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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
かつて存在したラジオ番組のワンコーナー「楠木建の瞬間音楽」をご存じだろうか。今回は楠木建特任教授独自の音楽の楽しみ方「瞬間音楽」について、その一端を紹介する。

※ 本記事は、2023年11月27日時点で書かれた内容となっています。

「第1回:『エルヴィス・オン・ステージ』。」はこちら>
「第2回:瞬間音楽。」
「第3回:モータウンの組織能力。」はこちら>
「第4回:奥村チヨーー「あざとさ」のプロフェッショナリズム。」はこちら>

僕は、ある曲の特定の一瞬を楽しむために音楽を聴くことが好きです。この行為を「瞬間音楽」と呼んでいます。

矢沢永吉さんの『真赤なフィアット』(1976年)という曲があります。その中で永ちゃんが、彼独自の言語(何を言っているのかよくわからないがおそらく英語)を挟み込むんです。その瞬間が好きで、レコードの針を何回も戻してそこだけを繰り返し聴く――。この経験から「瞬間音楽」の概念が生まれました。

僕は2017年から2年間ほど、文化放送の朝の経済ニュース番組『The News Masters TOKYO』で週1回レギュラー解説をしていました。僕の出番は1時間。その中で「楠木建の瞬間音楽」というコーナーを設けてもらいました。僕が選んだ曲をかける。グッと来る瞬間に差し掛かるところで「ここですよ」と一旦ポーズする。巻き戻して「もう一度聴いてみましょう」。なぜそこにグッと来るのかを言語的に解説する。で、「もう一度聴いてみましょう」――その瞬間だけを何回も繰り返しオンエアする。そういうコーナーでした。

以下、僕のお薦めの瞬間音楽を紹介します。

ヘヴィメタルバンド、ジューダス・プリーストの『You've Got Another Thing Comin'』(1982年)。終盤の間奏が終わったところで、ボーカルのロブ・ハルフォードが「Coming for you!」ってシャウトする。この瞬間がたまらない。あまりに繰り返し聴いたのでカセットテープが擦り切れたくらいです。

R&Bの名盤中の名盤、ダニー・ハサウェイのライブアルバム『Live』(1972年)。ラストの曲『Voices Inside(Everything Is Everything)』の中に、ジャズのようなソロ回しがあります。ハサウェイのキーボードから始まり、第1ギター、第2ギターと続く。最後は、当時を代表するベーシスト、ウィリー・ウィークス。

ソロ回しが終わるとメインテーマに戻ります。その途端、ソロで超絶テクニカルなプレイをしていたウィークスがなんでもないルート弾きにチェンジする。それまでのソロがすごかっただけに、しびれる瞬間です。

ウィークスは僕が大好きなベーシストです。彼がフェンダーのプレシジョンというベースを使っていることに影響されて、僕も同じベースを使っています。しかもこの人、実は今軽井沢にお住まいなんです。

軽井沢と言えば、サディスティック・ミカ・バンドなどで活躍したギタリストの高中正義さんもお住まいです。僕が軽井沢でよく行く喫茶店で、しょっちゅう高中さんをお見かけします。YouTubeで見ることができますが、近年の高中さんのライブにウィリー・ウィークスがいきなり登場して『Voices Inside(Everything Is Everything)』を弾いています。

高中さんの名曲『BLUE LAGOON』(1979年)は、僕の世代の多くが知っているインストゥルメンタルです。この曲のギターソロの、チョーキングを絡めた下降フレーズがイカしています。サーフィンで言うチューブ(波が巻いている状態)ってきっとこんな感じなんだろうな、と。言わば、エレキギターのいいところが全部詰まった幕の内弁当。軽井沢で高中さんを見かけるたび、その瞬間音楽が僕の頭の中でパーっと鳴り出します。

ヘヴィメタルバンド、アイアン・メイデンの『2 Minutes to Midnight』(1984年)。タイトルからしてかっこいい曲です。その終盤、5分40秒辺りが僕にとっての瞬間音楽です。チャイナクラッシュという一番破裂的な音のシンバルが、ババン、ババン、バンと鳴る。聴いていると鳥肌が立ちます。僕が趣味でやっているバンド、Bluedogsのライブでは、あまりに気持ちよくて同じステージでこの部分だけを繰り返して演奏したことがあります。「実演版瞬間音楽」をやるくらい好きな曲です。

ジャズピアニストのハービー・ハンコック。この人がフュージョンに傾倒していた頃のアルバム『Feets Don't Fail Me Now』(1979年)の1曲目、『You Bet Your Love』のピアノソロに入る瞬間が、僕がジャズグルーヴに目覚めたきっかけです。あまりにかっこいいので当時、ラジカセに外付けのタイマーを噛まして、ピアノソロに入る部分を目覚ましにして毎朝起きていました。

R&Bシンガー、チャカ・カーンの『I Know You, I Live You』(1981年)。この人は、いったいどこまで声が出るんだろうと思うくらい、歌い上げるタイプです。で、結構暴力的なボーカルスタイル。間奏に入る前にバックバンドがバンバン盛り上げて、盛り上げて、盛り上げる。その演奏にかぶせるように、チャカ・カーンがシャウトする。聴いていると興奮して過呼吸になります。

僕の青春時代、シックというダンスミュージックのバンドがいました。有名な曲が『Le Freak』(1978年)。曲の最初からずっと続いていた、わりと動くベースのリフが途中で途絶えて、シンプルな単音のリフに変わるところがあります。ベースのリフが、動から静に切り替わる瞬間。踊っていて、これほど幸せな瞬間はありません。

邦楽では、東京事変の『空が鳴っている』(2011年)。第2コーラスのサビの手前でブレイクが入り、ドラムだけのリフになるところがあります。最高にかっこいいドラムの最後の音に、ボーカルの椎名林檎さんのため息がかぶる。この瞬間、最高です。曲はそうでもないし、椎名林檎はとくに好きでもないのですが、ここだけは繰り返し聴きます。僕にとっては、瞬間音楽のため(だけ)にあるような名曲です。

最後に、瞬間音楽の王様を紹介します。ジェームス・ブラウンの『セックス・マシーン』(原題:Get Up (I Feel Like Being a) Sex Machine/1970年)。ファンクの王道です。ずっとEのコード一発で進行していくのですが、1回だけ、5度キーが上がってAに移る瞬間があります。その1.5秒がすごい。当然踊りながら聴くのですが、あまりの気持ちよさに死にそうになります。人間、本当に音楽が気持ちいいと、顔をしかめる。僕はこの瞬間、ものすごく顔をしかめざるを得ません。

瞬間音楽のリストはまだまだ続くのですが、キリがないのでこの辺にしておきます。(第3回へつづく

「第3回:モータウンの組織能力。」はこちら>

画像: 楠木建、音楽を語る。―その2
瞬間音楽。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

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