Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
ビッグテックには、大きな収益を上げているがゆえにハイリスクな分野に突っ込んで行く構造がある。そんな「大企業における分母問題」を楠木教授が解説。その3は、社名を変えてメタバースに舵を切ったMetaについて考える。

「第1回:『BUILD』に学ぶモノづくり」はこちら>
「第2回:Googleの大きすぎる分母」はこちら>
「第3回:メタバースの需要」

※ 本記事は、2024年11月26日時点で書かれた内容となっています。

FacebookやInstagramなどのソーシャルメディア事業から、メタバースに舵を切る――2021年にFacebookは社名をMetaに変更します。メタバースというのはインターネット上に構築された仮想空間のことで、そこでは自分の分身であるアバターを使って現実空間を超えた体験やコミュニケーションが可能になる。そのために必要なハードウェアであるヘッドセットとソフトウェアに集中投資する、という経営判断によるものでした。

Metaのヘッドセットを開発している事業部門は、すでに円換算で1兆8千億円ほどの損失を出し、赤字は年を追うごとに増加しています。Metaになって約3年が経過しましたが、世の中のメタバースに対する興奮はだいぶ冷めてきました。現在もMetaの業績は好調ですが、何で稼いでいるのかといえば相変わらずSNSの広告事業です。

メタバースの熱はなぜ冷めたのか。それはハードウェアがまだまだ十分な機能水準になっていないとか、ソフトウェア不足といった技術的なことではなく、最大の問題はメタバースを求めている人がそんなには多くないからです。メタバースがいまだに大きな商売になっていないのは、多くの人がそもそも必要としていないからだという元も子もない話です。

メタバースが画期的な新技術だとしても、需要の側が既存のサービスで十分に事足りていれば、それ以上の新しいサービスを積極的に使う必然性はありません。例えば電子メールや検索などのマスト・ハブ(ないと困るもの)なツールやサービスと、ナイス・トゥ・ハブ(あるといい)なものでは、需要の質が全く異なります。

Webの世界では、画期的な新サービスというものが次から次に出てきます。一方で、マスト・ハブな需要をとらえるものはごくわずかです。なぜなら、そのサービスが解決しようとする問題は、ほかの手段によってすでに解決されているからです。多くのサービスが、問題のないところに解決を売り込む押し売りになってしまっている。対価を払おうという人がほとんどいないのは当然です。僕から見たメタバースはこの罠に陥っています。

FacebookはSNSという世界で大成功しました。しかし、SNSが稼いでいるわけではありません。ビジネスの実質は広告業です。Facebookという新しいメディアでより絞り込んだターゲットにリーチできる仕組みを作り、多くのユーザーを獲得した。アテンションもかかる。つまり広告という伝統的なビジネスにおいて、従来の方法では解けなかった問題を解決した。しかしそれは、広告を出す企業にとっての価値です。Facebookの実態はB to Bの広告ビジネスです。

メタバースでは、一体どういうビジネスが展開されるのか。例えばメタバースの提供する仮想空間で、アバターを使ってビデオ会議をするという用途はあり得ます。しかしこれは「メタバース事業」ではありません。メタバースという技術を使ったただの通信サービス事業です。通信サービス事業というのはこれまでもずっと存在しているビジネスで、今でもZoomのようなさまざまな通信サービスが利用されています。そうした中で、仮想空間ならではのビデオ会議の価値を提供しなければ、メタバースが需要をとらえることはできません。ゲームとかショッピングといった用途としては今後有望かもしれませんが、業務用の通信サービスとなると僕は難しいと思います。

これを仕掛けているのがMetaではなく、スタートアップであれば話はわかります。新しい技術にチャンスを見いだそうとして、リスクを取って挑戦する。多くは失敗に終わるとしても、ベンチャーとはそういうものであり、その挑戦からイノベーションが生まれるのです。

僕の関心は、なぜMetaのような大企業がメタバース事業なるものを構想し、そこにバラ色の未来を描いて、とてつもない額の投資をしてしまうのかということです。メタバースに限らず、巨大企業が新しい技術を過剰に楽観視して、スタートアップの買収といった過剰な投資をする事例は珍しいことではありません。この背景にどういうメカニズムがあるのかを考えてみると、それはやはり、巨大な分母に見合うスケールを持つ(と思われる)事業が見つかった時には、まっしぐらに突っ込んで行くという「大企業における分母問題」になる、というのが僕の仮説です。(第4回へつづく

「第4回:GAFAの分母問題」はこちら>

画像: 大企業における分母問題―その3
メタバースの需要

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.