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橋爪 大三郎氏 社会学者・東京工業大学 名誉教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
西洋における近代化は経済分野だけにとどまるものではなく、社会の各分野での合理化が連動して進んだと指摘する橋爪氏。そして、その根幹には常にキリスト教があったという。さらに話題は、偶像崇拝の禁止をはじめとする一神教の考え方と社会改革との関係にも及ぶ。

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西洋社会全体の近代化に影響したキリスト教

画像: 西洋社会全体の近代化に影響したキリスト教

山口
前回、プロテスタンティズムと近代化に関するマックス・ウェーバーの考察についてお話しいただきましたが、イギリスでは宗教改革によってイギリス国教会が成立し、同じプロテスタントの中で対立した清教徒がアメリカに渡りました。資本主義はその二つの国で本格的に花開いたわけですね。それは、プロテスタントのエートス(合理的倫理的生活態度)のようなものが、ビジネスにおける意思決定の質を高めることにつながったからとも考えられるでしょうか。

橋爪
それもあるかもしれませんが、近代化というのはビジネスの世界だけでなく、社会全体で起きることですよね。経済や産業、政治とそれに付随する法律、家族や教育、そして自然科学、あるいは哲学、芸術、歴史学などの人文学、これらが一緒になって社会を構成しているわけですから、それぞれの近代化・合理化が連動しながら進んだわけです。その根幹にキリスト教があった。例えば、自然科学は、キリスト教徒、特にプロテスタントが、ギリシャ哲学から人間の理性という概念を取り入れ、理性を通じて神と対話する手段の一つとして発展させました。また、西洋音楽は教会音楽が基になって確立されていったものです。絵画や彫刻も、宗教美術が西洋美術の本流で、そこから静物画や風景画が派生していきました。ビジネスに限らず、社会のあらゆる領域の近代化にキリスト教は深く影響したのです。

ウェーバーも、経済だけでなく社会のあらゆる領域において合理化が進んだからこそ、西洋近代社会が形成されたと考えていました。その確証を示すために、例えば『音楽社会学(音楽の合理的かつ社会学的基礎)』という未完の著作で、古代ギリシャと西洋近代の音楽を比較し、音楽がどのように合理化されてきたかを考察しています。

音階というのは比率でできていて、古代ギリシャではオクターブを分解して純正律というものをつくりました。音の周波数の比が整数比になる純正律は、和音の響きが整っていて美しい音律ですが、転調すると不協和音が生じるという問題がありました。

それで生み出されたのが、音階の中のすべての音程を均等に分割するという「平均律」です。平均律には何種類かあるけれど、一般的なのは1オクターブを12に分割する12平均律ですね。これによって自由な転調が可能になり、楽譜も書けるようになった。ただし、純正律と異なり和音の響きは美しくありません。代わりに、ピアノやオルガンのような鍵盤楽器に必要な一定の音律を可能にした。また、弦楽器であれば微妙に音をずらして響きを美しくすることもできる。

つまり、平均律というものによって記譜法や楽器などの技術が発達し、多様な音楽表現を得たことが、音楽の合理化・近代化につながったとウェーバーは考えたのです。そして、オルガンがキリスト教の教会で用いられるようになると、さまざまな教会音楽がつくられ、そこから西洋音楽が発展していった。音楽は一つの例ですが、経済やビジネスの合理化・近代化も同じように、キリスト教を基にして社会全体で進んだわけです。

偶像崇拝はなぜ禁じられているのか

画像: 偶像崇拝はなぜ禁じられているのか

山口
これも先生にぜひ伺いたかったことですが、一神教、特にユダヤ教やイスラム教で偶像崇拝が厳しく戒められているのはなぜでしょうか。これも日本人には理解しにくいことですね。私の解釈では、旧約聖書に書かれた神の言葉は、解釈の恣意性が介在する余地が少ないために、世代を超えて教義を継承するうえでも重要です。だから偶像ではなくテキストに戻りなさい、コンセプトに戻りなさい、ということではないかと思うのですが。

橋爪
偶像はつくっても拝まなければ大きな罪にはなりません。だけど偶像をつくると拝みたくなるから、それがいけない。

山口
一神教の本義から外れていくと。

橋爪
もちろんです。一神教では神は世界をつくった創造主ですから、世界の外側に確かに存在しているものなのです。この世界の中には、神がつくったものか、あるいは人間がつくったものしかない。偶像は人間がつくるものです。人間がつくったものを人間が崇めたら、人間が自分自身を崇めていることになりますから、それは一神教では許されないわけです。

山口
神はモーセに対して名乗るときも、「わたしはある。わたしはあるという者だ」というふうに言いました。ユダヤ教の神は「ヤハウェ」と呼ばれていますが、子音だけで表記されているため当時は実際にどう呼ばれていたかが分からない。だから「エホバ」とも呼ばれますね。その名が意味するところも、「存在するもの」であるという説が有力です。こうしたことも一神教の考え方と関係していると思いますが、いかがでしょうか。

橋爪
一神教という考え方からすれば、神に名前は必要ないし、あってはならないわけです。

山口
名前というのは区別するためのものだから。

橋爪
そうです。神は1人しかいないので区別する必要がない。名前がないのだから神も名乗りようがないわけです。そこで、いろんな翻訳はあるけれども、「I am what I am」 というふうに言ったのです。煙に巻かれたようではあるけれども。

山口
同じ一神教でもキリスト教は、像や聖人画をまつっていたりしますが、それは彼らの中でどういうふうに整理されているのでしょうか。

橋爪
厳密に言えば、整理されてはいないと思いますよ。中世のカトリック教会ではラテン語を聖書や学説に用いていたので、一般庶民には理解できなかったのです。そこで理解しやすい画像や音楽や儀式を布教のために用いたことが始まりです。ただそれは、純粋な一神教の見地からすれば、腐敗堕落になるのかもしれません。

偶像崇拝の問題をはじめ、教義のディテールに至ると説明できないこと、不合理な点は、どんな宗教にも必ずあります。一神教ではそれをどう考えるかというと、原則から外れることが生じたら、一神教であればこうなるはず、と原点に戻ってやり方を変えていきます。それが社会を前に進める力にもなるわけで、不動の原点があると、むしろ改革が進みやすいということも言えるかと思います。

画像1: グローバル社会を読み解くカギは「宗教」にある
その3 不動の原点があると、改革が進みやすい

橋爪 大三郎(はしづめ だいさぶろう)

社会学者・東京工業大学 名誉教授。1977年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年東京工業大学助教授。1995~2013年同教授(社会学)。著書に『言語ゲームと社会理論』(勁草書房)、『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(筑摩書房)、『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)、『ゆかいな仏教』(サンガ新書)など多数。最新著は『4行でわかる世界の文明』(角川新書)。

画像2: グローバル社会を読み解くカギは「宗教」にある
その3 不動の原点があると、改革が進みやすい

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

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