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超主観的な幸福というのは、ここでこれまで繰り返し話してきたように、「自分の価値基準をどう持つのか」ということにかかわっています。幸福か不幸かというのは、それぞれの持つ価値基準が決めているということです。

それを裏返すと、不幸になるパターンは、違った価値基準と自分とを無理やり重ね合わせること、つまり「人との比較」です。何であいつがとか、そういうのはやっぱり非常に不幸な状況しか生まない。例えば嫉妬は、人間にとって最大級の不幸のひとつだと思います。

面白いのは、比較可能性がないところに嫉妬は生まれないんです。例えば、「ちくしょう、何でイチローってあんな野球がうまいんだ」とは、誰も思いませんよね。それはイチローが野球能力の点で比較できる次元にはいない人だからです。また、空間的に遠いので、アラブの王様に嫉妬する人もいません。自分と大体同じ、俺でもできるのにと思っているところで、人と比べたり嫉妬が生まれる。「同じ日本に生まれた同じ世代なのに、何でこいつは若くして起業がうまくいって、あぶく銭持っているんだ」みたいな。これは比較可能性が高いからこそ生まれる嫉妬です。

また、時間軸での比較可能性というものもありまして、織田信長に「うまくやりやがって」と嫉妬する人はあまりいないですよね。時間的に遠すぎる。ところが、「孫正義のやろう」と言う人はいるかもしれません、同時代なので。だから、時間と空間が両方とも遠い人は決して嫉妬の対象にはならないのです。アレクサンダー大王の成功に嫉妬している人はまずいません。

しかも、嫉妬をする人というのは、相手の恵まれているところしか見ていないわけです。本当はアレクサンダー大王も、アラブの王様も、織田信長も、孫正義さんも、つらいことはあるはずです。しかし、嫉妬する人にはそれが見えない。本来個人の中にしかない幸せを人と比較するのは間違いなく不幸なことです。

不幸になるもうひとつのパターンは「人から幸せだと思われていることが幸せ」だと思うこと、すなわち「他律性」です。これは自分の価値基準というものを根本から壊してしまうことに他なりません。目的が幸せになりたいということであれば、本来は「いいじゃないの幸せならば」で話はおしまいです。ところが、手段の目的化が起きて、手段の方を幸せの基準にしてしまうことが起きる。これは、もう典型的な不幸の成り行きだと思います。

以前、30歳くらいのときに、ある有名進学予備校で講演をさせていただいたことがありました。予備校の生徒だけではなく、教育熱心なお母さまやお父さまも見えて、僕は経営学の分野の説明をしました。今よりも受験というものが白熱していた頃だったからかもしれませんが、みなさんすごく真剣で、質問でもどんどん手が上がりました。子どもを良い学校に行かせたいという情熱がそうさせているわけです。

「親御さんにお伺いしますが、もし、どこの学校でも入れてあげると言われたら、どこを選びますか」とこちらから質問をしますと、やっぱり「東大です」と言うんです。「何で東大に入りたいのですか」と聞くと、「それが一番良いということになっているから」。自分の中の価値基準ではなく、人から良いと思われていることが良いんだということです。

「では、何で、人が東大を良いと思っていると思いますか」と聞くと、「東大に行くと、より良い職業に就ける可能性が高い」という答えが返ってきます。「では、より良い職業って何でしょう」と聞くと、「例えば大蔵省」、今の財務省です。なぜならそこが一番エリートが行く仕事で、できればその中でも主計局がいい、と。

これは、「みんなが良いと思っているから、良い」という成り行きで、本当は幸せになることが目的のはずなのに、どんどんと手前の手段が目的化してしまっています。いつの時代もこういう人はいるわけで、今は東大がスタンフォードに、大蔵省がグーグルに変わっているだけです。本当の幸せの手前にある手段に注意が集中し、目的にすり替わっています。自分の幸せというのを自分の価値基準で考えて、その後で手段を選ぶべきです。

だからこそ、自分の頭と自分の言葉と自分の心で、これが自分の幸せだというものを決めないと、いつまでたっても幸せにはなれないのではないかと思います。目先の手段を目的化する人は、すぐに「これからはこうじゃないと、生き残れない」とか言うんです。もう日本の大学では生き残れないとか。でも生き残れない生き残れないって言う人で、本当に死んだ人は見たことがない。

ある意味では、これが令和の良いところでもあります。戦国時代だと、本当に生き残れなかったわけですから。生きることが目的になっている時代、生きるために生きている時代が確かにありました。繰り返しになりますが、僕は幸福というのはわりと知的な、というかアタマが左右するものだと思っていまして、「これが幸福だ」と自分の頭と言葉と心と体でわかっている状態、これこそが幸福に他ならないと考えています。つまり、価値基準が自分でつかめたら、それを自分の言葉で獲得できたら、その時点でもう自動的に幸福であるとさえ思っています。

画像: 幸福について-その5
幸福の敵は、嫉妬と他律性。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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