スキルとセンス
楠木
皆さま、平和にお過ごしでしょうか。この平日の真っ昼間にお越しいただきまして、さぞかし平和な方々だと思うわけですが、お越しいただきましてありがとうございます。私は楠木と申します。今、日立のオウンドメディア『Executive Foresight Online』で連載をしておりまして、その記事として今回は山口周さんと対談させていただくことになりました。山口周さん、どうもありがとうございます。
山口
こちらこそお呼びいただきまして光栄です。(拍手)
楠木
今月の末頃に、周さんと作った『仕事ができるとはどういうことか』という本が出ます(2019年11月15日の時点)。この本を作るときの私の問いは非常にシンプルでありまして、多くの方が仕事ができるようになりたいと思っていらっしゃる。思うだけでなくいろいろなことも努力なさっているにもかかわらず、一向に仕事ができる人が増えないのはなぜだろうと、こういう問いであります。
「あっ、この人は仕事ができるな」と思わせる方は、もちろんいらっしゃいますが、そう多くない。仕事ができる人は依然として稀少であります。それはなぜなのか。本では、この問いを山口周さんと考えてみました。周さんはこの本を作った感想などありますか。
山口
これはですね、コンセプトとしては「スキルとセンス」という内容になっていまして、私はもう本の題名もそうしたほうがわかりやすかったかなと思っているぐらいです。スキルがある人が、仕事ができるという一発芸的なある種の幻想が世の中にまん延していますが、実は仕事のできる人というのは一発芸が優れているのではなく、一つひとつを見ると別に大したプレーではないけれども、並べてみると、楠木先生の言葉で言うストーリー、その人独自のストーリーがある。
楠木
そうですね。
「ウッ」とくる音のメカニズム
山口
楠木先生は音楽がお好きですが、私も子どもの頃から大の音楽好きで、実はプロのミュージシャンになりたかったのですが、夢破れて今こういう仕事をやっています。音楽というのも、一個一個の音符を見てみると、実は大したことはないわけです。
楠木
すごい「ド」とか、強烈な「ソ」とかはない。
山口
1音だけ聞かせて、「これはクラプトンだよね」とかわかる人もいるのですが、マジョリティの人から見てある種の「ウッ」ていう信号が行くのは、音が4つぐらい続いたときなんですね。4つぐらい音が続くと、その人なりの個性とかが出てくるわけで、これは一個一個の音というよりやっぱり音の並べ方がアートなんです。これをスキルとセンスで言うと、一つひとつの仕事の局面というより、それがどういうシーケンスに並ぶのかが重要で、これは戦略にも当てはまります。ロジックとよく言いますけど、ロジックって割とスタティック(静的)でバサッと切ったときにどう見えるかという、回路のメカニズムみたいなものなんです。やっぱり物事というのは時間軸に則って進んでいくので、このときに、「するとどうした」「それでどうした」という話の中に仕事のパフォーマンスの差というのは宿っている。そういう悟りを得ましたね。
楠木
山口さんは、もともと作曲の専門的な訓練を受けていらっしゃったんですね。
山口
そうです。私は、これまでピアノとかいろいろな楽器をやっていましたが、「音楽」には、ビートルズでもストーンズでもモーツァルトでもバッハでも、「ウッ」とくる音ってありますよね。この「ウッ」というのが脳の中に出るときには、この楽譜の中で何がどんなメカニズムとして起きているのだろうということが知りたくなるんです。中学生ぐらいのときから、根が凝り性なので。
楠木
よくわかります。「グッ」とくるとはどういうことなのか、ということですね。
山口
桑田佳祐のこの和音の「ウッ」というのと、モーツァルトのこの「ウッ」は何か近い気がする。でもその読み解きが、当時は全然できませんでした。親がたまたま音楽関係の人間で、知り合いに芸大の作曲科の先生がいたので、そういうことを聞いてみたら面白いのではないかと思い、習い始めたらこれがもう本当に世界観が変わるほど面白くて。
楠木
そうですか。
スキルの挫折
山口
というのは、音楽はインスピレーションを受けて作ると思っているじゃないですか。でも、井上陽水さんは、「ミュージシャンが音楽を作るのは畳職人が畳を打つのと同じだ」と言っているんです。「こういうのを作ってくれ」と言われると、もう「はいよ」で期日どおりに仕上げる。それはインスピレーションというよりも基本的には職人技で、自分の持っている引き出しの中からまさにシーケンスを組み立てて作るものなのだと言っていたんです。
私が一番感動したのは、音楽を作曲するとき、曲の始まりからだけでなく、終わりから作るトレーニングです。ある和音で、ここにいいメロディーがあります。もうひとつ、ここにもいいメロディーがあります。で、一方のメロディーはある和音で終わっていて、もう一方はある和音で始まります。この和音をつなげる場合、トンネルをつなぐのと同じで両方の入り口から作っていくんです。最終的には、和音がきれいに組み合うように調整する。理論がわかればそういうことができるようになるのです。
音楽というのは天からメロディーが降ってきて、それを「ワーッ」と書くようなものだと思っていた私からすると、もう本当にメカニカルで、作曲のための教科書が数学の教科書みたいな感じなんです。和音には、全て「Aの3」などの音程の度数を表す数値的なものがあって、あとは和音の構成音をオクターブ上げ下げして、順序を入れ替える「転回」というものもある。楠木先生はご存じだと思いますが、どこからどこには行けるが、どこからどこには行けないとか、そういう規則があって非常に面白かったんです。
楠木
そこまで興味があってある種のスキルを習得されたのに、挫折したのはなぜだったのですか。
山口
端的に言うと、「自分が作るものがかっこ悪いな」と思って。
楠木
センスがない、と。
山口
どう考えてもダサいんです。
楠木
(笑)
山口
あるときに、どれだけ勉強してもこれは身に付くものではないなという悟りを得ました。おそらくこっちの方向に行くと、自分の人生は悲惨な結末が待っているということに気づきまして、ちょっと方向をずらしたっていう感じですね。
第2回では、音楽からアート、イチローまで、スキルとセンスの話は広がっていく。
山口 周(やまぐち しゅう)
独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。