菊澤 研宗氏 慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科 教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
近年、経営学、組織論やマネジメント論などを取り入れることにより、日本の企業・組織のあり方が大きく変わりつつある一方、依然として繰り返される不正やデータ改ざんなどの不祥事。『組織の不条理』において日本型組織の失敗の本質が「合理的な失敗」であることを鋭く指摘した菊澤研宗氏は、根本的原因に気づき、対策しなければ失敗は繰り返されると語る。人と組織の関係が改めて問い直される今、菊澤氏が勤める慶應義塾大学三田キャンパスを訪ね、合理的な失敗=不条理がなぜ起きるのかを解き明かすとともに、組織の不条理から抜け出すためのヒントを探っていく。

日本型組織の特徴は、首謀者がはっきりしないこと

画像: 日本型組織の特徴は、首謀者がはっきりしないこと

山口
菊澤先生は、特に組織における不条理現象を大きな研究テーマとしておられ、2000年に上梓された『組織の不条理』は大きな反響を呼びました。私のように組織と人事に関する研究や実務に携わってきた者にとっては、大変示唆に富む内容でした。ご著書の中で先生は、日本型の組織が「合理的に失敗する」ということを指摘され、警鐘を鳴らされましたが、その後20年経った現在も組織の不正やコンプライアンス違反のような問題は後を絶ちません。そうした現状をどうご覧になっていますか。

菊澤
最近の企業不祥事に関しては、多くの方々から質問を頂いています。皆さん一様に、企業はコーポレートガバナンスシステムを改革してきたはずなのに、なぜその効果が出ていないのか、疑問に感じておられるようです。それに対して、僕はいつもこう答えています。「根本的な問題は、いつも首謀者がはっきりしないことにあります。それこそ日本の組織の特徴なんですよ」と。この問題は今に始まったことではなく、丸山眞男(※)が指摘しているように、旧日本軍の失敗の原因でした。それが、現在の不祥事にも通底しているということです。

2015年に発覚したフォルクスワーゲン社の排ガス不正問題では、誰の指示・命令があったのか明確にされ、CEO、監査役会会長、発覚時の社長の3人が起訴されました。一方、日本でもデータ改ざんや不正隠蔽などの問題は数多く起きていますが、ほとんどのケースで指示・命令系統がはっきりしていません。上層部は、「何かやっているとは認識していたが、私たちは指示・命令はしていない」と言い、下の人たちからは「そんな空気だった」という言葉が出てくる。この本質は、昔からまったく変わっていないと思います。

山口
あとで聞いてみるとみんなが「私は反対していた」と言っているのに、なぜか開戦していたという、太平洋戦争と同じ構図ですね。

(※)丸山眞男(まるやままさお):1914年~1996年。日本の政治学者、思想史家。1946年雑誌「世界」に発表した論文「超国家主義の論理と心理」で戦前の日本の政治構造や精神風土を分析。戦後の民主主義思想を主導した。大阪出身。『日本政治思想史研究』『現代政治の思想と行動』『日本の思想』『忠誠と反逆』など著書多数。

損得計算に基づく行動が不条理を招く

画像: 損得計算に基づく行動が不条理を招く

菊澤
首謀者、責任者がはっきりしなければ統治される対象も不明確なので、いくらよいガバナンスシステムをつくったところで効果がないわけです。この日本型組織の問題をどこかで打破しなければならない。そのために、まず必要なのは、僕が昔から言っているように「不条理」が起きていることを理解することです。ここで言う不条理とは、「人間あるいは人間組織が合理的に失敗すること」を意味しています。不条理にはいくつかのパターンがあるのですが、要するに個人個人がその時々に、合理的・論理的だと判断して行動した結果、組織全体が非合理的あるいは非効率的になってしまい、失敗や不正が起きるということです。

僕は最近、そのような人間の行動原理を「損得計算原理」と呼んでいます。僕が専門としてきた新制度派経済学を構成する理論の一つに、「取引コスト理論」があります。人間は、何か行動しようとするときに損得計算を行い、その中に取引コストのような見えないコストを含めて考えます。そして、計算結果がプラスであれば行動し、マイナスなら行動しません。シンプルな行動原理です。

皮肉なことに、この見えないコストというのは、頭のいい人ほど多く見えてしまうのです。たくさんのコストが見えるために、マイナスが大きくなりすぎて、動かないほうが得だ、隠したほうがいい、言わないほうが損得計算上、合理的となってしまう。そして、頭のいい人が集まると、議論しなくてもみんなの考えが自然とそういう方向に一致します。上からの明確な指示がなくても、下の人たちがそういう方向に計算結果が一致して、自然と組織的な不正が起きてしまうのです。日本における組織の不条理は、決して無知や非合理な考え方のために起きているのではなく、むしろ一人一人がこのように損得計算して合理的に行動した結果として起きています。この失敗の構造が変わらないかぎり、不祥事も減らないのではないでしょうか。

画像1: 組織の不条理を超えるために、求められる「主観的な価値判断」
その1 人間や組織は合理的に失敗する

菊澤 研宗(きくざわ けんしゅう)

1957年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了、同大学大学院商学研究科博士課程修了。ニューヨーク大学スターン経営大学院客員研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院客員研究員、防衛大学校教授、中央大学教授を経て、現在、慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授。経営哲学学会会長、経営学史学会理事などを歴任。現在、経営行動研究学会理事、経営哲学学会理事、戦略研究学会理事、日本経営学会理事。著書に、『比較コーポレート・ガバナンス論』(有斐閣、第1回経営学史学会賞)、『組織の不条理-日本軍の失敗に学ぶ』(中公文庫)、『改革の不条理-日本の組織ではなぜ改悪がはびこるのか』(朝日文庫)など多数。

画像2: 組織の不条理を超えるために、求められる「主観的な価値判断」
その1 人間や組織は合理的に失敗する

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

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シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

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