Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
今回は競争戦略の観点から、かつて騎馬民族の国家だったモンゴルの特色を掘り下げる。さらに、楠木建特任教授がモンゴルの巨大企業グループの経営者に見た、変わらない遊牧民族の気質とは。

「第1回:モンゴルの渋沢栄一。~リアル『逆・タイムマシン経営論』~」はこちら>
「第2回:初めての競争戦略。」はこちら>
「第3回:遊牧民族と旧ソ連。」はこちら>
「第4回:騎馬民族の競争戦略。」

※ 本記事は、2024年2月9日時点で書かれた内容となっています。

遊牧民族であり騎馬民族でもあるモンゴルの歴史は、僕の専門である競争戦略の観点からも興味深いものです。1100年代まで小国だったモンゴルですが、チンギス・ハンという王様が登場し、一時は世界征服目前まで行きます。チンギス・ハンは非常に残虐で、征服の過程で都市国家を丸ごと消滅させてしまう――そんなぼんやりとしたイメージを僕は持っていたのですが、現代を生きる実際のモンゴルの人たちは非常におおらかで穏やかで、自然と一体になって暮らしている。チンギス・ハンのイメージとは合いません。

こんなにのんびりした民族が、なぜ世界征服目前まで行くことができたのか――実はこれも、モンゴルが徹底した遊牧国家であり、騎馬民族だったという史実とつながっています。

騎馬民族の軍事力と聞いて僕が想像するものは、馬に乗りながら弓をばんばん引く姿とか、個々の兵士の戦闘能力がお相撲さん並みに高いというイメージです。いろいろと調べてみると、モンゴルが軍事力において優れている点はあくまでも機動力であり、一人ひとりの兵士の戦闘能力は他の国とそんなに変わらない。じゃあ、何が違うのか。それは、1騎当たりの乗り換え馬の数なんです。

騎馬戦では馬が疲労する。で、モンゴルの兵隊は馬をどんどん乗り換えていくわけです。乗り換え馬を持っていないと、騎馬戦では話にならない。日本でも、平安末期の東国の源氏にとっては関東一円が牧場みたいなものだったので、乗り換え馬が豊富でした。ところが西国の平家には乗り換え馬が少なかった。だから源氏が優位になったわけです。

元帝国の兵力は20万騎程度で、1騎当たり20頭の乗り換え馬を持って移動していたそうです。遊牧民族なので普段動物と一緒に暮らしているから、動物の扱いが上手い。だから、機動力が半端じゃない。ヨーロッパの人たちとは、もはや勝負にならない。だからこそモンゴル軍は次々に敵国を撃破し、ついにはウィーン近郊まで侵攻します。このときのヨーロッパの恐慌ぶりは凄まじかったはずです。まったく文化が異なる連中が、騎馬に乗って疾風怒濤の勢いで攻め込んでくる。結局、国内事情でモンゴル軍は引き返し、そのおかげでヨーロッパは助かります。

競争優位の源泉とは「違い」である――これが、競争戦略の根本にあるロジックです。違いが根源的なものであるほど、競争優位もまた大きくなる。圧倒的な競争力を持つ。騎馬民族にも同じことが言えます。

元帝国の時代は世界中が今よりもはるかに物騒な社会でした。征服者が、のちのちの復讐を恐れて敵方の男性を皆殺しにするということがいろいろな国でありました。中でもモンゴル軍は、それを徹底していたそうです。なぜなら、土地を持たない遊牧民族は、非支配者たちを農奴として使うことができない。捕虜を連れたまま砂漠を移動するなんて、とんでもなくコストがかかる。モンゴルには農耕がないので人は要らない。だから今でも人口が少ない。――納得のいく論理です。

僕が今回経営のお手伝いをしたタバン・ボグド・グループはリゾート施設を持っています。ウランバートルから1時間ぐらい車に乗って行ったところに大草原が広がっていて、そこにたくさんのゲルが並んでいる。タバン・ボグド・グループでの仕事を終えた僕は、生まれて初めてゲルに泊めてもらいました。

ゲルと言ってもリゾートホテルなので、ベッドも暖房もシャワーもあって快適。そういう現代バージョンのゲルであっても、大自然の中で生きるってこんな感じかな……と思える体験ができました。大草原なので、とにかく何もない。で、夜は星がすごい。ザ・自然。

元を築いたチンギス・ハンの第3子、オゴタイ・ハンは43歳で第2代皇帝になります。海のように大きく、山のように聡明な人だったオゴタイは、モンゴルの草原にカラコルムという帝都を造ります。そこから世界に向けて公道がばーっと延びている、立派な都市でした。

ですが、城壁で囲まれた都市は遊牧民族に全然フィットしません。世界帝国になったので一応は首都を定めたものの、皇帝のオゴタイはほとんど草原のゲルで暮らしていたそうです。自然と一体になっていることこそ大切、人工のものは嫌い――モンゴル人の変わらぬ気質です。

今でもモンゴル人は心から草原が好きな民族です。モンゴルで暮らしている学者や行政官、ビジネスの人々も、夏になると草原のゲルで過ごす時間を持つ。日本人が温泉に入りたがる習性と同じようなものだと思います。

バータルサイハンさんはこうおっしゃっていました。「年を取って仕事が暇になったら、大半の時間はここで過ごしたい。それも考えて、リゾートゲルの事業を始めたんです」。長い歴史の中で続いている民族の気質は、変わりません。

「第1回:モンゴルの渋沢栄一。~リアル『逆・タイムマシン経営論』~」はこちら>
「第2回:初めての競争戦略。」はこちら>
「第3回:遊牧民族と旧ソ連。」はこちら>
「第4回:騎馬民族の競争戦略。」

画像: モンゴルの大経営者、バータルサイハンさんを知る―その4
騎馬民族の競争戦略。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.