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橋爪 大三郎氏 社会学者・東京工業大学 名誉教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
グローバル社会を生き抜くうえで欠かせない「宗教リテラシー」をめぐる対談の最終回。アメリカという国がイノベーションを生み出す力に優れているのは、今もなお「神」がいるからだと橋爪氏は説く。神を通じて見えてくる遠い「未来」にこそ、本当のイノベ―ションを育む土壌があるのだと。そうした一神教の考え方、あるいは他の宗教をベースとした文明圏を理解するために、そして今の自分を超えていくための言葉の力を取り入れるために、宗教の古典を学ぶことの意義を語り合う。

「第1回:ビジネスマンなら宗教を学びなさい」はこちら>
「第2回:プロテスタンティズムが資本主義を発展させた」はこちら>
「第3回:不動の原点があると、改革が進みやすい」はこちら>
「第4回:近代化のためにつくられた国家神道と、その後の空虚」はこちら>

イノベーションに必要なものは「未来」

画像: イノベーションに必要なものは「未来」

山口
欧米、特にアメリカの企業は、宗教的と言いますか、ある種の教義のようなものを明確な言葉にしているケースが多いですね。例えばアウトドア用品メーカーのパタゴニアは、地球環境を保護することが自分たちの存在意義であり、ビジネスはその手段であると公言しています。これはある意味では一神教的な考え方で、大きな目的や使命があるからこそ、企業活動を行う根拠が明瞭で、概念的な説明ができるという構図になっています。Googleもそうですね。世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにするという使命を掲げ、すべての活動がそれに基づいています。

これに対して日本の企業は、社会に役立つもの、便利な道具を生み出すことは得意なのですが、企業活動における目的や使命の概念化や、企業理念をビジョンや戦略と結びつけることが苦手なのではないかと感じています。このような違いが、イノベーションを生み出す力の差にもつながっているのかもしれません。さらにその違いには、地下水脈として流れている宗教が大きく影響しているのではないかとも思うのですが。

橋爪
足りないのは「未来」です。現在だけ見ていたら、できることは限られるでしょう。でも、もし未来が見えるなら、現在と未来の差をとることで、何が足りないかが分かってくる。足りなければつくればいい。そういうふうに未来を見ることがアメリカ人は得意で、日本人は得意ではないということでしょう。

それはなぜかと言えば、アメリカには「神」がいるからです。人間は死ぬ。自分が死んだ後のことは知りようがないから、考えなくていい。人間しかいなければ、そういう現世主義的、近視眼的な考え方でも構わない。

これに対して、神は死にません。天地創造の時からずっと地上のことを見ていて、これからも見続けていく。この視点があれば、まず歴史が書ける。つまり過去を持つことができる。そして現在だけでなく、未来も考えることができる。人間は死んでも神は死なず、こういう世界をつくろうとか、こういう出来事を起こそうとか、「予定」しているわけですから。

山口
神の計画があるわけですね。

橋爪
そう。人間には見えないだけで、神にとっては、未来はありありとそこにある。そうした神と同じ視点を持つ人は、現在にいるけれど未来のことが見えるから、「足りないものをつくろう」と考えることができます。これが「発明」というものであって、現在のニーズに応えることではないのです。現実にアメリカでは、発明家やイノベーターがたくさん生まれています。大半はものにならなくても、勝ち残った人たちが市場を支配して、気がつくともう次の産業を手掛けている。この力が日本は弱い。それは未来がないから。なぜ未来がないのか。神の視点がないからです。

山口
それを考えたときに出てくる疑問が、なぜアメリカだけが突出して、神の計画というものに対する意識が強いのか、ということなのですが。

橋爪
発明の動機は、隣人愛の実践なのです。人々によりよく生きるチャンスを提供するため、というのがプロテスタントの教義です。さらに言えば、発明以前に、アメリカにはフロンティアというものがありますね。入植したときは何もなかったわけだから、アメリカ人は森があれば切り開き、丸太小屋を建て、水を引き、道路をつくり、社会インフラを一から建設して街をつくってきました。その過程で試行錯誤して、前回失敗したところを今度は改善しようとか、新しい技術を試してみようとか、都市開発と発明が直結していく。このように、常にフロンティアをめざしてきたのがアメリカの近代であり、フロンティアをめざすことが、神の視点で未来を見ることと結びついているのだと思います。

自分を超えるために必要な言葉の力

画像1: 自分を超えるために必要な言葉の力

山口
お話を伺ってきて、宗教というものの重要性に改めて気づかされました。日本は多神教なので一神教的な神の視点を持つことは難しいかもしれませんが、まずはそうした考え方を理解することで、何らかのヒントが得られるかもしれないですね。

橋爪
人間には頭(脳)がありますでしょう。頭の機能はいろいろあるけれど、まず視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの知覚で、目の前で起きていることはかなりの部分が確実に理解できる。もう一つの機能として、言葉というものが与えられています。言葉によって、目の前で起きていることだけでなく、知覚できないこと、例えば、自分が参加していない会合で何が語られたのか、私が生まれる前に何が起こったのか、そういういろんなことを理解できる。言葉を使うことによって、自分の世界を言葉の到達する範囲まで広げることができます。これは人間に与えられたとても大きな能力ですね。だから人間は、言葉を使って物事を考えることによって自分を超えていきたいと考えるわけです。

ただし、よく考えるとここには矛盾があります。言葉で考えている以上は、自分の頭で考えているわけだから、自分を超えてはいないことになります。しかし、その言葉は自分の中から出てきたものなのか。何かの本に書いてあった、誰かが言っていたということであれば、他の人の頭の中にあった言葉が形を変えて自分の中に入ってきていることになります。本当に自分を超える可能性というのは、そこにしかないのです。ですから、今の自分を超えてもっと大きな世界に行きたい、より正しく、より多くの人々の役に立つことを考え、実行したいと思うのであれば、本などで他の人の言葉に触れるということが必ず必要になるのです。

さて問題は誰の話を聞き、どの本を読めばいいかということですね。私がお薦めするのは、地域や場所に関わらず、大勢の人が読んできた本です。

山口
古典ということになりますね。

橋爪
ええ。大勢の人が繰り返し読んできた本からは、そうでない本に比べ、人生を支えるに足る大きな構造を見つけられる可能性が格段に高い。だから最初に読むのなら、あるいは何冊か読むのなら、その中に古典があるべきであると思います。宗教には必ず古典があるから、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、儒教、何でもいいけれど、まずは古典を読むことが自分を超えるための確実で正しいやり方でしょう。

山口
新約聖書なら、「共観福音書」のように読みやすいものもありますが、仏教は何から読んでいいか迷いますね。

橋爪
経典を読んでみてください。般若心経は多くの人が知っているでしょうが、少し特殊な経典ですので、まずは初期経典から読むべきでしょう。ブッダの『真理のことば(ダンマパダ)』は、読んでみるとあまりに平易で、これがお経なんだろうか、と感じますが、よく読むととても奥深い。あとは『ほんとうの法華経』という、私と植木雅俊先生との共著があります。法華経は大乗教の中心となる経典です。その内容を翻訳者である植木先生が丁寧に解説してくださっていますから、お薦めできます。

西洋近代を形づくってきたキリスト教に加え、世界にはイスラム教、ヒンドゥー教、儒教がそれぞれ大きな文明圏を形成してきました。宗教は、人間ならば誰もが持つ、「自分とは何か」という問いを解明しようとしてきたものです。だからこそ、人間社会では何らかの宗教に基づき、文明圏が築かれてきた。複数の文明圏が並び立つ現代のグローバル社会を生きるうえでは、それらを理解するための「宗教のリテラシー」が不可欠です。ビジネスパーソンに限らず、すべての人が宗教を学ぶべきである、と私は考えます。

画像2: 自分を超えるために必要な言葉の力
画像1: グローバル社会を読み解くカギは「宗教」にある
その5 現代を生きる私たちに不可欠な「宗教リテラシー」

橋爪 大三郎(はしづめ だいさぶろう)

社会学者・東京工業大学 名誉教授。1977年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年東京工業大学助教授。1995~2013年同教授(社会学)。著書に『言語ゲームと社会理論』(勁草書房)、『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(筑摩書房)、『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)、『ゆかいな仏教』(サンガ新書)など多数。最新著は『4行でわかる世界の文明』(角川新書)。

画像2: グローバル社会を読み解くカギは「宗教」にある
その5 現代を生きる私たちに不可欠な「宗教リテラシー」

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

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ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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