一橋ビジネススクール教授 楠木 建氏 / 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー 山口周氏
楠木建氏と山口周氏の対談、3回目。話は音楽、美術、経済数学から小林一三まで、縦横無尽に展開する。

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「第2回:スキルのデフレ。」はこちら>

マイルス・デイビスの戦略

山口
逆張りといいますか、スキルがないことを逆手に取るという方法もありますよね。また音楽の例になりますが、マイルス・デイビス(※1)というのがそうだと思うんです。これを言うとマイルスファンは激怒するのですが、マイルスって下手なんですよ、トランペット。当時、「ビバップ」(※2)という形態のジャズが出てきて、ものすごいスピードで吹きまくるわけです、チャーリー・パーカー(※3)とかが。十六分音符でもう上下からものすごい壮絶なテクニックを持ってバラバラバラバラ吹きまくるわけです。ジャズはソロの応酬になりますから、彼らと同じステージに出るとマイルスは吹き負けるわけです。スキルの戦いで勝てないとわかったときに、ここで「俺はあんなふうには吹けない」と悟り、猛練習するという方向に行かなかったのがマイルスのすごいところです。
(※1)マイルス・デイビス:1926年5月26日~1991年5月26日 アメリカのジャズトランペット奏者、作曲家、編曲家。クール・ジャズ、ハードバップ、モードジャズ、エレクトリック・ジャズ、クロスオーバー、ヒップホップ・ジャズなどさまざまな音楽性を開拓し、ジャズをけん引した帝王。
(※2)ビバップ:1940年代のスイングジャズ終焉後に発生したとされるジャズの一形態。最初に決まったテーマ部分を演奏した後、コード進行に沿った形でありながらも自由な即興演奏を順番に行なう形式が特徴。
(※3)チャーリー・パーカー:1920年8月29日~1955年3月12日 アメリカのジャズミュージシャンであり、アルトサックス奏者、作曲家、編曲家。圧倒的なテクニックとひらめきで演奏されるアドリブはいまも伝説化されている。愛称はバード。

マイルスは、「モダンジャズ」(※4)という世界、もう非常に落ち着いたトーンで、本当に音の数もミニマルで、その音と音の間にスペースがある、間があるという演奏方向に行き着いた。『カインド・オブ・ブルー』(※5)というのはその代表的なアルバムで、これがもう得も言われぬブルージーな感じを生み出し、ジャズの世界に革命を起こしました。
(※4)モダンジャズ:1940年代後半に確立されたビバップから、1960年代後半のエレクトリック・ジャズ直前までの即興演奏を含んだジャズの総称。
(※5)カインド・オブ・ブルー:1959年8月にリリースされたマイルス・デイビスのスタジオアルバム。

ある意味でMBAなんかもそうだと思いますが、スキルでマウンティングを取りにくる人は多いです。英語ができるとか、論理思考ができるとか、フィナンシャルプランナー何級とか、プレゼンテーションができるとか。みんながそういうスキルでマウントを取りにきたときに、マイルスは乗らなかったということなんです。で、逆マウントを取って、俺のほうがかっこいいだろうという世界観を作る。その人が持っているある種のテイストとかプレゼンスは映画の中のキャラみたいなもので、全体性がすごく大事だと思うんです。マイルスは、あの見た目であのスーツで『カインド・オブ・ブルー』のような独自の非常にセンスのある音楽をやって、世界観がひとつのパッケージとしてきれいに成り立っているから“あり”なんです。

スキルはかならず部分化するのですが、その部分化するものを自分に取り入れようとすると、なんか全然違うジグソーパズルのピースを1個持ってきた感じになって、他から見るとものすごく把握がしにくいというか、もっと悪く言うとちょっと痛々しい状態になってしまう。

スキルとセンスは「混ぜるな危険」

楠木
人にパッと見せられる、自分の価値を示せるようなスキルが欲しくなるというのは、自然な成り行きでしょう。若いときは特にそうでしょうね。私の経験で申しますと、大学院で研究者になるべく勉強しているときに、非常に強くスキルを問われるのが「経済数学」です。「経済数学」は、途中で「ラグランジュの未定乗数法」というのが出てきます。これはやればできるんです、僕でもできましたから。ところが、最大の山場に「カルーシュ・クーン・タッカー条件(KKT条件)」というのがあるんです。私もそこで挫折しました。

ところがその「KKT条件」の山を楽々と越えていく、大学院の先輩がいました。もうどんどん難しいほうに行って、どこへ行っても一番数学ができた。すごい才能だと思ってもう畏怖してたんですけれども、今はですね、「普通のおっさん」になってます。ただの、ものすごく数学ができる普通のおっさんです。

山口
なるほど。

楠木
若い層に多いのですが、センスに関するこういった話をすごく嫌がる方がいます。で、どうしてくれるんだ、どうやったら仕事ができるようになるんだ、と。それは、すぐに答えが出せるようなものではなくて、非常に「事後性」が強い問題なんです。後になってはじめてわかるということなのですが、これが非常に受けが悪い。(PS:後日、本が出た直後より、さっそく「とにかくこいつらは気持ちが悪い!」という読者コメントがついています)その気持ち、よーく分かる。

山口
そうでしょうね。

楠木
どうやったら仕事ができるようになるかといった若い学生さんからの質問に、「それはセンスです」と答えると、本当に嫌な顔をされます。他にはないんですかと聞かれるので、「そういえば、もうひとつあります。それは運です」と言うと、ますます嫌な顔をされます。ただ、それはスキルがいらないとかスキルを身につけないほうがいいっていうことではまったくありません。

スキルを身につけること自体はもちろん特にキャリアの初期の段階では大切です。ただ、「混ぜるな危険」という話でありまして、センスという別世界があるということなんです。

画像: スキルとセンスは「混ぜるな危険」

小林一三というセンスの塊

山口
楠木先生とお話ししたときに、万能のセンスはないという話になりましたよね。

楠木
そうです、そうです。

山口
センスには、それがすごい光る文脈と、全然ダメな文脈があるという話のとき、小林一三(※6)さんの話題になりました。
(※6)小林一三:1873年(明治6年)1月3日~1957年(昭和32年)1月25日 日本の実業家、政治家。阪急電鉄、阪急百貨店、宝塚歌劇団、東宝をはじめとする阪急東宝グループ(現:阪急阪神東宝グループ)の創業者。

楠木
ええ。

山口
小林一三は阪急グループの事実上の創業者で、鉄道を引いただけでは儲からないというので、人口を増やすために宅地を造成して家を建てて、普通の庶民にも買えるように住宅ローンというものを作って、休日も人が電車に乗るように百貨店というものを建てて、そういう都市開発と流通事業の一体的なビジネスモデルを考えた人なんです。今の渋谷の再開発を行っている東急のお手本になった人です。

楠木
小林さんは、五島慶太の東京急行電鉄になる前の田園都市株式会社の経営にも入って、自分がやったことを教えてあげた。阪急が関西でやったことを東京に移植したのが東急ですね。

山口
この人はもうセンスの塊みたいな人なんです。ただ野っ原を走っている電車を見て、あの野っ原めちゃめちゃ安いから全部買い占めて宅地にして、人を住まわせたら旅客増えるじゃないかって、普通に聞くとこの人バカじゃないかと思うようなことを構想して、実践した人です。

彼がキャリアで活躍し始めるのは、30代の後半からです。それまでは三井銀行の銀行員でしたが、銀行員のときには左遷に次ぐ左遷。自他共に認めるローパフォーマー、駄目社員でした。本人も、もう思い出したくない憂鬱の時期と言っています。銀行員なのに、朝まで吉原で飲んでいて来なかったりするんですから、これは評価されるわけがない。これ以上銀行にいても先は知れているということで、西のベンチャー企業の鉄道会社に行ったら、そこで大爆発します。

小林一三のセンスというのは、鉄道というものを中核にした経済システムを作る、構想するというところではむちゃくちゃ働いたわけですけれども、銀行員時代にはまったく花開かなかった。つまり、センスには結構文脈とか状況のフィットというのが重要だということです。

楠木
そうですね。

ポジションか、センスか

山口
若い方は今いる場所で、うーん、いまいちだなっていう状況をスキルで何とかしようと思うよりも、もうひとつ上のレイヤーで自分のポジショニングをどこにするかということをちゃんと考える、メタ努力が重要なんじゃないかと思います。

楠木
つまり、ポジションとセンスのどちらを変えるかという場合、おそらくセンスのほうが変えることが難しい。自分が今身を置いている場所に合わせて、そこで必要とされるセンスを磨こうとするよりも、自分がもともと持っているセンスが生きるような、そういう場所を見つけるほうが容易だと思います。

山口
そうですね。

楠木
小林一三の話でちょっとだけ付け加えますと、今の東京という都市は、世界に類がないほど鉄道という公共交通機関が発達しています。なんで東京がこんなに大きな都市であるにもかかわらず、そんなにはっきりとしたスラムもなく、安全に暮らせるのか。それは、これほど私鉄というものが発達している都市はないからです。つまり、小林さんが、住むところと仕事場を私鉄で常に出入りできるようにしたからです。小林さんのコンセプトで「田園都市」という構想がありまして、郊外に家を持って、みんな仕事に来て家に帰る。非常にそこは代謝がいいというか、人通しがいい大都市になっているので、結果的にこれだけ大きくなることができたのです。

山口
そうですね。彼がそのビジネスモデルを始めるときにある広告を出すんですけれども、その広告が誠に21世紀的というか、都市の自然もないばい煙の立ち込める環境の中で人生を送るというのは、これは良くない。なので、郊外の美しい場所に居住して、仕事は都市に来る。そのためのインフラをわれわれで提供するので、ぜひみなさん住んでください。非常にビジョナリーなんです。それを何で学んだのかと考えると、当時は都市工学も確立されていませんから、本当にセンスとしか言い様がないんです。でもこの唯一無二のセンスが、銀行ではまったく生きませんでした。

最終回となる第4回では、山口氏の電通時代や楠木氏の直面する危機など、対談ならではのディープな話が展開される。

画像1: 楠木建×山口周『仕事ができるとはどういうことか』-その3 混ぜるな危険。

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

画像2: 楠木建×山口周『仕事ができるとはどういうことか』-その3 混ぜるな危険。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第4回:あの時の危機、今の危機。」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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