働き方改革実現会議の一つの背景
日本における労働環境の整備という観点では、賃金をはじめ、労働時間なども含めた働き方についてこれまで多くの取り組みがなされてきました。しかし、それらは個別の企業における労使が自主的に決定するものという考え方が非常に強く、その結果、政府が介入するようなことは過去においてほとんど行われてきませんでした。ただ一度だけ、1970年代に起きた石油ショックの時に政府の介入があったとか無かったとかいう話だけは残っています。これは石油ショックによる物価の高騰を背景に、賃上げを要求する組合に対して、賃金が上がることによってコストがかかり、またインフレを促進し、まさにインフレの循環を招いてしまうことを懸念して、賃上げを抑えるように政府が要請したという話です。あくまでオーラル・ヒストリーで、実際に何が行われたかについては正式な書類は残っていません。つまり、それだけ労使自治が強かった時代ということです。
このように、それぞれの労使の意思決定に委ねる形でやってきましたが、一方で、前回述べたように株主に対する責任といった企業のガバナンスも大きく変わってきたわけです。その結果、利益を出している企業があるにもかかわらず、賃金の方は抑制され、その利益はむしろ配当であるとか、企業の内部留保につながっていくといった事象が目立つようになってきました。個別企業はそれでいいのかもしれませんが、マクロ的に考えていくと、成長があってもそれが需要の喚起、特に内需としての消費の拡大につながっていないために、景気の成長と分配の好循環といいますけど、そこがどうも危うくなってきている。ここに、今回の働き方改革実現会議の一つの背景があったと思います。
一億総活躍社会の実現に向けて
また、労働時間の問題についても、本来の大きな枠としては36(サブロク)協定(時間外・休日労働に関する協定届)という、法定労働時間を越えた労働に関する労使協定があるわけですが、これは労使の意思決定を反映したものを届け出るだけの形になっています。例えば、「残業については何時間までしてもよい」ということを労使で相談して合意したならばそれを届け出てください、ということです。つまり、行政としては届け出されたものが36協定に則っていれば、これはダメですと言えない仕組みになっています。あくまで個別労使の決定が尊重されてきたわけです。
ところが、2000年以降、「失われた20年」といわれるように、その間に仕事と生活のバランスが大きく崩れ、そのまま放置することはできないという状況が、日本だけではなくアメリカやヨーロッパでも起こっていた。特に中間所得層がいなくなることで、格差の問題、いわゆる二極化が進展し、政治的にもかなり危機感が生じてきていると思います。
生活保護給付と最低賃金の逆転現象もあり、政府は最低賃金の引き上げと中小企業の生産性向上を両輪で取り組もうということで、「成長力底上げ戦略会議」が開かれました。最初は安倍第一次内閣だったと思います。そのあと、福田、麻生内閣に引き継がれ、さらに民主党(現在の民進党)政権へとバトンタッチされてきました。
そして、こうした取り組みをさらにブレイクスルーするため、現政権下で、政労使会議という形で最低賃金のところだけではなく、全体の賃金にまで拡げるということで、利益の上がっている企業には賃金の引き上げをお願いするということが行われました。これはいままでには無かったことです。日立の川村会長(当時)にも来ていただいて議論をさせていただきました。
こうした取り組みの延長の中で「一億総活躍社会の実現」というビジョンが出てきたわけです。なぜ一億人かというと、2040年には9,000万人を割ると推計されている日本の人口を一億人で維持したいということです。人口減少の問題、出生率の低下の問題を解消していくと同時に、一億人が意欲と能力を発揮できるような、これは障がいのあるなしに関係なく、男性も女性も、若い人も高齢者も活躍できる社会をめざすということで、その柱として「働き方改革」に焦点があてられたのだと思います。今回の働き方改革実現会議でまとめられた実行計画の骨子は次のようになっています。
働き方改革実行計画(骨子)
目標はガイドライン超え
働き方改革実行計画の中で、例えば罰則付き時間外労働の問題一つ考えても、これは法律ですから、最低限のところを示しているわけです。要は、社会的にどの企業も個人も全員が守らなければいけない最低限の保証になっています。それが労働基準法の本来の考え方ですから、それを超える部分についての労働時間の柔軟性や短縮については、それぞれの労使で考えていって欲しいという取扱いになっています。したがって、ガイドラインで決めたものをそのまま実行してくださいということではなくて、それ以上にやってくださいということです。ガイドラインを超えた積極的な取り組みをやるかやらないか。そこに表れる、企業がめざす人財の活用や経営のあり方までもが、企業の魅力として問われていくのではないかと思います。
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