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「第2回:Googleの大きすぎる分母」はこちら>
「第3回:メタバースの需要」はこちら>
「第4回:GAFAの分母問題」
※ 本記事は、2024年11月26日時点で書かれた内容となっています。
その2で取り上げたGoogle、その3で取り上げたMeta、共通しているのはどちらも圧倒的な収益をもたらす広告業を事業基盤にしているところです。この巨大な分母が、新しい投資分野である分子への意思決定に構造的に影響を及ぼす、これが分母問題です。
GoogleがNestを買収した例は、あれほどの収益を分母にしてしまうと、Nestの事業は小さすぎて面白くない上に大して儲からないので、やる気が出ないという分母問題でした。逆にMetaのように、巨大な分母に見合うスケールを持つ(と思われる)事業が見つかった時には、まっしぐらに突っ込んで行く。メタバースのような非連続な新技術が出てくると、その成長性を過大視して一気に大勝負に出てしまう、これもまた分母問題です。どちらもその1でお話した、攻撃的になり過ぎて変われないというビッグテックがはまりやすいトラップがあると思います。
その視点からGAFAを見ると、Meta(Facebook)はほぼ間違いなく分母問題にはまっているように見えます。もう広告一本足打法から逃れられないかもしれません。盤石の事業基盤があるので当分は大丈夫だと思いますが、最近騒がれているプライバシーの問題などは不安材料のひとつであり、広告の一本足打法だけでは限界をむかえる時が来るのかもしれない。
新しい事業に本気になれないGoogleにも、同じような危うさを感じます。ましてやここに来て、検索事業の分離という独占禁止法がらみの問題も出てきていますから、ここからは経営者の意思決定が将来を左右する重大な局面に入ってくると思います。
Appleは、これまでスマートフォンの一本足打法でしたが、サービス事業へのシフトを手堅く進めている印象です。ただ、それにしても事業基盤のスマートフォンという分母は依然として巨大ですから、経営課題としての分母問題は今後も残るはずです。
GAFAの中でAmazonは、従来からある流通・小売業という、ある意味古典的な商売を主軸にして、あまり変な夢を見ずにビジネスを展開しています。これからもEコマースを中心に周辺の収益機会をとらえながら、徐々にウイングを広げていくはずで、Amazonに関しては今のところ分母問題に陥る可能性は少ないと見ています。
では構造的に起きてしまう分母問題は、どう克服すればいいのでしょう。僕は2つの方向性があると思います。まず1つ目は、正面から分母問題に向き合ってこれを克服するという方法です。最近で言うと、Microsoftがその成功事例としてあげられます。超攻撃モードで経営していた創業者のビル・ゲイツ時代、MicrosoftはWindowsというOSとOfficeというアプリケーションの超巨大な分母を持っていました。当時はあまりに分母が大きかったために、分子に何を持ってきても本腰が入らず、新しい収入源としてモノになったのはゲームぐらいでした。
経営的に大成功した裏側では、事業構造を変えられないという分母問題が進行していて、結局ビル・ゲイツはそこにどっぷりとはまったまま経営を離れます。その後のMicrosoftは、本業に関連する新規分野への投資をじっくりと進めていき、B to Bのインフラサービスを網羅的に提供する、地味だけれども土台のしっかりした企業に進化しました。長い時間をかけたプロセスを経て、ビル・ゲイツ時代の分母問題を克服したMicrosoftに、僕は経営の地力を感じます。
2つ目は、そもそもコングロマリットをめざさないことです。企業の中に異なった事業をいろいろと抱えて、それぞれが独立した事業を展開する。そういう方向性で経営を進めていくと、必ず分子が小さく見えて本腰の入らない分母問題が出てきます。ですからコングロマリットではなく、絞り込まれた特定少数の相互に関連した事業を深掘りしていくことが重要で、そのやり方なら分母問題は起きなくなるはずです。例えばファーストリテイリングは未来永劫「洋服の会社」です。ひたすら「服で世の中を変える」ビジネスを深掘りしていく。分母問題に陥るリスクは小さいと思います。
いずれにせよ、分母問題は一度起きてしまうと克服するのは至難の技です。大きな投資で勝負に出たり、いろいろな事業に手を出すのではなく、特定の分野で腰を据えて深掘りしていく専業企業の強さに改めて注目すべきだというのが僕の見解です。
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楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
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