか」。これが多分『ストーリーとしての競争戦略』の着想を得た最初だったのだと思います。22年前のことなので、その時に何があったのかまでは覚えていませんが、どこかの会社か何かの現象を見ていて、「戦略はストーリーとして考えるべきではないか」と、当時の僕は考えたのだと思います。

これが本になって出版されたのはその12年後です。ただ、そういうアイデアを思いついてから、僕はこの「ストーリー」を芯として自分の考えごとを積み重ね、芯の周囲に巻き取ってきました。一度コンセプトを決めると、それがインプットにしてもアウトプットにしても、思考のフィルターとして作用するようになります。

何を見ても、何を聞いても、「ストーリー」というコンセプトに関連づけて自分の中にインプットされていきます。それまでも、日常的にいろいろな企業の競争戦略の分析をしたり、勉強したりはしているのですが、コンセプトというフィルターがあると「それはストーリーになっているのか」「なっているとしたらどういうふうになっているのか」と考える。人に言語的に伝えられるような形で考え方が固まっていく。これがコンセプトのいいところです。

インプットだけでなく、アウトプットも同様です。講義をしたり、ちょっとした論文を書いたり、企業にセミナーをする時にも、常にストーリーというコンセプトで自分の考えを組み立てて提供するようにする。そうすると、需要があるかないかがわかる。ストーリーというコンセプトから出てくる話は、以前と比べると明らかに受けがよかった。「なるほど」とか「ちょっとそれで考えてみようかな」というリアクションが多くなりました。

そうすると、ますますこのコンセプトでいけるのかなというふうに思いまして、それを10年以上ユルユルとやっているうちに、徐々に考えがまとまっていってあの本になった。僕はコンセプトなしには考えるということができません。先にコンセプトがないと、まとまった本は到底作ることはできません。それぐらい重要なものだと思っています。

逆にいうと、コンセプトが決まれば、話は半分終わったも同然で、仕事はぐっと楽になります。普通に毎日仕事をしていれば、さまざまな現象や情報を見たり、人と会って話を聞いたり、いろいろなインプットがあります。その時にコンセプトというフィルターを通して入ってくるものだけを考えていけばいいわけです。

コンセプトは、アンテナとしても性能が良い。こっちにいい事例があるのではないかとか、あっちに調査する対象があるのではないかとか、バタバタと網羅的に全体検索をしなくても、自然と引っかかってくる題材とか、自分の思考を触発してくれる事例というものが出てくるんです。『ストーリーとしての競争戦略』の中でも取り上げているマブチモーターとか、ガリバー・インターナショナルの戦略はそうした事例です。

こういう出会いというのは、自分が調査をしようと思って何かの基準で選んだわけではなくて、「ちょっと仕事の相談に乗ってもらえる?」というきっかけで知ったことや、偶然に仲良くなった人(例えば当時ガリバーの副社長だった村田育生さん)が教えてくれたりということが、『ストーリーとしての競争戦略』の考えを深めてくれる題材になり、また本の中で自分の考えを説明するときの事例になっています。何かのまとまったモノを作っていく時には、コンセプトがあると自分の注意なり努力が集中して仕事が捗り、しかも積み重なっていく。

『ストーリーとしての競争戦略』は、着想を得てから出版するまでにすごく時間がかかってしまいました。「機が熟す」という自分の感覚を僕は大切にしていまして、この場合には「機が熟す」のに10年以上かかったということです。本を出す時にも、出版社には「機が熟した時でお願いします」とお願いするようにしています。編集者にはイヤな顔をされますが。

「今コロナの騒動があるから、それに合わせて何か書いてくれ」といったオファーがありますが、僕のようなタイプにはそういう仕事は向いていません。ひとつのコンセプトという芯に、じっくりと思考を巻き取っていくようなスタイルでないと、書いていて手ごたえがある本にはならないからです。

画像: コンセプト 僕の場合-その2
『ストーリーとしての競争戦略』。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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