※ 本記事は、2024年10月15日時点で書かれた内容となっています。
PROSPERとは?
楠木
まずは今回対談をお願いした僕の方から、立花陽三さんを紹介させていただきます。立花さんはソロモン・ブラザーズ証券、ゴールドマン・サックス証券、メリルリンチ日本証券と外資系証券会社でキャリアを積まれた後、野球の東北楽天ゴールデンイーグルス(以下、楽天野球団)の球団社長に就任します。その後『廻鮮寿司塩釜港』の社長となり、現在はPROSPERの代表取締役として地方創生に取り組まれている、そういう方です。今日はよろしくお願いいたします。
立花
こちらこそ、よろしくお願いします。
楠木
立花さんの経歴はまた後ほどお聞きするとして、現在代表取締役であるPROSPERは何を行っている企業なのか、そこから教えてください。
立花
PROSPERは、端的に言いますとプライベート・エクイティ・ファンド(※)です。現在176億円の資金をお預かりしていますが、これを地方創生、特に旅館やホテルのようなお客さまと接点を持つB to Cのビジネスに投資をしていくために、2022年に設立しました。準備には1年ほどかかり、2023年5月にファンドを立ち上げ、2024年1月に第1号投資案件を実行しまして、現在5件の投資案件に取り組んでいるところです。(2024年11月時点)
※ プライベート・エクイティ・ファンド:投資家から集めた資金を、未公開(非上場)企業の株式に投資する、もしくは上場企業を非公開化する投資を行い、投資先企業が企業価値向上を果たした後に売却(エグジット)し、売却益(キャピタルゲイン)を得ることを目的とする。
楠木
なぜ、地方創生のためのファンドを始めたのですか。
立花
私は2012年に楽天野球団の社長に就任し、約10年間仙台に住んで東北各地を回り、ファンや地元の方々と交流させていただきました。その間に、東京にいた時には気づくことのなかった地方のさまざまな課題が見えてきました。例えば継承する人がいないために事業をやめざるを得ない状況や、地域全体が衰退していく様子、そんな現実を目の当たりにしてきたのです。
その一方で、地元の人が気づかない地方のポテンシャルも見えるようになってきました。私から見れば宝物のような田んぼの風景も、地元の人には当たり前の景色に過ぎません。10年間お世話になった恩返しとして、東北の良さを生かすことで何かお役に立つことができないか。そんな思いが湧いてきました。
その思いを、地方の特性を生かしたホテルやバンケットで数々の実績を持つPlan・Do・See(株式会社プラン・ドゥー・シー)の野田豊加さんに話しました。そしてPlan・Do・Seeのおもてなしのノウハウと、私の証券会社や楽天野球団での経験を掛け合わせることで、日本を元気にする地方創生に取り組むという考えに至り、野田さんと共にPROSPERという会社を設立してファンドをスタートすることにしました。
楠木
Plan・Do・Seeは、赤坂プリンス旧館の建物をそのまま生かし、レストランとウエディングの融合施設にした『赤坂プリンスクラシックハウス』など、歴史ある数々の建物を再生させてきた企業で、このEFOビジネスレビューでも取り上げたことがあります。その土地や建物、歴史の価値を見極めた上で、個性的な施設として生まれ変わらせる真似のできないノウハウは、日本を元気にしたいという立花さんには強い味方ですね。
地方行政の課題
楠木
僕は、民間で投資していくことに大きな意義を感じます。というのも地方創生というのは、これまでも政治という文脈の中では予算を毎年計上して行ってきたはずなのに、大きな成果を生むことなく現在に至っているからです。立花さんは、そんな地方行政をどう思われますか。
立花
地方を回って私が感じるのは、首長によって地方行政に優劣が出てしまっているということです。ビジョンをしっかりと持って、反対意見がある中でもひとつの施策をやり通す意思を持った首長がいる地方と、従来通りで何も変える気のない首長の地方では行政にはっきりと差が出ます。東京にいると感じないのですが、地方では首長の本気度がとても重要だと思います。
楠木
僕は企業の成長は経営者次第だと考えていますが、地方自治体では首長がどういう人かによって、成長するかどうかが決まってくるということですね。
立花
はい。例えばある地方にかつては賑わいを見せていた温泉街が点在していて、その温泉街のひとつを魅力的な場所に再生したいと思っても、そこに行くための動線がなければ人はやってきません。その時に、バスを走らせる動線を作れるようなコンテンツを地域が一体となって考える必要があるわけですが、首長がビジョンを持って行政を動かせなければそれは実現できません。
楠木
おっしゃる通りです。
PROSPERの投資先
楠木
PROSPERが投資する対象は、地方におけるB to Cの事業に限定しているということですか。
立花
はい。基本的にはITや製造業などBtoBへの投資は行っていません。私たちの投資先は、地方や地域を元気にするインパクトがあると判断した事業になります。
楠木
現在の投資先は、どういった分野になりますか。
立花
旅館やホテルへの投資がメインになります。例えば100年以上続いてきた旅館の事業を私たちが継承する場合、まずその旅館の本当の価値を見極め、それを最大化するサービスを加えることで地域を活性化し、雇用を作り出し、地方へのインパクトを生み出す。その時に、Plan・Do・Seeがこれまで全国で培ってきた投資への価値判断や、マニュアルでは作れないおもてなしのノウハウが生かされます。
楠木
すでに投資をしている、あるいは投資が決まっている例で、具体的にお話しいただけますか。
立花
投資を決めて、今まさにプランを考えているのが茨城県の大洗にある老舗ホテルです。ビーチが目の前で水族館があり、隣が有名な名門ゴルフ場で、橋を渡れば那珂湊おさかな市場がある。そんな最高のロケーションのホテルを、どうやってもっと素敵な場所にしていくか。古くて使えない建物もあったりしますので、何を生かして何を作るのか。どんな施設なら、大洗という地域にインパクトを出せるか、プランを練っているところです。
楠木
その大洗のホテルでは、一体何が問題だったのですか。そのポテンシャルに気づく人がいなかった?あるいは投資する人がいなかった?
立花
大洗に関して言うと、私たちが投資して事業を継承する以前から、稼働率が95%くらいあります。
楠木
95%?ということは、お客さまが来なくなって困っているわけではない?
立花
はい、困っていません。ただ、私たちはもっと高い価値があると思っていて、客単価を上げるだけではなく、大洗という街自体が注目されるような施設を作ることができる。そういう判断のもとで、投資を決めました。
楠木
もうこのままでは駄目になってしまいそうなホテルや旅館を再生する、そんなイメージでしたが、必ずしもそうではないのですね。
立花
もちろん、そういう案件もあります。そこはケース・バイ・ケースです。
楠木
なるほど、PROSPERは地方創生という社会的な課題解決のために、地方に眠っている価値を見つけ出して高めていくファンドであること、よくわかりました。
立花陽三(たちばなようぞう)
ソロモン・ブラザーズ証券にてキャリアをスタート。ゴールドマン・サックス証券 債券営業部および戦略投資部 マネージングディレクター、メリルリンチ日本証券 常務執行役員を歴任。その後、楽天野球団 代表取締役社長に就任。楽天ヴィッセル神戸 代表取締役社長も兼任。お客さまの声を第一にした経営スタイルで、スポーツビジネスの価値向上と収益力アップを手掛ける。2021年末に各職退任し、2022年4月 PROSPER を設立、代表取締役に就任。2022年には、事業承継として相談がきた廻鮮寿司 塩釜港(宮城県塩竈市)の会社社長に就任するなど、公私共に地域を盛り上げる取り組みを行っている。
著書に『リーダーは偉くない。』(2024年,ダイヤモンド社)
楠木 建 (くすのきけん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。