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特定非営利活動法人クロスフィールズの小沼大地氏らが大企業を対象に始めた取り組み、「留職」。それを若手社員向けの研修に積極導入している企業の一つが、株式会社日立製作所だ。現在、大企業が抱えている人財育成の課題とは何か? 求めているリーダー像とは? 第3回では、日立製作所の情報・通信システムグループで人事を担当し、小沼氏の"伴走者"役でもある髙本真樹(たかもとまさき)氏に、「留職」導入のねらい、そして、企業とNPOのこれからのあるべき関係について聞いた。

「留職」第1回 ビジネスと社会貢献をつなげたい >

もっと時代に合った、価値のある研修を

画像: もっと時代に合った、価値のある研修を

現在、株式会社日立製作所の情報・通信システムグループで、ITプラットフォーム部門の人事総務を率いる髙本真樹氏。もともとはシステムエンジニアを夢見て、1986年に入社した。しかし、半年間の新人研修を経て配属された先は、まったく予想していなかったと言う人事セクション。当時の大森ソフトウェア工場、総務部勤労課だった。

「その頃の新入研修では毎日、日誌を書かされていたんですけれども、わたしは研修内容そのものに対するダメ出しを散々書いていました。どうもそれが人事担当の目に留まったようで、"それならおまえ、やってみろよ"ということでしょうか? 勤労課に配属されてしまいました(笑) 」

高度経済成長が終わり、安定成長期に入っていた当時の日本。若手社員が多かった大森ソフトウェア工場で、髙本氏が入社1年目に携わった社員教育は、とりわけ重要なミッションだった。

その後、髙本氏は、社内のさまざまな部署を経験する。入社5年目での本社社長室秘書課への異動を皮切りに、創業の地である茨城県の日立工場や、当時の電力・電機グループの人事・勤労、北海道支社や都市開発部門における事業企画などを担当。2009年からは、日立が福岡の病院とともに地元に設立した、老人介護施設の運営会社社長も2年半務めた。

そして2012年1月。髙本氏は、かつての大森ソフトウェア工場、現在の情報・通信システムグループに、再び人事担当として戻った。実に、21年ぶりのことだ。
異動すると、さっそく次年度の新人研修計画案を手に取った髙本氏。しかし、その内容に自分の目を疑った。

「一日中、一方的な講話中心、知識付与型の研修ばかり。基本的には、20年以上前から変わってなかったんです。もっと、今の時代に合った価値のある研修をしなきゃいけない。人財育成の改革に乗り出したのは、そこからでした」

HOWよりもWHATが求められる時代

20年以上前と今とでは、若手社員の気質が異なり、求められる人財育成の手法も当然違う。しかしそれには、若者の変化以上に、社会環境の違いが大きく影響していると髙本氏は指摘する。

「日本経済が成長していた時代は、組織も仕事の内容もどんどん変化していくので、若手は仕事を通じて成長することができました。弊社が取り組んできたITの分野で言えば、鉄道の座席予約システムや銀行の第三次オンラインシステム*のように、新しいシステムが次々にできて、世の中がどんどん便利になりましたよね。だから、社員にも、自分たちの仕事が社会を変えているという実感がありました。しかし、いわゆる"失われた10年"を経た今は、たとえ仕事の規模は大きくても、イノベーションにつながる新たなシステムは生まれにくくなりました。以前と違い、仕事で得られる経験だけでは、社員の大きな成長が期待しにくくなってきていると感じています」

さらに、企業が社員に期待するスキルも、大きく変化したと言う。

「経済が大きく伸びていた時代は、企業の目的が明確でした。大切なのは、製品をいかに効率よく、安く速く大量につくることでした。でも、今は違いますよね。新しい価値を生み出すために何をすべきかが、問われています。つまり、社員に求められるものがHOWからWHATへと変わってきたわけです」

髙本氏は、2013年度の新人研修から、内容を大幅に変更。講話など座学形式のものを極力減らし、"グローバル"や"リーダーシップ"といったキーワードのもと、ワークショップや体験型の研修を導入した。

「これで新人教育は改革できたんですが、入社3年目以上の社員の研修はどうしようか、となった。それまで彼らにやっていたのは、主として技術教育ばかりでした。それよりもわたしが重要だと感じたのは、リーダーシップマインドを育てることです。彼らが、何のためにこの会社で働いているのか、自分の仕事の価値を再認識し、その結果、社会がどう変わるのかを常に考えてほしい。さらに、彼らにグローバルへの意識を植え付けたい。そんな研修メニューを求めていました」

そこで髙本氏の脳裏に浮かんだのが、かねてから親交があった、特定非営利活動法人クロスフィールズの代表理事、小沼大地氏だった。

* 1980年代の半ばに、国内の多くの金融機関で稼働が始まった勘定系システム。ATMやキャッシュカードの普及、金融機関間の処理増大やATMの営業時間延長などに対応し、現在なお多くの金融機関で使用されている。

NPOと企業のコラボレーション

二人が出会ったのは、2012年。小沼氏が、クロスフィールズの共同創業者・副代表である松島由佳氏とともに出場していた"社会イノベーター公志園"でのことだった。社会イノベーター公志園とは、いわば、起業家のための甲子園。時代が求めるリーダーの発掘や育成、支援を目的とする、一種の人財育成プログラムだ。社会課題の解決に取り組んでいる全国のNPOやNGOのリーダーたちが、経営のプロフェッショナルや企業人たちの前で自らの活動をプレゼンし、想いを語り、その内容をブラッシュアップしていく。運営しているのは、特定非営利活動法人 アイ・エス・エル(ISL)という団体だ。

「実は、2007年に、ISL主催のリーダー研修を、会社の代表として1年間受講させていただいていたんです。そのご縁もあって、2010年からスタートした社会イノベーター公志園では、一企業人の立場から出場者に寄り添う"伴走者"として、深く関わらせてもらうことになりました」

小沼氏が社会イノベーター公志園に出場したのは、前年に始めた留職プログラム第1号の派遣がようやく終了したばかりの時期だった。髙本氏は、その時の小沼氏のプレゼンをこう振り返る。

「彼の強い想いに、衝撃を受けましたね。彼と同世代の社員たちや、わたし自身が彼ぐらいの年齢だった頃を思い返して比較して、"すごいな"と感じました。ただ、留職がどんな社会イノベーションにつながるのかについては、彼自身も悩んでおり、まだ上手く表現ができていないなという印象でした。それに、いかんせん、当時はまだ実績が少なかった。だからなおさら、会場の反応も冷ややかでした。それでも、若手のリーダーシップや働く意義を呼び起こす場を提供するという留職の取り組みは、とても共感できるものでした」

プレゼンを終え、落ち込んでいた小沼氏。その肩を叩き、髙本氏はこんなメッセージを伝えたと言う。

"取り組まれていることは間違っていないので、自信を持って進まれたらよいと思いますよ。そして、ぜひ、うちとコラボさせていただきたいですね"

ほとんど実績の無いNPOのプログラムを、大手企業の社員研修に導入する――。前例のない提案に、会社内部で反対は無かったのか。

「経営会議で丁寧に説明したところ、もともと社会への関心が高い幹部は"面白いプログラムだね"と、直ぐに理解してくれました。ただ、初めての試みなので不安はありましたよ。そこで、最初は各部署から最もふさわしいと思われる参加者を推薦してもらいました」

そして、翌2013年。日立の情報・通信システムグループに所属する入社10年未満の技術者の中から、3名の留職第1期生が、ベトナム、ラオス、インドに派遣された。

若手社員の留職が、会社全体を変える

画像: 若手社員の留職が、会社全体を変える

6週間後、日立初の留職プログラムを体験した第1期生たちが帰国した。

「彼らは、すごくカルチャーショックを受けて帰ってきました。面白いことに、現地で感じたことは、それぞれ違っていたんです。リーダーシップについて考えさせられたり、価値観の違いにショックを受けたり、現地の人が喜ぶ顔を見て感動したり。そうやって、日立の中にいるだけでは決して得られない、いろいろなものの見方を、彼らは留職で身に付けることができたんでしょう。ゆくゆくは、そういった経験が新たなイノベーションに結びついていくはずです」

髙本氏は、社内で大々的に、彼らの報告会を開催。すると、多くの若手社員がその刺激的な体験談に強い興味を示し参加し、社内での留職の知名度は急上昇した。その後も、情報・通信システムグループでは留職プログラムの実施を毎年継続し、これまで20人近くの社員を派遣している。今や、参加希望者が募集定員を超えるまでの人気だ。さらに、その反響は、意外なところからも出始めている。

「課長クラスの社員からも、参加したいという声が上がってきました。若い世代だけが留職に派遣されて、自分たちができなかった経験をしているのを見て、危機感が湧いてきたんでしょうね(笑) そうなると、社内が自然に活性化してくる。実は、それもねらいの一つだったんです」

NPOとの協働で、社会課題を解決する

ISLで学び、社会イノベーター公志園にも関わる中で、もともとNPOとの協働には抵抗が無かったという髙本氏。今後、日立を含めたビジネスセクターの企業が、ソーシャルセクターにあるNPOと手を組む必然性はさらに高まると考えている。

「社員がもっと、外の世界と繋がっていくべきですね。なぜなら、社会的な課題を一企業だけで解決するのは、もはや無理だと思うからです。例えば、わたしが福岡で携わっていた介護の問題にしても、介護や医療の専門家も必要だし、行政との協力も不可欠です。その中で、NPOとは、利害関係ではなく純粋に志でつながることができます。NPOとのコラボを増やすことで、新たな社会価値をもっともっと生み出していきたいですね」

一方、NPOは、大企業と手を組むことをどうとらえているのか。クロスフィールズの小沼氏は、そのメリットをこう力説していた。

「NPOって、社会の課題を最もよく知っている存在なんです。利益優先ではないので、社会課題の現場にも受け入れられやすい。企業はNPOに人を派遣することで、現場の本当のニーズを得られるというメリットがあります。また、人財育成に関して言うと、大企業の社員の方はどうしても、自分の仕事が社会にどんな価値を与えているかが見えにくいんですね。しかし、社会との接点を持っているNPOと一緒に働くことで、それが見えてくる。そうなると、仕事への想いが一気に燃えてくるわけです。そして、社員にその熱が生まれることこそが、一番大きなメリットだと思います」

リーダーを育て、同時にフォロワーを増やしたい

画像: リーダーを育て、同時にフォロワーを増やしたい

時代の変化を冷静にとらえ、危機感を持って社員の育成に取り組む髙本氏。今、日立に求められるリーダー像とは、どんなものか。髙本氏は、ISLの研修で学んだという、ある言葉を挙げた。

「"Lead the self"。他人ではなく、まず自分自身をリードする、というマインドです。"こんな社会をつくりたい"という自分の強い想いを磨き上げ、その実現について周囲の人々に真剣に語ることができ、自ら行動できる。そんな"Lead the self"のマインドを、幹部も新人も関係なく社員全員に、当たり前のものとして身に付けてほしいですね」

そのうえで、組織には、リーダーに共感する"フォロワー"こそ不可欠だと髙本氏は続ける。

「自分の志を語れるリーダーが組織の中に現れた時、共感できるフォロワーが周りにたくさんいれば、その熱意がさらに共感の渦を呼んで、組織がどんどん活性化するんです。なぜなら、命令じゃなく、共感にもとづいて自分の意志で一人ひとりが動くからです。見落とされがちな存在ですが、このフォロワーも、実は大事なリーダー役の一人なんですね。そういったフォロワーになれるのは、普段から高い問題意識を持って、世の中の課題を"自分ごと"としてとらえ、向き合うことができる人。つまり"Lead the self"を身に付けている人そのものだと思いますよ」

近年、日本の就職事情には、少しずつ変化が見られている。社会課題への意識が高い学生は、はじめからNPOへの就職や起業といった選択を採るようになってきた。大企業が本当に欲しい人財が、企業を受けに来ないというジレンマが、徐々に生まれつつある。

「だからこそ、社外の人たちと積極的にコラボして、真剣にリーダーを育てなきゃいけないんですよ。人を育てることが、わたしは一番楽しいですね」

第4回では、実際の留職経験者の話として、2015年3月にインドに派遣されたばかりの日立製作所・増田周平氏に、現地での活動と自身の変化に迫る。

画像: プロフィール 髙本真樹(たかもとまさき) 1961年、小樽市生まれ。1986年に株式会社日立製作所に入社し、大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめとして、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。その後、都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長を歴任し、2012年4月から情報・通信システム社人事総務本部プラットフォーム部門担当本部長に就任。全国の起業家が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添いともに駆け抜ける "伴走者"を務めている。

プロフィール
髙本真樹(たかもとまさき)
1961年、小樽市生まれ。1986年に株式会社日立製作所に入社し、大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめとして、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。その後、都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長を歴任し、2012年4月から情報・通信システム社人事総務本部プラットフォーム部門担当本部長に就任。全国の起業家が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添いともに駆け抜ける "伴走者"を務めている。

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