Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏/株式会社PROSPER代表取締役社長 立花陽三氏
地方を元気にするファンドPROSPER(プロスパー)の代表取締役立花陽三氏を迎えて行われた新春対談。その3では、楽天野球団社長から塩釜の回転寿司の社長になった経緯、そして地方創生へとつながる立花氏の変化について、楠木教授が掘り下げる。

「第1回:日本を元気にするファンド『PROSPER』」はこちら>
「第2回:外資系証券マンから楽天野球団社長へ」はこちら>
「第3回:塩釜のマグロを世界へ」
「第4回:スポーツ×地方創生」はこちら>

※ 本記事は、2024年10月15日時点で書かれた内容となっています。

『廻鮮寿司塩釜港』からのオファー

楠木
楽天野球団の社長を10年務めて、その後はどうされたのですか。

立花
後進に道を譲るために楽天を退職した直後に、1本の電話が私に直接かかってきました。相手は、宮城県塩釜市にある『廻鮮寿司塩釜港』という回転寿司店の鎌田秀也社長でした。その電話で唐突に「うちの社長になって会社を継いで欲しい」と言われたのです。

楠木
立花さんは、その社長さんとはどういうご関係だったのですか。

立花
とにかくマグロがおいしいので、いろいろな人を連れて食べに行っていました。楽天の三木谷さんもお連れしたことがあります。

楠木
ということは、宮城県ではすでに有名な回転寿司だったわけですね。

立花
回転寿司の人気ランキングで1位になる人気店でした。

楠木
すでに繁盛している回転寿司の社長は、なぜ立花さんに後を継いで欲しいと言ってきたのですか?

立花
社長は、60歳になられてもう自分ではこれ以上お店を大きくできないし、この先何があるか分からないということで次を任せられる人間を探していました。できれば信頼できる人間に社長を継いでもらって、お店も大きくして欲しいということでした。

画像1: 『廻鮮寿司塩釜港』からのオファー

楠木
楽天野球団を辞めた立花さんにいきなり電話でオファーするというのは、その社長もスカッとしていますね。

立花
私も楽天を辞めてからいただいた最初のオファーだったので、社長に詳しく話を聞きました。社長は、元々は市場で競りにかけるマグロの等級を分ける人だったそうです。つまりマグロの目利き中の目利きで、しかも腕を磨いた塩釜港は生鮮クロマグロの水揚げ量が日本一の港なんです。

楠木
僕たちは、マグロだったら青森の大間が日本一だと勝手に思っていますが、そうではないのですね。

立花
私もそう思っていましたが、生鮮のクロマグロの漁獲高ナンバー1(※)は塩釜港なんです。年間約1,400トンも水揚げされる港から、マグロの目利きが自分の目で見て選んだものをすぐ近くのお店に運び、さばいて握ってお客さまに提供する。『廻鮮寿司塩釜港』には、新鮮で品質のいいマグロを低価格で食べていただく条件がすべて揃っているということを、私は社長と話してはじめて知りました。その時、私の中で「この寿司ならいけるかもしれない」という直感がありまして、社長を継ぐことを決めました。
※ 2022年度の生鮮クロマグロの水揚げ量が1,491トンで6年連続日本一。

画像2: 『廻鮮寿司塩釜港』からのオファー

楠木
『廻鮮寿司塩釜港』は、ご自身で資本も入れているのですか。

立花
はい、全部を私が買いました。

楠木
ということは、地方創生のファンドを始める前に、自分のお金でプチPROSPERをやっていたということですか。

立花
おしゃる通りです。

楠木
外資系証券から楽天野球団社長になり、今度はお寿司屋さんをやることになる。

立花
はい。そして実際に『廻鮮寿司塩釜港』社長になって、見えてきたことがたくさんありました。塩釜の社員は地元の人たちなので、彼らを通して地方の課題というものが見えますし、塩釜港の持つポテンシャルも見えてきた。『廻鮮寿司塩釜港』を通して東北に恩返しをする、つまりビジネスとして地方を元気にする道筋が見えてきたのです。

マグロによる地方創生

楠木
『廻鮮寿司塩釜港』というのは僕らのイメージする回転寿司ですか?

立花
そうです。

楠木
席数はどれくらいですか?

立花
約40席です。

楠木
一日の来店客数は?

立花
300~400人です。

楠木
ということは、1日10回転しているわけですか。すごい繁盛店ですね。

立花
おかげさまで、休日は数時間待ちになってしまうこともあります。

楠木
しかしいくら繁盛店でも、『廻鮮寿司塩釜港』だけではビジネスとして限界が見えますね。

立花
はい。そこで塩釜にもう1店舗、仙台に1店舗、お店を増やしました。さらに東京では回転寿司とは異なるタイプのお店として、『鮨 塩釜港 銀座 極』と『鮨 塩釜港 国会議事堂店』を作りまして、現在は5店舗になりました。

楠木
国会議事堂店というのは、国会議員の人たちに向けたお店ですか。

立花
そうです。ここは議員さんと行かないと食べられませんし、閉会中お客さまは来られませんから、ビジネスとしては成り立ちません。しかし塩釜の広告宣伝には効果的だと考えて、出店を決めました。

楠木
東京のお店は、回転寿司ではないのですね。

立花
はい。銀座では1万5,000円、2万5,000円、3万5,000円のコースで提供しています。

楠木
なぜ、銀座にお店を出されたのですか。

立花
銀座5丁目に出店したのは、塩釜のマグロを銀座のど真ん中で勝負させたかったからです。ここで評価され、塩釜のマグロは日本一なんだとわかっていただければ、お寿司を目的に東京だけでなく世界中から塩釜に人が訪れるようになるでしょう。そしてうちの店だけでなく、塩釜のすべてのお寿司屋さんが元気になり、塩釜が活性化する。そんなストーリーを描いて銀座への出店を決めました。

塩釜港のマグロはずっと一番なのにいまだに大間だと思われているのは、やはり地元の人たちが、自分たちの本当の価値に気づいていなかったからです。塩釜に海外からの観光客が来るようになれば、塩釜の皆さんもそれが自分たちの宝物だと気づくはずです。そのために、私は『廻鮮寿司塩釜港』をビジネスとして成長させていきたいと思っています。

楠木
10年間仙台で仕事をされた立花さんが、たまたま塩釜港のお寿司屋さんと出合って、それを地方創生のビジネスチャンスにして成功している。われわれが知らないだけで、日本全国にそういうチャンスが埋もれていると考えるのは、ごく自然な推論です。

立花
『廻鮮寿司塩釜港』があの鮮度と価格で寿司を出せるのは、お店のすぐ近くに生のマグロが毎日続々と水揚げされる港があるからです。陸路で遠くまで運んだり、いくつもの仲買人が入ったりという必要がないから、最高の鮮度のマグロが安く提供できる。こういう地方にしかない宝物を見つけ出してビジネスにする勝ち筋は、まだたくさんあるはずです。(第4回へつづく

「第4回:スポーツ×地方創生」はこちら>

画像1: 2025年新春対談 立花陽三氏と考える地方創生―その3
塩釜のマグロを世界へ

立花陽三(たちばなようぞう)
ソロモン・ブラザーズ証券にてキャリアをスタート。ゴールドマン・サックス証券 債券営業部および戦略投資部 マネージングディレクター、メリルリンチ日本証券 常務執行役員を歴任。その後、楽天野球団 代表取締役社長に就任。楽天ヴィッセル神戸 代表取締役社長も兼任。お客さまの声を第一にした経営スタイルで、スポーツビジネスの価値向上と収益力アップを手掛ける。2021年末に各職退任し、2022年4月 PROSPER を設立、代表取締役に就任。2022年には、事業承継として相談がきた廻鮮寿司 塩釜港(宮城県塩竈市)の会社社長に就任するなど、公私共に地域を盛り上げる取り組みを行っている。
著書に『リーダーは偉くない。』(2024年,ダイヤモンド社)

画像2: 2025年新春対談 立花陽三氏と考える地方創生―その3
塩釜のマグロを世界へ

楠木 建 (くすのきけん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.