企業活動が地球環境に依存する以上、サステナブルな発展は必然
御社では、1980年代から環境負荷が少ない製品の開発や廃棄物ゼロの推進など、時代に先駆けてSDGsビジネスに取り組んでこられました。現在、SDGsが世界的に注目されていますが、この状況をどのように見ていらっしゃいますか?
更家
「エコロジカルフットプリント」という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、これは人類が地球環境に与えている「負荷」の大きさを測る指標です。この指標をもとに計算すると、全世界の人がアメリカと同様の生活をすると地球5.0個分、日本と同様の生活の場合は、2.9個分が必要となり、消費の多い暮らしをしていることになります。地球は一つしかないにもかかわらず、先進国の多くが地球の生物生産力(供給)を大きく上回る生活をしているわけです。
すでに世界の人口は75億人を突破していますが、今後さらに皆が豊かな暮らしをめざして経済発展を遂げると、当然、資源が足りなくなります。これは明らかな事実であり、いずれ飽和点に達することは目に見えています。
その兆候はすでに異常気象や自然災害の頻発などでも顕在化していますし、限られた資源をめぐる紛争も各地で起こっている。たとえば、いまや経済大国となった中国は、かつての日本と同様に、環境を犠牲にしながら急激な発展を遂げてきました。しかし、そのことがともすれば中国経済のアキレス腱になっています。深刻な環境汚染により、工場の操業をやむなく停止しなければならないといった事態に直面しているのです。
このような状況を見ると、我々人類が地球環境から多大な恩恵を受けている以上、サステナブルな成長をめざすのは当然のことであり、国だけでなく、企業もSDGsに積極的に取り組んでいかなければならないと思います。
SDGsを定めた文書の前文の中には、「我々は、世界を持続的かつ強靭(レジリエント)な道筋に移行させるために緊急に必要な、大胆かつ変革的な手段をとることを決意している。我々はこの共同の旅路に乗り出すにあたり、誰一人取り残さないことを誓う」という力強い言葉があります。「誰一人取り残さない」ためには、ビジネスにおいて、社会との密接な関わり合いの中でゴールをめざす新たな仕掛けが必要になります。これまでの私どもの取り組みが、その先駆けになればと思っているところです。
アブラヤシ生産地の持続可能性のために、「ヤシノミ洗剤」などの商品売り上げの1%を環境保全活動支援へ
まさに、御社ではSDGsの先駆事例と呼ぶにふさわしい数々のビジネスに取り組んでいらっしゃいます。
更家
当社の本業は、家庭用・業務用洗剤をはじめとした衛生用品や食品の開発・製造・販売ですので、SDGsの中でも特に、SDG3「すべての人に健康と福祉を」、SDG 6「安全な水とトイレを世界中に」に深く関わっています。また、メーカーとしてSDG12「つくる責任つかう責任」を強く意識しています。
最初に我々がグローバルな環境問題を大きく意識するようになったのは2004年、あるテレビ番組の出演依頼がきっかけでした。当社の主力製品であるヤシノミ洗剤の原料となるアブラヤシは、東南アジアに位置するボルネオ島が原料生産地なのですが、現地のプランテーション(大規模農園)が島の環境破壊につながっていること、とりわけボルネオゾウやオランウータンなどの希少な野生動物の生息域を脅かしていることを知ったのです。
そこで、現地に社員を派遣して調査を開始し、ボルネオ島マレーシア領サバ州の野生生物局と協力して、2005年からボルネオゾウのレスキューを始めました。また、2005年1月に農園の持続可能性を追求する「持続可能なパーム油のための円卓会議」(RSPO:Roundtable on Sustainable Palm Oil)という国際組織に参加しました。さらにボルネオ島の生物多様性保全に向けた活動を行う、マレーシア・サバ州に本部を置く「ボルネオ保全トラスト」(BCT:Borneo Conservation Trust)の設立に私自身が携わり、2007年5月から、ヤシノミ洗剤の売り上げのうち1%をこの活動支援のために送金しています。
現在は、活動を他の地域にも広めようと、生態系ですべて生分解されるソホロリピッドという、生物由来の界面活性物質を使った新たな洗剤ブランド「ハッピーエレファント」(2012年国内発売)の販売を北米でも計画し、この売り上げの1%についても同様の取り組みを行う予定です。
製品にPOPシールを貼るなどして、BCTへの支援を明記されていますね。
更家
ええ、実は活動を始めてからこの10 年間、ヤシノミ洗剤の売り上げは伸び続けているのです。それだけ、私どもの活動に賛同してくださっているお客さまが増えている、ということだと思っています。
ただし、売り上げの1%はお客さまからお預かりしているお金であり、それがきちんと活動に反映されなければ意味がありません。そこで、私をはじめ当社の社員がNPO法人BCTジャパンの理事を務めるなどして継続的に活動にコミットし、責任をもって保全活動を実施しています。
たとえば、BCTでは、ボルネオ島キナバタンガン流域の川沿い2万ヘクタールを保護地にするという「緑の回廊プロジェクト」を進めていて、国内のBCTジャパンを通じて保護地の購入を粘り強く進めているところです。
やはり、バリューチェーン(価値連鎖。原材料の調達から製品・サービスがお客さまに届くまでの企業活動)において、バリューを生み出す源泉はサステナブルな環境にこそある。当社では、そこに真面目に取り組むことが重要だと考えています。形だけの取り組みでは、お客さまにはすぐに見破られてしまうでしょう。
カロリーゼロの自然派甘味料「ラカントS」の製造も現地で
一方で、健康事業にも取り組んでいらっしゃいます。
更家
1995年から、中国で古くから漢方として用いられてきた甘みを持つ羅漢果(ラカンカ)とエリスリトールという植物性の甘味料を原料にして、日本初となるカロリーゼロの甘味料「ラカントS」の生産・販売を手がけてきました。これは、創業者である父が糖尿病を患ったことから、父自らが研究員とともに中国・桂林へ赴き、原料調達を取り付けて始まった事業です。
現在、日本には予備軍を含めて、潜在的に約2,000万人以上の糖尿病患者がいると言われています。ラカントSは血糖値をまったく上げませんし、味も良く、糖尿病をはじめとする生活習慣病の予防に役立ちます。
2015年からは、桂林に自社工場を建設し、契約農家での羅漢果栽培から収穫、農薬・除菌剤の散布に至るまで記録管理して、トレーサビリティを徹底することで、安全・安心、そして美味しい甘味料をお客さまにお届けしています。ここでも我々が重要視したのは、バリューチェーンのサステナビリティです。
洗剤や手指消毒剤などで、グローバルに衛生事業を展開
事業のグローバル展開も積極的に進めていらっしゃいますね。
更家
当社では、石鹸・洗剤事業で培った衛生への取り組みを世界に広め、さらに人々の健康に役立てるための活動を強化しているところです。
たとえば、2010年から、手洗い商品の出荷額の1%をユニセフに寄付するとともに、アフリカ・ウガンダで「100万人の手洗いプロジェクト」を実施し、子どもたちやお母さんたちに石鹸を使った正しい手洗いを啓発したり、ボランティアの手洗いアンバサダーを養成したり、ティッピータップ(簡易手洗い装置)の普及活動に努めたりしています。アフリカの多くの地域では、手を洗って清潔にすることの重要性がまだまだ浸透しておらず、容易に防ぐことができる病気にかかる人が多くいたからです。
ただ、チャリティだけでは限界がある。そこで、2012年から1年間、独立行政法人国際協力機構(JICA)のパイロット・プロジェクトの一環として、ウガンダの病院に当社のアルコール手指消毒剤「ヒビスコール」を導入し、ビジネスの可能性を探りました。
最初は、医療スタッフに手指消毒の重要性がなかなか広まらなかったのですが、対象病院での手指消毒の普及率が70%まで上がると、幼児の下痢性疾患や妊婦の帝王切開後の敗血症がほとんどなくなり、スタッフの意識が大きく変わりました。以後、アルコール手指消毒剤が受け入れられ、医療施設の衛生環境が劇的に改善してくことにつながりました。
しかし、さらなる普及にはアルコール手指消毒剤の値段がネックになっていました。そこで、2014年に現地の大手製糖会社であるカキラシュガーの協力を得て、サラヤ・マニュファクチャリング・ウガンダを設立しました。製糖後に残った廃糖蜜から製造されたエタノールを利用して、ウガンダ製の手指消毒剤“AlsoftV”の製造・出荷を始めています。これがソーシャルビジネス「病院で手の消毒100%プロジェクト」です。
こうした取り組みを整理すると、衛生分野では、SDG3「すべての人に健康と福祉を」SDG6「安全な水とトイレを世界中に」SDG8「働きがいも経済成長も」、環境分野では、SDG12「つくる責任 つかう責任」SDG15「陸の豊かさも守ろう」、健康分野では、SDG8「働きがいも経済成長も」SDG12「つくる責任 つかう責任」にそれぞれ貢献できると考えています。
イベノーションを追求することがサステナブルにつながる
一方で、急速冷凍装置「ラピッドフリーザー」の開発・販売など、これまでにない新たな取り組みにも挑戦されています。
更家
持続可能な社会の実現には、企業活動の目的を明確にするとともに、イノベーションの創出が必須だと考えているからです。
ラピッドブリーザーというのは、エタノールを用いた急速冷凍装置で、現在、JICAのプロジェクトとして、カンボジアにある冷凍食品の加工所で製品を冷凍し、現地のイオンモールで販売する実証実験を実施している最中です。急速に冷やすことで細胞膜を保ったまま、品質良く冷凍できるのが特長です。
これにより、現地の生産者とイオンという商業流通の間のミッシングリンク、すなわち欠けた部分をつなぐことができます。今後は、この取り組みをアフリカにも展開していく予定です。
多岐にわたる事業で、社会課題の解決も担うビジネスをグローバルに展開されているわけですね。
更家
私自身もそうですが、やはりビジネスでもなんでも多様性があったほうが社員も楽しめると思うんですね。未知の場所で、初めてのことに取り組むのはしんどい部分もありますが、社会課題解決に貢献でき、お客さまからも共感を得られ、事業としても発展させることができるからこそ楽しく続けられる。これからの時代は、真のバリューを見極めながらビジネスを展開していくことが非常に重要になると思っています。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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