菊澤 研宗氏 慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科 教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
組織の不条理を超えるカギがカントの「自律的行動」にあるという菊澤氏の持論について、山口氏はGoogle社が軍事用AIの開発を中止したことを例に挙げて解説する。損得計算では解けない問題があるのだと知ることが、自律的行動を可能にするための第一歩となる。

「第1回:人間や組織は合理的に失敗する」はこちら>
「第2回:リーダーに求められる条件とは」はこちら>

儲けよりも理念をとったGoogle社

画像: 儲けよりも理念をとったGoogle社

山口
菊澤先生は、組織の不条理につながる「合理的な」判断とは、サイモン(※)の言う「限定合理性」であるとおっしゃっていますね。つまり、損得計算をして合理的に判断しようとするけれども、人間には認識能力の限界があるために、ある目的に対して限られた合理性しか持ち得ない。その結果、悪手になるような判断をしてしまうことがある。この限定合理性の壁を越えるカギが、カントの言う「自律的行動」にあると、以前から説かれています。これは、前回おっしゃっていた主観的な価値判断と同義であると思います。

この話から思い浮かぶのがGoogle社の例です。2018年、米国国防省と契約を結んでいた軍事用ドローンに搭載するAIの開発計画を打ち切ると発表して話題となりました。この計画が社内の大きな反発を招き、4,000人を超える従業員の反対署名が集まったほか、一部では退職者も出たからのようです。反対した従業員からすれば、世界中から情報格差をなくすというGoogle社の理念と軍事支援の間にどんな関係があるんだ、ということだったのでしょう。

このことをきっかけに、Google社はAIの開発や適用に関する指針も発表しました。AIは「社会にとって有益である」ためのものと位置づけ、不公平なバイアスを防ぐことや、安全性確保、説明責任、プライバシー保護などに配慮するほか、人に危害を加える分野には適用せず、武器用のAIの開発はしないという姿勢を明示しています。

菊澤
素晴らしいですね。

山口
米国にとって国防は非常に重要なイシューで、防衛産業の市場も巨大ですから、ドローンに人工知能が搭載されたら莫大な利益が生まれる可能性もあったでしょう。でも、彼らは儲けよりも企業理念を基準に考え、その機会をみずから放棄すると決めた。

一方、日本では大企業が保険商品の不正販売問題を起こすなど、限定合理性から抜け出せずに組織の不条理を露呈しています。自律的行動ができていないために、あのような問題が起きているのだと思います。

(※)ハーバート・アレクサンダー・サイモン(1916年~2001年)。アメリカ合衆国の政治学者・認知心理学者・経営学者・情報科学者である。心理学、人工知能、経営学、組織論、言語学、社会学、政治学、経済学、システム科学などに影響を与えた。人工知能(AI)のパイオニアとも言われる。大組織の経営行動と意思決定に関する生涯にわたる研究で、1978年にノーベル経済学賞を受賞した。

損得計算で解けない問題があることを知る

画像1: 損得計算で解けない問題があることを知る

菊澤
カントの言う「自律的行動」を実現するには、実践理性つまり価値判断が必要となります。たとえば、ある人が誰かをいじめている場面に出くわしたとき、「その行動は悪い」と価値判断すれば、次に「では、どうすべきか」という形で実践理性がわれわれに自律的な実践行為を求めてきます。これに対して、損得計算原理にもとづく理論理性は、まず「止めに入ることは損か得か」を問い、「もし得ならば介入してもいい」という形で、他律的で他人事のような認識に留まってしまって実践しない可能性がある。したがって、リーダーをめざす方に提案したいのは、まず徹底して理論理性的に損得計算をし、そのうえでその結果を実践理性的に価値判断して自律的に実践してほしいということです。その損得計算の結果と、「真善美」のうちの「善」と「美」、善い悪い、好き嫌いといった自分の価値判断は、大抵、一致するものですが、ときどきずれが生じます。そのずれこそが、人間としての自分の見せ場であると思って、楽しんでほしいと思います。つまり、より低次の理論理性的な損得計算の結果とそれを価値判断するより高次の実践理性の階層の違いを、常にリーダーには意識していただきたいのです。

中途半端に頭のいい人は、損得計算で解けない問題はないと考えがちです。また逆に、損得計算をしないですぐ主観的に価値判断をすることはもちろん危険です。自分の感情のままに行動するようなリーダーであってはなりません。損得計算に従う客観的な行動を主観的な価値判断によって制御して行為する必要があるのです。

山口
常に重層的に考えることが大切なのですね。

菊澤
そのために、損得計算を極限まで行い、世の中には論理的には解けない問題があることを知ってほしいのです。身近な例で言えば、家族の延命治療をするか、しないかという選択に直面することは誰にでもあり得ます。これは損得で決められる問題ではありません。あるいは、溺れている人を見たときに命の危険を冒してまで助けるのかどうか。これも損得と価値がぶつかる問題です。

そのときに、リーダーが最もしてはいけない行為は「そういった問題を見て見ぬふりをする」ことです。企業の不祥事にしてもそうで、人間性が問われる問題です。そうならないためには、損得計算では解けない問題にどう向き合うかを、あらかじめ考えておくことが大切です。そこで僕は日頃から学生には「若い頃につらい恋愛をしておくといい」と言っています。実らない恋とか、ひどい人だけど好きになってしまうとか、それらも損得を超えた価値の問題ですよね。ビジネスとは関係がないじゃないか、と思われるかもしれませんが、損得と価値判断がずれたときの意思決定のあり方を学ぶ材料としてつらい恋愛は最適なのです。学生にはファイナンスの勉強よりもそのほうが学びが多いと言っているのですが、それも最近では難しくなっているようです。

山口
今は恋愛もコストパフォーマンスで考える若者が増えているそうですからね。

画像2: 損得計算で解けない問題があることを知る
画像1: 組織の不条理を超えるために、求められる「主観的な価値判断」
その3 損得計算の結果と価値基準のずれこそが見せ場である

菊澤 研宗(きくざわ けんしゅう)

1957年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了、同大学大学院商学研究科博士課程修了。ニューヨーク大学スターン経営大学院客員研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院客員研究員、防衛大学校教授、中央大学教授を経て、現在、慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授。経営哲学学会会長、経営学史学会理事などを歴任。現在、経営行動研究学会理事、経営哲学学会理事、戦略研究学会理事、日本経営学会理事。著書に、『比較コーポレート・ガバナンス論』(有斐閣、第1回経営学史学会賞)、『組織の不条理-日本軍の失敗に学ぶ』(中公文庫)、『改革の不条理-日本の組織ではなぜ改悪がはびこるのか』(朝日文庫)など多数。

画像2: 組織の不条理を超えるために、求められる「主観的な価値判断」
その3 損得計算の結果と価値基準のずれこそが見せ場である

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

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