平井 正修氏 臨済宗全生庵 七世住職 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
マインドフルネスや瞑想をメンタルトレーニングに取り入れるグローバル企業が増える中、世界のビジネスリーダーの間で、「禅」への関心が高まっている。国内でも禅の精神を学び、実践し、ビジネスや生活に活かそうという動きが盛んになってきた。故中曽根康弘元首相をはじめ、名だたるリーダーたちが参禅したことでも知られる臨済宗全生庵の住職、平井正修氏は、「禅は人としてどう生きるかを教えてくれるもの」と説く。山口氏との語らいの中で、言葉で伝えることが難しい禅の精神を、さまざまな表現でひもといていく。

文字だけでは伝えきれない禅の教え

画像: 文字だけでは伝えきれない禅の教え

山口
本日は禅の教えをわかりやすく説いておられる平井住職にお話を伺えるということで、楽しみにしておりました。

平井
本当は言葉では伝えきれないものなのですが(笑)。

山口
「不立文字(※)」ということですか。

平井
いろいろと理屈をこねている人に、「まあ、まずは黙って坐れ」と言うのが禅なので、話して理解していただくのは、なかなか難しいことなのです。

山口
言葉や著述の否定は、西洋哲学の中にも古くからあります。代表的なのがソクラテスで、彼は「書かれた言葉は、誤解される危険がある」と、書物や文字を批判して一冊も本を書きませんでした。弟子のプラトンが、それではあまりにも惜しいということで書物にしたわけですが、ソクラテスに限らず、言語によって物事が概念化されることを批判する思想家、哲学者も多く、「まずは黙って坐りなさい」という考え方は、洋の東西を問わずに通じることかもしれません。

平井
私は西洋哲学にはあまり詳しくありませんが、宗教で言えば、イエス・キリストも自分では本を書かず、すべて福音書ですね。実は仏教もそうなのです。お釈迦様は本を書いていませんし、亡くなったあと数百年はその教えが文字にされることはなく、暗記と口伝によって伝えられていたようです。仏教では「結集(けつじゅう)」と言いますが、お釈迦様の入滅後、弟子たちが集まって説法の内容の統一を図る会議が何度か開かれています。その中で、お釈迦様が説いておられたことの内容を確認し、みんなで暗記し、伝承していくということが行われていました。とはいえ伝言ゲームのように、やはり口伝では内容が正確に伝わりません。そのため仕方なく文字にしたのでしょう。

山口
当初、文字にしなかったのには理由があるのですか。

平井
それについては諸説あります。一つには、教えというものはお釈迦様の心そのままであり、限りない広がりを持つものだから、文字にして意味が限られてしまうことに抵抗があった。また、仏教では「対機説法」と言いますが、お釈迦様は相手の能力や資質に合わせて教えを説きました。同じ内容でも、山口さんのように教養のある大人に対して説く場合と、子どもに対して説く場合では、当然、言い方が違いますよね。ですから厳密に言えば、仏教の教えとは、その場所、そのとき、その人に限定されるものなのです。ところがそれが文字になってしまうと、後世の人は書かれているとおりにしか理解しないし、書かれている以外のことは禁ずるというような発想にもなりかねません。そうしたことへの危惧もあったと思います。

(※)不立文字:ふりゅうもんじ。悟りの境地は言葉で教えられるものではなく、修行を積んで、心から心へ伝えるものであるということ。言葉や文字にとらわれてはいけないという禅宗の基本的立場を示した語。

お寺やお墓が伝えてきた普遍的な真理

画像: お寺やお墓が伝えてきた普遍的な真理

山口
なるほど。文字にされたことで教えの内容も、また仏教そのものも変容してきたかもしれないですね。一方で経典という形になったからこそ、インドからはるばる日本まで教えが広まったという側面もあると思います。

ご住職は全生庵の跡継ぎとして生まれ、幼い頃から仏教を取り巻くさまざまなものを肌で感じてこられたと思いますが、以前と比べて日本人の仏教との向き合い方が変化してきたという感覚はおありですか。

平井
近年、これはお寺だけの問題ではなく核家族化や高齢化などの社会の変化も大きく影響していると思われますが、葬儀や法事を行わない方が増えてきました。また最近は虐待や親族間の殺傷といった事件の報道が増え、実際にその件数も増えているのかどうかはわかりませんが、家族のつながりが薄れているように感じます。おそらくこれまでは、お墓参りや法事などを、皆さんあまり深く考えずに長年の習慣として行ってきたのだと思います。それが知らず知らず家族やご先祖様とのつながりを培うことになっていたのでしょう。人間は過去からの連綿とした命のつながりの上に生まれてくるもので、そうした普遍的な真理を伝えるのがお寺やお墓なのですが、そのことを果たして伝えきれているのか。伝わっていないのであれば、これからどう説いていくのかが、私たちに問われていると感じます。

画像1: 禅が教える、人らしく生きるために欠かせないこと その1 「まずは黙って坐れ」から始まる

平井 正修(ひらい しょうしゅう)

臨済宗国泰寺派全生庵住職。1967年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、1990年、静岡県三島市龍澤寺専門道場入山。2001年、下山。2003年、全生庵第七世住職就任。2016年、日本大学危機管理学部客員教授就任。現在、政界・財界人が多く参禅する全生庵にて、坐禅会や写経会など布教に努めている。『最後のサムライ山岡鐵舟』(教育評論社)、『坐禅のすすめ』(幻冬舎)、『忘れる力』(三笠書房)、『「安心」を得る』(徳間文庫)、『禅がすすめる力の抜き方』、『男の禅語』(ともに三笠書房・知的生きかた文庫)など著書多数。

画像2: 禅が教える、人らしく生きるために欠かせないこと その1 「まずは黙って坐れ」から始まる

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

「第2回:静かに坐って意識を内側に向ける時間を」はこちら>

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