「第1回:自己認識と他者認識。」はこちら>
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「自己認識」が行き過ぎると「自意識過剰」になってしまいます。このさじ加減が、非常に難しい。自意識過剰は自己認識の大敵です。自意識が過剰だと、自分が大きくなりすぎて他者の認識がうまく入ってきません。前回お話しした、自己認識と他者認識のラリーができなくなります。
さらに良くないのは、「自己陶酔」。これが自己認識の一番の大敵です。自分を客観視しなければ自己を正しく認識できません。自己を一歩離れたところから客観視する。これが歯止めとなります。人間は自分については甘いものです。歯止めがないと、すぐに自己認識は自意識過剰になり、やがて自己陶酔になってしまう。およそあらゆる行為のなかで、自己陶酔というのがもっともみっともないことだと思います。
「自分を小さくしておく」というのは、謙虚とは少し違うんです。僕は、とにかく自分について悲観的で、物事は大体うまくいかないと思っているタイプです。生まれ持って自分に自信があるという人がいますよね。先験的な有能感があって、「まあ、この先、どうなるかわからないけど、絶対何があっても俺はやっていける」という人。屈託がない。人からも好かれる。僕は逆のタイプなので、若い頃はこういう人をうらやましいと思っていました。
ただ、悲観的に生きていても、悲観を突き破って入ってくる楽観というものがたまにはあるんです。僕は「○○が上手ですよね」と言われたときに、「そんなことないだろう」、「これはお愛想で言っているに違いない」と思ってしまいます。繰り返しますが、謙虚さではなく、根が自分について悲観的なのです。ところが、そういうコメントを複数の人から繰り返しもらうと、さすがに「みんながそういうのだから、そうかもしれないな」と、ようやく自分の悲観の壁を突き破って、楽観が入ってくる。これは自信につながります。
自分についての悲観というのは、自信がないというのとほぼ同じです。自信がないとやはり仕事はうまくいきません。自信はすごく大切です。自信が好循環を生み出します。ところが、「自信を持て」と言われても、こんなに難しいことはありません。
ただし、自信に至る道筋というものはあるわけです。僕の個人的な好みは、事前に悲観するというのがいいのではないかと思っています。悲観を突き破って入ってくる楽観は、地に足の着いた自信になるんです。僕は、自分については悲観的すぎるぐらいでちょうどいいと思っています。うまくいかなくても平気でいられるし。だいたいのことはうまくいかない。そう思っていたほうがかえって気楽です。
自己認識と他者認識のギャップを知ることが成長の起点になるわけですが、マーケットインに振り切ってしまうと、他者に合わせるばかりで自分をなくしてしまう。それでは元も子もない。自己認識と他者認識のラリーにおいて、サーブ権は常に自分が持っていることが大切だと思っています。まずは自分を出す。それを打ち返してもらうことでラリーがはじまる。
いいラリーを続けるためには、「自分の土俵」で勝負するということも重要です。「ここは土俵じゃないな」というのも、正しい自己認識の産物であり、仕事の上ですごく大切だと思います。
若いときにはまだ自己認識も得られていないし、自分の土俵がわかっていないので、「迷ったらやる」という姿勢でいいと思うんです。でも、いつまでたっても何でもやる人っていますよね。これは自己認識に欠けている。自分の土俵でなかったら手を出さない。それもまたひとつの能力だと思います。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
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シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。