「第1回:自己認識と他者認識。」はこちら>
「第2回:他者認識の取捨選択。」はこちら>
「第3回:悲観主義者の楽観。」はこちら>

前回の「サーブ権は自分の側に持っておく」という話を続けます。例えば、僕の場合、自分で面白い、自分で価値があると思うものを作る。そういうもの以外は世の中に出さない。世の中の需要、僕の場合ですと、ビジネスについての言説の需要曲線みたいなものがあって、それの曲線上に「こういう本作りませんか、ああいう本作りませんか」という提案を出版社の方から頂くわけですが、基本的に受けないようにしています。なぜなら、それは向こうが打っているサーブだからです。それに引きずられては絶対いけないと思っています。

学者だけではなく、小説家も含めた文章を書く人でタイプが分かれるのは、「自分が書いたものを後で読む」という人と、「自分で書いたものはまったく読まない」という人です。僕は、自分の本を読むのがわりと好きなんです。というのは、自分が面白いと思うことを書いているからです。だから読んでも面白い。もちろん出来不出来は自分の本にもありますが、これ、面白いなあ!とか言いながら寝る前に読んだりする。とにかく自分が面白いと思うものを提供しようというプロダクトアウトの姿勢が、おおもとにあるんです。

会社の中で、上司とか役員で話がつまらない人っていますでしょう。「今年度は、こういう戦略でやっていくぞ」とか、そういう話が本当につまらない人。これには2通りあって、聞いてるほうがつまらないのは、好みの問題もありますからそれはそれでいいわけです。でも、話している当人が自分の話を面白いと思っていない場合、これは問題です。自分がつまらない話に、人がついてくるわけはないです。自分でもつまらない話をして、人を巻き込み、会社を動かし、失敗する。もはや犯罪といってもいい愚行です。

自己本位のプロダクトアウトというのは、正しい自己認識の鍵だと思います。さじ加減が重要ですが、一見対立したものがうまいバランスをとったときに、より良い自己認識を得る。自己中心的はダメですが、自己本位は悪くない。自己認識を得るためには、自分が小さいほうがいい。でも、自分では面白くて価値があると心底思えるものでなければならない。両者が自然に合わさったときに、いい感じの自己認識が生まれるわけです。

世の中には、自分の才能を診断してくれる本やツールもあります。いろいろな質問に答えていくと、あなたの隠れた才能、強みを見つけてくれるということで、特に若い人が就職とか転職の際に利用するのでしょう。面白いのは、これをやった人が「すごい当たってる」とかコメントをあげたりしているんです。でも、「当たっている」っていうことは、やるまえから自分のことをわかっているわけで、それは「見つけた」ではなく「確認した」だけなんですね。

こういう診断ツールでは、その人の本質的な強みが、前もって類型化されている。その中から自分のタイプに近いものを選ぶという話です。つまりは「出来合いの自己認識」。もっと自分の頭で、ゆっくりと経験を積みながら、徐々に自己認識を得て、それを仕事に生かしていくべきです。近道はありません。出来合いのツールで得た自己認識に何の意味があるのか。自分の才能診断をツールに頼るのは、ありていに言って自分に関心がないということです。もっと自分を大切にしたほうがいいと思います。

例えば会社の役職者で、IRとか人前に出るときに、そのTPOとかその人の容姿とか性格とかポジションにあった良いお洋服をコーディネートするパーソナルコーディネーターという仕事があります。パーソナルコーディネーターを雇う人はファッションに興味がない人だけでしょう。「今度の集まりには、どういう服を着て行こう」とか、「こういう服を買いたいから、ちょっと日比谷ミッドタウンあたりに見に行くかな」というプロセス自体にファッションや買い物の価値があるわけで、それを人に任せてしまうのはファッションに関心がないということです。強い関心を持つことであれば、プロセスを人任せにするのは矛盾しています。

自己認識をツールや専門家に頼ると、わかったつもりの自己認識とか自己の過大評価とか、逆に自信が持てないといった過小評価のような、さまざまな仕事上の厄介なことを生み出してしまうと思います。自分の頭と経験、言葉で、自己認識を深めていく。日々の経験のすべてが自己認識のきっかけと材料を提供しています。近道はないが、回り道もない。自己認識を深めていくプロセスこそが重要であり、そこに仕事や生活の醍醐味のひとつがあるのです。

画像: 自己認識-その4 自己認識に近道なし(回り道もなし)。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

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Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

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