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日立の取り組み
白河
働き方改革に成功すると、社員が戻ってきたりしますよね。結構いろいろなところで見ていますが、テレワークの制度が入ったから戻ってきましたとか、そういう効果も本当にありますね。日立ではいま具体的にどのような制度を取り入れられているのですか。
中島
まず、日立は「意識改革」やAI・ITを活用した「柔軟な働き方の推進」「業務改革」「健康経営の実現」などを柱とした働き方改革を推進しています。
例えば、女性の活躍に関しては、1990年代以降、育児休暇制度をはじめとする各種両立支援制度を整備し拡充してきているので、出産した後や子育ての支援は相当充実していると思います。そこは大事なところです。また外国人も増えているので日立総合経営研修所などで各種研修を行ってサポートもしています。そしていま一生懸命やっているのは、働く時間の長さを、法律で決まっているということではなくて、自分たちがもっと短い時間で効率的に働こうということで、たとえば、時間の使い方についてモニタリングし、部署ごとの傾向や変化を把握、働き方改革の議論の素材にするなど、さまざまなチャレンジをしています。それから在宅勤務は相当力を入れてやろうとしています。たとえば、我々コーポレートIT部門は秋葉原のほかに、戸塚にも一部の部門がありまして、そこは一定の日数を在宅してもよいというルールで取り組んでいますので、その成果が出てくるのを楽しみにしています。
白河
いままでやったことのないことをやるのがイノベーションですから、これまで会社に来なければいけないと思っていたけれど、家でやってみたらこんな効果があって、また別の良い面があったとか、抵抗があってもやってみるとか試してみるのが重要だと思っていて、とくにテレワークは効果が大きいような気がしています。働き方改革をすると生活も変わるし、暮らし方改革でもあると思います。たとえば、ワーキングマザーさんたちの集まりで、人事の方が在宅ワークを試そうと思ったら、若い男性から反対が出ました。どうしてですかと聞いたら、いま小さいお子さんがいて、奥さんからいま家にいると邪魔だと言われるんですよって。確かにそうかもしれません。在宅勤務が共働きご夫婦の片方の会社だけでできるようになると、在宅勤務ができるほうが保育園にお迎えに行く確率が高くなって、お迎えに行ったらそのままご飯食べさせて夜寝かせつけるまでストレートに行っちゃうわけですね。ですから、働き方改革をするとすごくいろいろなことが起きると思いますが、それを乗り越えたところに面白味があるのではないかと期待しています。
中島
やはりダイバーシティなんですね。いろいろなオプションがあれば自由度が高まるので、そのバリエーションをできるだけたくさん持っていることが大事だと思います。その出し入れが制約なくできるということ、これは文化もそうだし、制度もそうだし、あと道具もそうですが、それがやはり引き出しをいっぱい持っていないとできない。そうすると何が起きても慌てずに対応できるということではないでしょうか。
白河
そうですね。ある会社Aに勤める女性の例ですが、旦那さんの都合で東京から約280キロ離れている八丈島に住むことになり、すでにA社の管理職になっていた奥さんが辞めることになったそうです。でもちょうどA社では働き方改革を推進しているところだったので、テレワークを活用すればなんとか島から仕事が続けられるのではないかという話になり、結局、いまそれで十分仕事になっているんですね。八丈島からはそれほど頻繁には出てこられないのですが、カウンターパートが八丈島を含む3カ所の地方自治体で、それぞれの拠点とテレワークでつなぎ、まったく支障なく仕事をしていますというような話があって、あっ、なんかこういうのが当たり前になってくると、みんな人生の幅が広がるなと思いましたね。
中島
日立では、10年以上前から、大規模な仮想デスクトップ環境を構築し、現在では約10万人規模でシンクライアント端末を利用しており、外出先やサテライトオフィス、自宅からいつでも業務をすることが可能になっています。自社での取り組み実績をもとに、お客さまにもソリューションとして広く提供し評価いただいています。また、オンライン会議システムも十数万人規模で入っています。たとえば、私の場合、上司は執行役専務のCIO(Chief Information Officer)ですけれども、フェース・トゥ・フェースのミーティングもありますし、電話もかかってきます。もちろんオンライン会議もあります。これをやっているとだんだん使い分けをするようになるんですね。この話題はオンライン会議でやろうとか、人事の話は絶対にフェース・トゥ・フェースで、これは何となく雰囲気でそうなる。直感的にお互いに感じるというか…。突発的な話は携帯電話にかかってくるし、これができるようになってくると、かなり機動力があがってきます。とはいえ、ベースになっているお互いのコンセンサスができていなければ使いこなせないのですけれど。
白河
確かに。初めての人では分からないですものね。
中島
そうすると、何をお互いのコンセンサスとして持たないといけないのかというのが、もちろん二人の1対1ではなくて、取り筋とか方向性みたいなものの確認などがものすごく大事になってくるんです。そういうことをちゃんとやっておくと、そこのバリエーションが自然とこれはパスだ、これはシュートだといったお互いの感覚で分かるようになります。コミュニケーションって相互なので、自分だけが仕事のやり方を変えてもダメで、全体のチームのなかでそういう瞬間の雰囲気づくりができるようになって、同一のスピード感で物事が進むようにならないと、なかなか働き方改革にならない。そこは訓練が必要だと思いますけれど、そのドライブをするために上がリードしなくてはいけないですね。
日立では、こうしたITを活用した取り組みの結果、社員の生産性や満足度も向上しましたので、今後も取り組みを加速させたいと思っています。また、こうした施策をワークスタイル変革ソリューションとして提供し、お客さまの働き方改革も強力に支援していきたいと考えています。
白河
働き方が多様になっていくと評価が難しくなると言いますが、日立の場合、その辺りはどうされているのですか。
中島
これはタレントマネジメントをしっかりやるということです。それぞれがどういうタレントを持っていて、それをどのように発揮したのでこういう成果になりましたという起承転結が今までよりはっきりしていないといけません。日立では、個人と組織の業務マネジメント・成果評価の仕組みである「グローバル・パフォーマンス・マネジメント」に基づいた評価システムを導入しています。また、AIを用いた組織活性化やビッグデータ利活用による人財アナリティクスなどにも取り組んでおり、そういうことを積み重ねながら徐々にワークスタイル変革をして、みんながどこから働いてもきちっと成果が確認できるというようになっていくと思います。
白河
それはすごいですね。働き方改革をやろうとしているところはいっぱいありますけれど、最終的には評価に行きつくと思っています。労働組合との交渉もありますし、そこまでやれている企業はなかなかないんですよね。
中島
いま制度も大きく変わっているので、抵抗というかみんな戸惑いもあるのですが、そこには自分たちコーポレートIT部門が実験台になりながらドライブをしていこうと思っています。
白河
そうですね。やっぱり評価と報酬の設計のようなものもワークスタイル変革で変わってくると思うので、抵抗があると思うのですが、最終的に本気でやると、どうしてもそこに行きついてしまうなというのが、私が見ていての感想ですね。
中島
ただ、欧米のようにタスクと評価があって、パフォーマンスしないとけしからん的なものにはしたくありません。やはり日本の文化らしく、日立の「和」の精神のなかでお互いに高め合いながら全員で山に登ろうという目的に、評価と報酬は使われなければいけないと思っています。弱いところは助け合うし、強い者には強い者の責任がある。その強さは人を助けるために使う。我々のような企業内部だけではなく、関わる外部のパートナーの皆さんや、お客さまとの関係も同じ考え方です。それを日本だけではなく世界にきちっと広めていく社会的責任を負っているのだと考えれば、これは非常にすばらしい仕事だと思います。
中島
最後に、日立をはじめ企業へのアドバイスをお願いします。
白河
働き方改革に対しては抵抗勢力みたいなものが必ずあります。経営者の方にとって実は嫌なことかもしれません。すでに取り組んでいるところはよいのですが、やっていないところにとっては。自分の会社のことなのに、外部から労働時間について口を出されたりとか、同一労働同一賃金といわれたりとか、会社に来るのが楽しいのになぜ在宅テレワークを推奨するのかと思っている方はまだたくさんいらっしゃるはずです。そこは、基幹産業というか、大きな企業さんから先陣を切って推進してほしいですね。働き方改革は個人にとってもチャンスなんですけれど、会社にとっても新しいビジネスや、新しい社会への貢献など、さまざまなものを生み出すチャンスだし、イノベーションを生み出す一つのチャンスなんだと前向きに捉えて、どんどん発信していただきたいと思っています。
中島
長い時間にわたり、本当にありがとうございました。
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