若きイノベーターとの対話から、エコシステムのつくり方を学ぶ
八尋
米良さんに初めてお会いしたのは、昨年、AI研究者の松尾豊先生にご紹介いただいたのがきっかけです。日本初のクラウドファンディング「Readyfor」を創設されて、会社を急成長させるだけでなく、世の中の変化を先取りするように、震災支援やSDGsなど、さまざまな社会課題に積極的に取り組んでこられました。その熱意と行動力に、鮮烈な印象を受けました。
米良さんのように、今の若い起業家の方たちは、人との縁をうまく活用しながら、新しいビジネスを生み出し、世の中を大きく変えつつあります。それは、単なる「人脈」を超えて、新たなビジネスエコシステムを創生し、エコシステム全体で大きなうねりをつくりながら社会を動かしているように見えます。
一方、私が社会人になったのは平成元年(1989年)ですが、我々の世代の中には、ビジネス環境の急激な変化に戸惑っている人が多くいます。今回から始まるこの新連載シリーズでは、米良さんのような新時代のイノベーターや創造者との対話を通じて、ビジネスや社会の変化にいかに立ち向かっていったらいいのか、ヒントを探っていきたいと思っています。
松尾豊氏との出会いがきっかけで、未来をつくる人へ
八尋
最初に、米良さんがなぜ、現在のような取り組みを始められたのか、きっかけをお聞かせください。
米良
ターニングポイントになったのは、先ほどお名前が挙がった松尾先生との出会いです。私が慶應義塾大学経済学部に通っていた3年次のインターゼミでのことでした。ちょうど松尾先生がスタンフォード大学から戻られて、東京大学の准教授になられたタイミングで、うちのゼミの藤田康範教授と共同研究を始められたのがきっかけです。
実は私は小学校から高校まで私立一貫校に通っていて、外の世界をあまり知らなかったんですね。学校は楽しいけれど、もっといろんな人と出会いたいと、内部進学はせず、中学のときの家庭教師で、憧れていた先生が通っていた慶應義塾大学に進学しました。
大学では新しい友人もできたし、大学祭の実行委員を務めるなど、忙しく過ごしていましたが、一方で、就職を考える時期になっても、自分は本当は何がしたいのかわからないまま、モヤモヤした気持ちを抱えていました。というのも、私の祖父は発明家、父はコピーライターで、いわゆるクリエイターの家庭に育ったものの、二人とも最初は大企業に勤めていましたし、母の願いもあって、私も大企業に就職するものだろうと漠然と考えていたからです。
そんな折、松尾先生にお会いして、研究者として未来に対して、自分が何ができるのかをピュアに考えている姿に感銘を受けたのです。しかも、シリコンバレーにいた経験を踏まえて、世の中に大きなインパクトをもたらすイノベーションを、いかにITで加速させ、社会に還元していくのかに真剣に取り組んでいらした。先生とお話をする中で、私自身も未来をつくる人たちと一緒に社会を変えていきたいと強く願うようになったのです。
初めてのWebサービスで経験したインターネットのスピード感
八尋
進路を迷っているときに、素晴らしい師との出会いが進むべき道へ導いてくれたわけですね。
米良
そうですね。インターゼミのテーマは、松尾先生が開発された「あのひと検索SPYSEE」という人物検索Webサイトを使ったサービスの考案でした。このサイトはその人の経歴だけでなく、人物相関図のつながりの強さを示すという、従来にはないサイトでした。そこでインターネットの世界の面白さとともに、試行錯誤しながらユーザーとともによりよいサービスへ仕上げていくスピード感を経験しました。このスピードに自分も乗ってみたいと思ったのです。
それからは、毎日のように東大の松尾研究室に通いました。研究室の人たちも、私がやたらと「面白い! すごい!」と感動するので、宇宙人がきたといった感じで興味をもってくれて、一緒にいろんなサービスをつくりました。
このときに手掛けたのが、「cheering SPYSEE(あの人応援チアスパ!)」という、アスリートや伝統芸能に取り組む人たちに、個人が小口で資金支援ができる、いわば投げ銭的なWebサービスです。この中で、パラリンピック日本代表スキーチームの備品代100万円を集めたのですが、この経験が後の起業のヒントになりました。
その後、大学院修士課程(メディアデザイン研究科)のとき、プログラミングを学ぼうとスタンフォード大学へ約半年間留学した際、当時、アメリカですでにサービスが始まっていたクラウドファンディングビジネスの状況を知ったことも、起業にたいへん役立ちました。
ちなみに、当時ともにサービスを考えた松尾研究室のメンバーとは、いまだにつながりがありますが、多くの人が起業したり、ベンチャーのCTOになったりして活躍しています。松尾先生が、「インターネットテクノロジーの世界を担うのは若い君たちだから、どんどん起業しなさい」と言って、皆の背中を押していたからだと思います。
夢を語れる人を応援し、ともに活動したい
八尋
未来をつくるには、ファイナンスの力は重要ですが、原動力となるのはやはり人の「思い」なのでしょうね。ピンで活躍できるような個の力とつながることが重要ですね。
米良
日本社会では、新しいことへ挑戦することや、夢物語を語ることを恥ずかしいことだと捉えるところがありますよね。でも私はそういう人たちを応援したいし、一緒に活動したい。クラウドファンディングを立ち上げた根っこもそこにあります。
いまは、フリーランスで活動する人も増えていますし、組織をまたがる活動も広がっています。イノベーションというのはまさにそうしたさまざまな人たちの強い「思い」やテクノロジーがクロスするところで起こるものだと思っています。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
八尋俊英
株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。
米良はるか
READYFOR株式会社 創業者 兼 代表取締役CEO。1987年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2011年に日本初・国内最大のクラウドファンディングサービス「Readyfor」の立ち上げを行い、2014年より株式会社化、代表取締役 CEOに就任。World Economic Forumグローバルシェイパーズ2011に選出、日本人史上最年少でダボス会議に参加。現在は首相官邸「人生100年時代構想会議」の議員や内閣官房「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進室」専門家を務める。
シリーズ紹介
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
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