「第1回:自己認識と他者認識。」はこちら>

その1では、自己認識のためには他者認識が必要だという話をしました。他者認識と自己認識のギャップ、ここに自分の仕事をよくしていく原動力のひとつがあるということです。他者認識を受け止めるときに、どういう「他者」の認識を取り入れるのかというターゲット設定が大切になります。ここを意識しておかないと、不特定多数の意味のない他者認識に引きずられて、振り回されるだけになってしまいます。

僕は一橋大学ビジネススクールで教えるようになって20年になるのですが、この学校では自分の講義科目の1セメスター(年間2学期制のひとつの学期)が終わると、学生からの評価を受けることになっています。定量と定性の両方で評価されます。

講義というのはわりと「芸事」に近いところがありまして、若いうちは大体うまくないんです。時間をかけないとなかなかうまくならないという面があります。しかも、ここへ移る以前は、8年間国立の本校で学部生と大学院生の研究者養成コースの研究者になる人たち、アカデミックな関心を持っている人たちに対して講義をするということをやっていました。35歳ぐらいのときにビジネススクールに移ってきて、言葉も英語での講義に変わりましたし、学生の多くは外国人になりました。国籍以上に、ビジネススクールでの教育はMBAなので、アカデミックなことよりも実務家としてのキャリアを作っていこうという人たちが対象になります。かなり勝手が違いました。講義評価を受けるとすごく点数が低いんです。

それだけではなく、記述式の評価では、この先生はここがどうだとか、こういうところが良くないとか、いろいろなコメントをもらいます。それはそれでいいのですが、ちょっと困ったのは、「もっと多くの事例を使って説明してくれないと、具体性に欠ける」という人がいれば、「いや、もっと理論的なこととか抽象度を上げて説明してくれないと、実務の経験を持っているわれわれが勉強している意味がない」という人もいて、正反対の評価が同時に出てくるわけです。同じ人間が同じ講義を行っているのに。

他者からのフィードバック、他者の認識にはそういう面があるわけです。そのときには、どうしたものかと思ったのですが、結局ある声を聞いて、ある声は聞かないという取捨選択が必要だと気づきました。自分が注意すべき他者認識の主体、ターゲットをはっきりさせる、これが重要なんです。

ネットでは、しばしば批判をされます。僕を嫌いな人がたくさんいて、批判というか罵倒をされることもしばしばです。これは仕方がないことです。全員から受け入れられるということはありえない。そのうち、僕はネットで罵倒されることがだんだんと面白くなってきました。もちろんマゾヒスティックな気持ちではありません。「あ、こういう人から、ちゃんと嫌われている」という確認が取れる。これが仕事にとても役に立つのです。

例えば僕の新しい本に対しても、Twitter上でさまざまな批判を受けます。「もうクソ本だから途中で読むのを辞めよう(ママ)と思い、P171で読むのを辞めた(ママ)」というお怒りの声がありました。お怒りのわりには171ページまで、わりと長々と読んでいただいてありがたいのですが、それ以上に嬉しかったのは、この方が「人生の近道」といった意味のハンドルネームになっていたことです(本物のハンドルネームはあえて控えますが)。戦略にしても経営にしても仕事にしても、「近道」を意図するとロクなことにはならない。年来僕はこういう趣旨の主張をしているわけで、「人生の近道」の人には、ちゃんと嫌われている必要がある。

つまり、淺羽さんのような人からぜひ自分についての他者認識を得たいという面と、こういう人からちゃんと嫌われていないと駄目だよというもうひとつの面の他者認識、どちらも必要なんです。両面からの他者認識を通じて自己認識を錬成していくには、自分のターゲットを設定しておくことがまずもって大切になるという次第です。

淺羽さんの言葉で気づいて文章のスタイルを変えて、自分でも話すように書く文章、文体の方が好きだということを改めて確認しました。今となっては、何であんなに硬く書いてたのかと不思議に思うくらいです。もともと、僕は「発表」というのが大好きなんです。自分の考え方を伝えて、人にわかってもらうことがスキ。これはもう絶対の自己認識です。話すのも好きだし、わかってもらうのはもっと好き。「発表」が好きということで昔からずっとやってきました。

文章のスタイルを変えたとき、文章がわかりやすいとか、競争戦略にはそんなに関心はないけれども、文章として面白かったというような評価を読者からいただけるようになりました。文章の力というのは僕の仕事の根本を支えていると改めて思うようになったんです。

例えば、野球選手だと、肩が強いとか脚が速いというのは、かなり基礎的な重要な能力です。それは内野手でも外野手でも、バッティングでも守備でも重要です。考えてみると、学者の仕事というのは、基本的に書いたもので自分の考えを伝えていくということです。文章というメディアで伝えるわけですから、野球選手の肩や脚と同じぐらい文章力が大切になるはずです。

ところが、この業界では、文章の良し悪しというのはほとんど問題にならないんです。人文系は別かもしれませんが、経済学とか社会科学、経営学では「文章力」はあまり問われません。議論の内容は良くても、すごく文章が下手な人もいる。こういうのはもったいないと思いますが、面と向かって「文章が下手ですね」という人はあまりいない。他者認識が届かないんですね。

他者による評価は本当に大切です。僕のように直接顧客にさらされてる仕事以外でも、組織の内外に自分の仕事を役立ててもらう「お客さま」がいるはずです。そういうお客さまとラリーをしながら、だんだんと自己認識が形成されていく。これが仕事のひとつの醍醐味だと思います。

画像: 自己認識-その2 他者認識の取捨選択。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第3回:悲観主義者の楽観。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

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