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不登校の児童生徒数や精神疾患で休職する教員数の増加を受け、教育現場の変革が必要ではないかと山口氏は疑問を投げかける。養老氏は、社会が「子どもの時代は大人になるための準備期間だ」と見做していることに問題があると指摘し、意識を変えることの必要性を訴える。

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かつて日本は「子どもの天国」だった

山口
さきほど子どもの自死の話をしましたが、2023年度の小中学校の不登校児童生徒数が30万人を超えたことも話題になりました。また2023年度に精神疾患で休職した公立学校の教職員数も7,000人を超えて過去最多となったそうです。日本で今、最も生徒数が多い高校は通信制のN高等学校で、事実上校舎がない、情報空間だけに存在する学校です。こうしたことを考えると、リアルな学校という場がおかしくなり、子どもが悲鳴を上げているのではないでしょうか。不登校を防ぐための対処法として、子どもに配っているタブレットで心身の変調を早期に把握することなどが議論されているそうですが、そういう話ではないと私は思うんですね。「どうやって子どもを学校に来させるか」ではなく、問題なのはむしろ学校や社会の側で、そちらを変えるべきだという議論にならないのが不思議です。養老先生は「子どもは野原で遊ばせておけばいい」ということをずっとおっしゃっていますよね。

養老
学校のほうを変えるという話にならないのは、みんな、怠けているからですよ。変えることを極端に嫌がるのです。変えようと人を説得するのは面倒だし、かといって自分が先頭に立つことはできないので、誰かが決めてくれという話になる。世の中、決まっているようにやっておくのが一番楽だという人ばかりなのでしょう。ここまで社会のあり方が変わったら教育も変わらざるをえないと思うのだけれど、どうしてですかね、本当に。子どもたちはどこかに集めて朝から遊ばせておけばそれでいいんです。でも大人はどこかで子どもがハッピーに生きていたらいけないと思っていて、なんだか我慢させている。

山口
それは自分たちも抑圧されてきたことへの復讐みたいなものでしょうか。

養老
何なんでしょうね。人がニコニコしているのが気に入らない、そういう大人がいますよね。要するに、硬い顔をして目を吊り上げて頑張っていないといけないという風潮がどこかにあるんですよ。

山口
明治初期にお雇い外国人をはじめ、いろいろな欧米人が来日して日本の印象を記しているのですが、その多くが異口同音に「日本は子どもの天国だ」と言っていますね。エドワード・モースは日本滞在記に「子どもたちは朝から晩まで幸福であるらしい。」と記しています。

養老
そうですね。

山口
イギリスやヨーロッパでは子どもは厳しく躾けられますから、子どもがのびのび楽しそうにしていることが非常に印象深かったようです。そうした社会の姿が150年経って失われてしまったということなんでしょうか。

画像: かつて日本は「子どもの天国」だった

古くからの伝承に含まれる忠告

養老
僕が思うに、多くの大人は子どもの時代は別だと思っているんですよ。ほんとうは子どもの時代も人生のうちでしょう。そこがハッピーであれば、人生全体がハッピーになるはずです。しかも、子どもをハッピーにさせることは大人の力で比較的簡単にできる。ところが、わざわざ子どもが生きにくいようにしているんですね。なぜそうなのかというと、「子どもの時代は大人になるための準備期間だ」と見做しているからですよ。社会のまともな構成員は大人しかないと勝手に決めてしまっている。
子どもの天国だったのがそんなふうに変わっていったのは、僕が大学生のころ、昭和30年代ですね。当時、「子どもの遊び場がない」ということをお母さん方が問題にしていたんです、日本中でね。高度経済成長期で開発が進んでいたので仕方がない面はあったのでしょうけれど。鎌倉で言うと御成小学校ですよ。僕らが通っていた頃には御成小学校の敷地だった場所を削って何ができたと思いますか。鎌倉市役所なんです。

山口
ああ、そうだったんですか。

養老
そう。あの敷地はもともと小学校の敷地だったんです。中にあった諏訪神社も移動させて。それで、ああそうかと、「子どものものを削って大人のものをつくる時代になったんだな」とそのときに思った。今から60年ちょっと前ですね。そんなことをするぐらいですから、子どものことなんか、誰も本気で考えていなかったんでしょう。

山口
当時はまだある意味で戦争状態というか、太平洋戦争時の国家総動員法ではないですが、経済戦争に勝つためにすべてを犠牲にしてもやむを得ないというような風潮があったのでしょうね。
『遠野物語拾遺』の中に、子どもと遊ぶ神々という言い伝えが五つも収められていますが、話の骨子は共通しています。子どもが仏像をお社やお堂から持ち出して、縄をかけて引き回したりソリにして遊んだりしている。それを見とがめた大人が「神仏を粗末にするな」と叱ると、叱った大人がその晩から熱を出したりして病気になる。そして、その氏神様や仏様が夢枕に立ち、「せっかく子どもと楽しく遊んでいたのになぜ邪魔するのか」とお叱りになるので、お詫びすると許されて病気が治るというものです。
同じモチーフの話がこれだけ多くあるということは、その中にはおそらく重大な忠告が含まれているのでしょう。私なりに解釈すれば、子どもたちの世界に大人が決めたルール、規範の押しつけをすべきではないということだと思うのです。大人はよかれと思って、倫理的だと思ってそうした行動をするのでしょうけれど、神仏からしてみればそれは偽善とも言えることで、そうした押しつけが自由闊達さを奪うのではないか警告している。これは、いわば民族の知性ではないでしょうか。

養老
そのとおりですね。脳化社会は自然を排除するということで言えば、子どもは大人よりも自然に近い存在で、大人からすればよくわからないもの、コントロールできないものとして排除されていく。都市化に伴って子どもの居場所がなくなっていったのは必然なのだと思います。ただそれによって子ども、若い世代が不幸になっているのだから、やっぱり何とかしなければならないと思います。(第5回へつづく

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画像1: 「脳化社会」で排除された「自然」と「身体」を取り戻そう
情報に囲まれた現代人にこそ必要な感覚の世界
【その4】子どもが幸せな社会を取り戻せるか

養老 孟司
1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学大学院基礎医学博士課程を修了、医学博士号を取得。東京大学助手・助教授を経て、1981年解剖学第二講座教授。1995年退官。東京大学名誉教授。以後、北里大学教授、大正大学客員教授などを歴任。
1989年、『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。2003年の『バカの壁』は450万部を超えるベストセラーとなった。他の著書に『唯脳論』(青土社)、『ヒトの壁』(新潮新書)など多数。

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【その4】子どもが幸せな社会を取り戻せるか

山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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