小山氏の会社が「毎月社員の誕生日会でサプライズを演出」することは「組織に風を吹き込む」という意味で有効だと、研究を通じて組織のありようを観察してきた矢野は言う。そして、話は「ハピネスの呼び水になるスイッチ」に。目に見えない「幸福」を追求してきた放送作家の小山薫堂氏と、見えない幸福の数値化に成功した日立製作所の矢野和男との対談の最終回。
(写真:日立製作所中央研究所初代所長 “大変人”・馬場粂夫の旧邸にて)

『第1回:「ハピネス」見える化のプロセス』はこちら>
『第2回:幸福の最大化は世界のトレンド』はこちら>
『第3回:「ハピネス」を日本中に行き渡らせる方法』はこちら>
『第4回:サプライズこそが幸福を呼ぶ』はこちら>

組織には風を吹き込む工夫が必要

矢野
もし小山さんの会社を「ハピネスプラネット」で計測してみたら、やはり高い数値が出るんでしょうか。

小山
どうでしょうね。どんな数字が出るか楽しみではありますが。

画像: 組織には風を吹き込む工夫が必要

矢野
雰囲気でわかる部分もあるでしょうね。我々もオフィスに入った時に「ここはドヨンとした空気だな、元気がないな」と感じることはあります。それは計測すると数字に現れるのではないかと思います。その一方で、日立の中で組織を見てきた経験から申しますと、ちょっと新人が入ってきたり、リーダーが変わったりするだけで、他の9割が変わっていなくても、結構大きく変化します。

組織は、常に生産性を高める努力をしないといけません。スタティックに決まっているものではなくて、常に動いていると思うんです。だから、小山さんの会社が、毎月誕生日のお祝いをし続けることは、まさにそういう「組織に風を吹き込んでいる」ことじゃないかなと思います。私はそのように解釈しました。ところで、小山さんが今いちばん関心あるテーマはなんですか?

外国人にお風呂文化を伝える「湯道」

小山
僕がいちばん興味を持っているのは「湯道」の普及ですね。お茶の道が茶道ならば、風呂に入ることも「道」になるんじゃないかと。お風呂は日本独特の文化じゃないですか。その良さはただ清潔になるだけではなくて、疲れを癒すこともあります。それ以上に、温泉に知らない人と裸で一緒になった時に、隣のことを慮ったり、家では次に入る人のことを慮ったりとか、他者に配慮する文化の基礎が詰まっていると考えているんです。そういうものを海外の人に教えたいと。そこからも日本の良さを発信できると思っています。どんな人でもお風呂に入ると気持ちいいので、温泉文化を広めるためにも、ルールがわからないまま入るよりも、あえてルールを作っておいたほうが外国人には響くのではないかと思っているんです。もちろん日本人には当たり前の世界なんですが。

矢野
入浴全般の作法を教えるわけですね。

小山
知り合いにフランス人と結婚している女性がいます。彼女は旦那さんに、「あなた、日本ではお風呂に入る前に体を洗うのよ。それが日本のやり方よ」と伝えたそうです。そうして、男湯の脱衣所に入ったら、シンクがいっぱい並んでいたので、旦那さんはそこで洗うんだと思ったそうです。笑い話のようですが、じつはそんな話はたくさん転がっています。

「おしん」が私の人生を変えました

矢野
少し脱線しますが、私の実家は山形県酒田市で旅館をやっています。若葉旅館という両親が始めたベンチャービジネスみたいなものですが。酒田市は、小山さんが脚本を書かれた「おくりびと」の舞台なので、その意味でもご縁を感じているんです。

画像: 「おしん」が私の人生を変えました

小山
へえ、そうでしたか。酒田いいですよね。僕が大好きなイタリアンの「アル・ケッチァーノ」も近いですし。

矢野
伝説的朝ドラの「おしん」も酒田市で撮影していたのですが、撮影の際、スタッフのみなさんが私の実家の旅館に宿泊していました。私以外の家族は、みんな「おしん」にエキストラで出ています。母はセリフまであったんです。田中裕子さんや乙羽信子さんに続けて母が出てくるのは特別な気分です。それを最近泊まりに来た中国人に伝えると、ものすごく反応が良いのだとか。

小山
「おしん」はアジアで大人気だといいますからね。

矢野
じつはその当時、旅館の業績が悪くて、私は東京の大学に出てきていましたが、「もう大学に通わせられないかも」と泣きながら母から電話がかかってきたこともありました。そうしたら「おしん」ブームがやって来た。ここに私がいるのは「おしん」のおかげなんですよ。

それはともかく、私も行き詰った時にお風呂に入って突破口を開くことがよくあるんです。

ハピネスの呼び水になるスイッチとは?

小山
僕は癖をつけていまして、原稿締め切りの1時間前にお風呂に入るんです。お風呂から上がるまでに書き上げるという暗示をかけて、いつも乗り切っています。

矢野
お風呂の中で書くんですか?

小山
はい、蓋の上で書いてます。

矢野
他に、ハピネスの呼び水になるようなスイッチはありますか?

小山
「ジャパンスマートドライバー」という首都高のイメージアップのPRを手がけているんです。首都高でいちばん多い事故はスピードの出し過ぎではなくて、合流地点なんです。料金所のところで譲り合わなくて事故になる。1件事故が起こると2キロの渋滞が発生して、3トンの二酸化炭素が出るみたいな数字があって、「人に優しい運転をしよう」と呼びかけています。

思いやりの運転を心がけることによって事故が減っていく。それがすなわち環境問題にも貢献できるし、あなた自身も幸せですよね、というキャンペーンを10年くらい前からやっています。僕自身はそれまでは超飛ばし屋でした。でも、発起人で社長の僕が事故を起こしたら仕事を切られてしまいますから。結果、今は超安全運転になりました(笑)。それ以降、首都高に乗るたびに、「どうぞお先に」と、人を入れてあげることが快感に変わってしまいました。

矢野
まさに、幸せスイッチですね。

小山
首都高が僕にとって優しさを作る装置なんです。ですから、イライラがつのると首都高に乗ります。環状線を2周くらいすると、すごく優しい人になって戻って来られるんです。

矢野
行動が心理を変えるパターンですね。行動経済学に通じるものがありますね。

小山
皆がこういう考えになったら、首都高がすごくいい装置になるんです。ただそれは他にも自分の周りにたくさんあって、視点一つで装置になると思っています。

矢野
幸せになるために有効で効果的なのは、人に親切をすることです。あらゆる中でいちばん効果があるとされています。そしてそれは、「された人」ではなくて、「した人」が幸せになるというのが研究結果として出ています。

時代は「ハピネス」へ

小山
改めて幸せを研究するってすごいですよね。しかも、企業で15年も前からそれをやらせてくれるという。

矢野
そこは日立製作所の懐の深いところでもありますね。

小山
やっぱり「馬場大変人」のDNAがあるんでしょうかね。普通の企業だったら真っ先に切られそうです。これが何の利益を生むんだと言われて。

矢野
最初は、私を含めて、半導体をやっていた大量の人たちが、次の仕事が必要になりました。仕事がなくなったこともあり、新しい分野を開拓しなければいけないということで、数年は大目に見てくれてたと思うんですが。いつお金になるんだというプレッシャーが、特にリーマンショックのあたりからきつくなって、そのころがいちばん苦しかったですね。

小山
でも時代は確実に、矢野さんの研究の方向に向かっていますよね。幸福が一つの産業になるというのはとても素敵だと思います。

矢野
ぜひ、「ハピネスプラネット」で何かご一緒にできると嬉しいです。

小山
そうですね。いちばん簡単なのは、幸せを考える番組でしょうか。毎回幸せをテーマにしたハピネスラボみたいなものを番組の中に作って実験を行ったり、いろんな人の話を聞いたりというのはすぐにできそうな気がします。

それにしても、日本にすぐにでもハピネス省を作って欲しいですね。

矢野
それがいちばん大事かもしれません。今日はありがとうございました。

画像1: 対談 データのハピネス、感性のハピネス
【第5回】自分なりの「ハピネススイッチ」を見つける

小山薫堂
1964年、熊本県生まれ。日本大学芸術学部在学中から放送作家のアルバイトを始める。「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」「東京ワンダーホテル」「トリセツ」など、テレビ史に残る番組の企画構成を担当する。初の映画脚本となる「おくりびと」では、第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回アメリカアカデミー賞外国語映画賞を受賞する。放送作家集団N35とブランドのプロデュースやデザインを担当するオレンジ・アンド・パートナーズの2社を経営する。また京都造形芸術大学副学長も務めている。「小山薫堂の幸せの仕事術」ほか著書多数。

画像2: 対談 データのハピネス、感性のハピネス
【第5回】自分なりの「ハピネススイッチ」を見つける

矢野和男
1959年、山形県生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学大学院連携教授。文部科学省情報科学技術委員。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋大学ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

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