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音楽の楽しみ方、最終回では昭和歌謡から、歌手・奥村チヨを取り上げる。楠木建特任教授が語る彼女の歌唱のすごさ、そして昭和歌謡のぜいたくさとは。

※ 本記事は、2023年11月27日時点で書かれた内容となっています。

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「第4回:奥村チヨーー「あざとさ」のプロフェッショナリズム。」

世の中には「ライブの名盤」と呼ばれるアルバムがあります。軽音楽ならオールマン・ブラザーズ・バンドの『At Fillmore East』(1971年)、ダニー・ハサウェイの『Live』(1972年)、キッスの『ALIVE!』(1975年)。どれも、ライブじゃないと出せないイイ感じが出ている。

昭和歌謡のライブアルバム『ナイトクラブの奥村チヨ』(1970年)は、それに勝るとも劣らぬ超絶名盤です。

このアルバムの収録当時、奥村チヨは絶頂期にありました。『恋の奴隷』(1969年)、『恋泥棒』『恋狂い』(ともに1970年)という「恋3部作」が大ヒットした直後のステージ。『ナイトクラブの奥村チヨ』の英語タイトルは『Chiyo In Belami』。京都にあった名門ナイトクラブ「ベラミ」で行われたステージの録音です。

ナイトクラブなので、オーディエンスは客席の酔客です。途中で酔っぱらったおじさんが一緒になって歌っているシーンも収録されています。その客あしらいも、プロならではの秀逸なものです。

奥村チヨはヒット曲が多い人です。デビューは1965年。同じ年に出た『ごめんネ…ジロー』が大ヒット。当時は少女歌手路線の曲調でした。その後、1967年に出した歌謡曲『北国の青い空』も大ヒットします。

このあと、奥村チヨ人気は一旦失速します。『北国の青い空』から約2年後、少女歌手から大人のお色気系女性歌手に路線を変更して出した曲が、大ヒットした『恋の奴隷』です。僕が思うに、それまでの雌伏の2年間、この人はクラブでの実演で鍛えられたんじゃないか。『恋の奴隷』でスターになったとき奥村チヨは23歳でしたが、すでに大御所クラブ歌手の風格をまとっていました。

『恋の奴隷』には、女の人の側から「あなた好みの女になりたい」と言うフレーズがあります。ジェンダーに問題意識を持つ人が聴いたら気絶するような内容の詞を、ものすごくあざとく歌うんです。

『ナイトクラブの奥村チヨ』に収録された『恋の奴隷』も、驚くほどスタジオ盤に忠実に歌唱している。情感豊かな歌い回しも、完全に大人の女性歌手のそれです。

昭和歌謡の美点の1つは、イントロがぜいたくなことです。例えば、筒美京平作曲『また逢う日まで』(尾崎紀世彦/1971年)の出だしのトランペットとドラム――タッタンタタータタ、ドン、タッタンタタータタ、ドン、タターターターターター……めちゃめちゃいいイントロです。

ポイントは、これが曲本編の一部の流用じゃないという点です。今の流行歌の多くは、コード進行にしてもメロディにしても本編のサビのフレーズを流用して、イントロにしています。ですが、1970年代の昭和歌謡はイントロが独立の作品としてわざわざ作られていました。ぜいたくな話です。考えてみれば、流行歌なので出だしで大衆の心をグッとつかむ必要がある。今だと曲を細切れで聴く人が多いので、極端な話、サビだけよければいい。まだCDもなかった1970年代は、レコードで時間軸に沿って聴いていました。だから、出だしのイントロ勝負という戦略が必要かつ合理的だったのだと思います。

そのほかにもイントロの素晴らしい歌謡曲はたくさんあります。歌謡コーラスグループ、殿さまキングスの『なみだの操』(1973年)。非常に派手でキャッチ―なイントロで、しかも本編とは何の関係もない。辺見マリの『経験』(1970年)。奥村チヨと同時期に活躍した人です。このイントロも素敵です。

で、奥村チヨの『恋の奴隷』もイントロがいい。それ以上に独立イントロとして完成度が高い曲が『恋狂い』です。そうした昭和歌謡の醍醐味を味わえるという点でも奥村チヨは素晴らしいのですが、この人の本領は高精度にコントロールされた歌唱にあります。

歌詞から歌い方まで、とにかくあざとい。詞の世界で描かれた女性像にきっちりと合わせていくあざとさが、過剰だけれどもぴっちりコントロールされている。ここに、奥村チヨという歌手のプロフェッショナリズムを見ます。

曲のここ一番というところで、多くの歌手は単純にボリュームを上げます。つまり、声を張る。奥村チヨが優れている点は、トーンのコントロールにあります。オーディオ機器に付いているトーンコントロールをイメージするとわかりやすいと思います。つまみを右に振ると明るい音に、左に振るとこもった音になるという機能です。

奥村チヨも、ここ一番では当然、ボリュームのつまみも多少上げるのですが、それはあくまでも控えめ。ボリュームではなくトーンのつまみを思い切りブライトの方向に振って、きらきらした声を出すんです。声量ではなくトーンで曲を盛り上げることができる。ダイアナ・ロスに近い。素晴らしいコントロールです。

僕が一番好きな奥村チヨの曲は、筒美京平作曲『嘘でもいいから』(1970年)。サビで思い切りトーンを明るく持っていくところにしびれます。当時23歳でこんな歌い方ができる。とんでもない才能です。ただ、歌詞を含めた世界観を考えると、ジェンダーの問題に関心の高い女性は絶対にYouTubeとかで検索しないほうがいいでしょう。あくまでも時代の産物です。

以上、音楽について語りました。あと3カ月は同じテーマでお話しできるのですが、この辺で勘弁しておきます。

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画像: 楠木建、音楽を語る。―その4
奥村チヨ――「あざとさ」のプロフェッショナリズム。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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