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人間誰しも幸せになりたいと思います。しかし、同時に人間は基本的に怠惰で面倒くさがりなので、できるだけ手っ取り早く幸せになる方法を探そうということになる。そのときに陥りやすい罠が、「より不幸な人間を見つける」という、疑似的かつ刹那的な幸福獲得の手段です。これはもう人間の本性と言っても差し支えないと思いますが、「人の不幸は蜜の味」という方向に走る。他者の不幸を知れば相対に自分が幸せに思えます。

大衆週刊誌の見出しは、古今東西常にスキャンダルです。社会的に権力があるとか、恵まれてるとか、豊かだと思われている人が、何かでしくじって不幸になる。そういう不幸な人を見ることで、自分は幸せになれる。人の不倫なんて当人や家族、関係者以外にはどうでもいいはずなのに、それが記事になるのはメディアに載せる価値があるからです。それは「相対的幸福感」です。スキャンダルだとか不倫だとか、離婚だとか不幸なことばかりを追いかけてはやし立てているようでいて、実は大衆週刊誌は、「ウエルネス産業」「幸福増進産業」なのです。

ただ、言うまでもなくこれは刹那的なものなので、「没不幸」どころか、もう一瞬のなぐさみでしかありません。そのときは気分が何となくスカッとするとか、ざまあみろとか、それに比べりゃ自分はまだいいやとか思っても、すぐに元通りになってしまいます。

さらに安直な不幸回避を求める人が陥りやすい罠に「他責うっぷん晴らし」というものがあります。今年は年明けから、元大手自動車会社社長の海外逃亡が話題になりました。その事件の個人的意見はオンラインサロン『楠木建の頭の中』に譲りますが、こういうときに「日本が悪い」という人が現れます。これは責任を他に求めてうっぷんをはらす究極の「他責メカニズム」だと思います。

例えば、自分以外の環境とか状況に責任を転嫁する場合、「俺の上司がいけないんだ」とか、「勤めている会社が良くないんだ」では、「だったら転職しなよ」と言われた途端に自責に戻ってきてしまいます。ところが、「日本という国家システムが悪い」と言う話であれば、自責に戻ってくる心配はない。「こんな日本はもう駄目だ」とか、「希望がない」とか、「少子化」とか、「閉塞感」とか、「中国に抜かれる」といった話が好きな人がいますが、これはようするに自分が幸せになりたいからそう言っているんだと思います。

もちろん、完全によくできた国家システムなんてものは、世界のどこにも存在しません。「日本ダメ」が好きな人は、自分の人生や生活が何らかの意味でうまくいっていないんです。でも、そんなことは誰でもそうです。すべてうまくいっている人なんていうのは、存在しない。常に何らかの問題を抱えていて、それは自分で何とかしなければいけないし、それは自分の責任です。ただ、それでは元も子もない話になってしまうので、自分以外の犯人を見つける。他責は国家が最高です。生まれた国は選べないからです。刹那的に自分の不幸を解消する「他責うっぷん晴らし」。これは一瞬は気持ち良くても、繰り返すたびにますます不幸になってしまいます。

「他責うっぷん晴らし」にもさまざまなバリエーションがあります。「日本が悪い」と肩を並べるのが「時代が悪い」です。「高度成長期に生まれたおじさんはいいけど、我々就職氷河期世代は…」というように、何でも時代のせいにする人がいます。僕はそういう人には、「高度成長期?人を殴ったり殴られたり、怒鳴られたりするよ。公害もひどくて光化学スモッグ注意報は連日で、人口過密、住宅難、交通戦争に受験戦争、それでも高度成長期がいい?」と突っ込みを入れています。さらに、「応仁の乱の頃だったら、どう? けっこう危ないよ」とか「縄文時代だったらいいの? 竪穴式住居は冬はわりと寒いよ」といくらでも突っ込み可能です。

「他責うっぷん晴らし」ほど非生産的な思考はありません。自分は一人しかいないし、一人の人生しか生きられない。すべては自分から出て、自分に帰ってくる。こうした考えがスタンスとして大事だと思います。

画像: 幸福について-その3
他責うっぷん晴らし。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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