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株式会社 日立製作所 フェロー兼未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダ 矢野和男 / 精神科医 名越康文氏
仕事における幸福度や発想力を高めるために、現代人にとって必要な環境づくりとは何か。精神科医・名越康文氏と日立の矢野和男が、互いの個人的な体験を織り交ぜながら、仕事環境について語った。(この対談は2020年3月3日に東京国分寺の日立製作所中央研究所で行ったものです。)

「第1回:幸せとは生理現象である。」はこちら>
「第2回:想像力という、人類の強み。」はこちら>
「第3回:言いたいことを言える組織とは。」はこちら>

組織に活性化をもたらす「骨盤の自由」

名越
僕は会社員ではないですが、人としょっちゅう会うことの大切さはすごく納得できます。僕はいつもカフェで仕事をするんですね。そのとき1つ大事にしていることは、選べるのであればチェーン店ではなく個人経営のカフェで仕事をしようと。それは、マスターとか店員さん、ほかのお客さんと会話することができて、それが情報収集になるからです。ちまたの人が今どういう問題をどう捉えているのかがわかる。

これが会社勤めとなると、やっぱりオフィスが必要になるでしょう。そうすると、社員は働く場所を管理されるようになる。同僚と気軽に対話できるようにするには、それに適した環境づくりをやらなあかんという別の問題が出てきますよね。

矢野
そうですね。我々が今いるこの建屋なんか、まさにそういうことを意図して世界中のお客さまやパートナーとのオープンな交流を目的として造られたんです。あと、いろいろなデータを見ると、明らかに立ち話をすることが大事ですね。会議室に収まった会話じゃなくて。それが幸福度と極めて深く関係しています。

画像: 対談場所となった、日立製作所中央研究所の協創棟。イノベーション創生の促進を図るオフィスレイアウトになっている。

対談場所となった、日立製作所中央研究所の協創棟。イノベーション創生の促進を図るオフィスレイアウトになっている。

名越
それ、わかります。以前、飲料メーカーと家具メーカーとが協働で、立ち話用のコーヒースタンドをある企業のオフィスにつくったそうなんです。コーヒーメーカーがテーブルに置いてあって、そこにマーカーとボードも備え付けられている。で、椅子はないと。そこで社員が休憩がてらしばらく立ち話をして、「ほんならもうそろそろ行くわ」みたいな。そういうスタンドを部署ごとに設けるという動きがあって、僕は直感的にすごくいいことやと思いました。

矢野
いいですね。我々が収集した体の動きを示すデータから見ると、立ち話は人数が増えれば増えるほど体の動きが活発化するんです。それに対して会議室での会議は、人数が増えれば増えるほど動きが小さくなっていきます。

名越
それは経験上わかりますね。まったくその通り。

矢野
立ち話は自分の意思で参加しているということなのです。しかも、座っているときよりも体がより自由なので、身体運動が目の前の人と同調しやすい。

名越
やっぱり骨盤が自由じゃないと駄目ですよね。どんな場所で会議をするかって非常に重要。職場環境も、人間の生理的なものに根差した使い方をしないといけませんよね。

矢野
ええ。中でも5分間の立ち話は最強です。とにかく回数を増やせば、組織全体でのメンタルへのストレスを減らせることがわかっています。もちろん個人差はありますけどね。

自然とコネクトする能力

名越
僕の友人で、工学部の教授をしている人がいます。新しい技術を発明するには発想が大事やないですか。彼は20年以上前から「どうしたら直感が降りてくるか」の研究を続けていて、彼曰く、それは心理学やと。それで、大学の中に研究者向けのカウンセリングルームまで作って、カウンセラーにトラウマ治療の専門家を呼んで、僕も顧問として参加しているんですね。

その彼が言うには、「脳はデータバンクじゃない」と。仮に脳の50%がデータバンクだとしたら、あとの50%はアンテナやと。今まで自分にはなかった発想や情報を受容するための能力を持った場所なんやと。矢野さんの研究のお話を伺って、通じるものがあるなと感じました。でなかったら、こんな大自然の中で研究しないと思うんですよ。脳をリセットしたり、新しい何かにアクセスするためにおそらくここにいるわけでしょう?

画像1: 自然とコネクトする能力

矢野
おっしゃるとおりですね。最近のハピネス研究でも似たようなことが言われていて、「Nature connectedness」、まさに自然を感じる力が大事だと。と言っても自然の量はあまり関係なくて、例えばここに一輪の花があるとする。それと一体性を感じられる、感じることができるアンテナがある人は幸せだと。わたしも犬を飼い始めてから突然、自然とコネクトする力が上がったように感じています。

毎朝同じ時間に家の近くの公園を歩いているだけなんですけど、常に何かしら発見があるんですよね。意外なところをカモが歩いていたり、木の上からヘビが落ちてくるなんてこともあるし、まさか朝っぱらから知らないおばあちゃんと15分も立ち話する自分がいるなんて想像もしなかったし。

名越
犬を連れていると、相手も警戒心がなくなりますからね。面白いな。人間の脳の能力というのはまだまだ僕ら知らないことだらけで、人類はようやくそのとば口に立ったばかりなのかもしれない。

矢野
今、AIに仕事を奪われて人間の能力が落ちていくんじゃないかというトーンの論調が多いですけど、むしろ、AIにまかせる仕事が増えることで、ますます人間らしさを伸ばしていけるチャンスなのかもしれないですね。

名越
都会で働いている多くの人の環境が、そういった人間本来の能力を完全にロックしていると思うんです。満員電車に揺られて通勤して、ビル街の閉鎖的なオフィスで夜遅くまでパソコンに向かうっていうね。このままだと、怒りなどの負の感情が蔓延しやすいし、自律神経のパワーも衰えるし、感染症にかかるリスクも高まる。かなりドラスティックに変えていくべき状況だと思うんです。せっかく一人ひとりに潜在能力があるのに、釜の上に漬物石を置いたように抑圧されているみたいな。その蓋をどうやって開けたらええんやろうと。

矢野
わたしはこんなふうに捉えています。20世紀は規格大量生産によってモノやサービスがいっぱい世の中に出て行って、その恩恵を受けることができた時代だと。ところがある段階から社会の基盤が整ってくる。つまり、水も電気もガスも使えて、ほとんどの人がスマホを持っている状況になると、規格大量生産をする仕事をしても、これ以上幸せにはなれなくて。

そうではなく、一人ひとりが工夫して何か付加価値をつけていかないと、先ほどおっしゃった能力も活かされないですよね。でもここ5年くらいで、日本の雰囲気もその方向にシフトしつつあると感じています。

画像2: 自然とコネクトする能力

日立が「変人」を社内に増やす意味

名越
僕が残念なのは、世界的にはほとんどの国が博士をどんどん増やそうとしている中で、日本だけ博士の数が減っている。知的なことに対する価値がまったく認められていないように感じるんです。でも、ビジネスに新しい付加価値を作るには、目先の業務だけではなく研究が必要でしょう?

矢野
同感です。日本はまだ、20世紀的な、規格大量生産時代の世界観から抜け出せていないですよね。

名越
先日講演させてもらったときに知ったんですが、日立には「返仁会(へんじんかい)」という変わった名前の集まりがあるそうですね。社内に博士を増やす目的で始まったそうですけど、まさに今の時代に必要なことやと思うんです。

矢野
ええ。発明は変人にしかできないということで「返仁会」。この研究所の初代所長が70年近く前に始めた活動です。博士号を取ると入会の権利が得られます。日立には、OBを含めると2,000人以上の博士がいるんですよ。

名越
そんなに。でも会社としては、社員を大学院に通わせなあかんし、研究がビジネスに結びつくまでタダ飯食わさなあかんわけでしょう。一見無駄に見えるけれども、その初代所長は何十年も先を見越して、社内に博士が必要な時代が来ると考えたんでしょうね。

矢野
先ほど「新しい技術を発明するには発想が大事」という名越さんのお話がありましたが、まさにそういう理由から返仁会は始まったのだと思います。今、クリエイティブな仕事がより重視されるようになってきたことで、初代所長の思いにようやく時代が追いついてきたのかも知れません。

画像1: 対談 心とデータで読み解く「ハピネス」
【第4回】環境と組織活性化の関係

名越康文(なこしやすふみ)

1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析などさまざまな分野で活躍中。著書に『自分を支える心の技法』(小学館新書,2017年)、『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』(夜間飛行,2017年)、『生きるのが“ふっと”楽になる13のことば』(朝日新聞出版,2018年)、『精神科医が教える 良質読書』(かんき出版,2018年)など多数。名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」

画像2: 対談 心とデータで読み解く「ハピネス」
【第4回】環境と組織活性化の関係

矢野和男(やのかずお)

1959年、山形県生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。

「第5回:『他人のため』は、自分のため。」はこちら>

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