平井 正修氏 臨済宗全生庵 七世住職 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
自分を知ることはビジネスリーダーの育成においてもカギになっている。坐禅を通じて自分が何者であるかを知るということは、「自分はこうである」という思い込みを捨てることだと説く平井氏。「自分が」という心の固まりをほどくことで、平らかで自在な心を手に入れられるという。

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思い込みを捨て、自分の心の内なる仏に気づく

画像: 思い込みを捨て、自分の心の内なる仏に気づく

山口
自分を知ること、セルフアウェアネスはビジネスの世界でも注目されていますが、その中で「能力の低い人ほど自己評価が高く自信があり、実力のある人ほど自分の能力に疑いを抱いている」という心理学の研究があります。

平井
なぜ能力が低いのに自己評価が高いのでしょう。

山口
能力の低い人は自分のレベルを正しく評価できないうえ、他人のことも正しく評価できないため、自分を過大評価してしまう。でも実際はできていないので、人事評価は当然低い。すると会社や上司を逆恨みしたりする。逆に優秀な人たちは、実際よりも少し自分の実力を低く評価する傾向にあるというのが、「ダニング=クルーガー効果」と呼ばれるこの理論のおもしろいところです。

これらの研究を踏まえ、状況に対して適切に対応できるリーダーを育成するためのカギがセルフアウェアネスであると言われています。坐禅の目的は自分を知ることにあるというお話と符合するので、興味深く感じました。

平井
それはおもしろいですね。

山口
前回おっしゃっていたように、自分が何者であるかを知るというのは、「自分はこういう人間だから」という思い込みをなくすということなのですね。

平井
そうですね。禅に限らず仏教ではよく「仏(ほとけ)」とは「ほどける」ことであると説かれます。例えば、ここに水の入ったコップが置いてあれば、ほとんどの人は水を飲むためのコップだと認識するでしょう。しかしそれに一輪の花を活けて花瓶にする人もいる。水があってちょうどいいと、灰皿にする人もいるかもしれません。ある人はコップ、別の人は花瓶、もう一人は灰皿だと言う。このように同じものを見ても人それぞれ「これはこうだ」と思い込むものです。世の中の争いのほとんどは、そうした思い込みに起因しているのではないでしょうか。そのような思い込み、固まった心のもつれがほどけて、「これはコップでも花瓶でも何にでもなるじゃないか」ということに気づけば、争いの種はなくなります。心が平らかで整った状態、つまり「ほとけ」というものになる。

マインドフルネスとは、そういう思い込みをいったんすべて流してしまうことをめざすものではないでしょうか。対して禅は、仏教ですから、取り除いたあとに自分の心の中にある「自在な仏なるもの」に気づくことをめざすのです。

お釈迦様は悟りを開いたとき、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」、生きとし生けるものはみんな生まれながらにして仏になりうるとおっしゃいました。しかし、いろいろな煩悩や固まった心が、内なる仏の存在に気づくことを妨げているのです。それらを修行によって取り除いていけば、いちばん底に仏が残るということに気づく。ここがやはり仏教である禅の精神の核です。

ころころ転がるから「心(こころ)」なのだとも言われますが、心は水のように形を変える自由自在なものです。それを好き嫌いや損得、是非や善悪で呪縛して、嬉しい、悲しい、苦しいといった状態で固めてしまうから不自由になる。その固まりをほどく方法を教えてくれるのが、仏教であり、禅であると考えています。

「無心」ではなく「一心」になる

画像: 「無心」ではなく「一心」になる

山口
ご住職は、坐禅をすれば無心になれるわけではないとも書かれていますね。「無心」とは「何も考えない」ということではないと。

平井
ええ。「何も考えない」というのは不可能ではないでしょうか。これも言葉の難しさですが、私は無心というより「一心(いっしん)」になると表現しています。一心とは、今、自分が行っていることに対して集中する、心と体が一つになっている状態です。

あるいは「初心に還る」と言ってもいいかもしれません。山岡鉄舟(※)先生は「剣術の妙處を知らんとせば、元の初心に還るべし。初心は何の心もなし」と書いておられます。仕事でも坐禅でも、最初に「さあやるぞ」と思った心には雑念がありません。「人から見られるからうまくやってやろう」とか、逆に「なぜこんなことをしなければいけないのか」といった雑念や疑いの念がない「素直な心」が初心です。

われわれは修行道場へ行くと、まず徹底的に叱られるのですが、修行とはまず「自分」というものを否定し、捨てることから始まるからです。「自分が」という心の固まりをほどくことで、多少揺れ動いても最後には元の場所へ還る、自在でぶれない心を養うことができるのです。

(※)山岡鉄舟:幕末から明治時代の幕臣、政治家、思想家で、「幕末の三舟」のひとり。剣・禅・書の達人としても知られ、一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖。徳川幕末・明治維新の際、国事に殉じた人々の菩提を弔うために明治16年に全生庵を建立。

画像1: 禅が教える、人らしく生きるために欠かせないこと その4 「ほとけ」とは「ほどける」こと

平井 正修(ひらい しょうしゅう)

臨済宗国泰寺派全生庵住職。1967年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、1990年、静岡県三島市龍澤寺専門道場入山。2001年、下山。2003年、全生庵第七世住職就任。2016年、日本大学危機管理学部客員教授就任。現在、政界・財界人が多く参禅する全生庵にて、坐禅会や写経会など布教に努めている。『最後のサムライ山岡鐵舟』(教育評論社)、『坐禅のすすめ』(幻冬舎)、『忘れる力』(三笠書房)、『「安心」を得る』(徳間文庫)、『禅がすすめる力の抜き方』、『男の禅語』(ともに三笠書房・知的生きかた文庫)など著書多数。

画像2: 禅が教える、人らしく生きるために欠かせないこと その4 「ほとけ」とは「ほどける」こと

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

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