Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
今回取り上げる音楽は、アメリカのモータウン。楠木建特任教授とモータウンとの出会いは、少年期を過ごした南アフリカ共和国での生活にさかのぼる。

※ 本記事は、2023年11月27日時点で書かれた内容となっています。

「第1回:『エルヴィス・オン・ステージ』。」はこちら>
「第2回:瞬間音楽。」はこちら>
「第3回:モータウンの組織能力。」
「第4回:奥村チヨーー「あざとさ」のプロフェッショナリズム。」はこちら>

今日はソウルミュージックやR&Bを中心にしたデトロイト発の音楽レーベル、モータウンについてお話しします。僕が小学生時代を南アフリカ共和国で過ごした1960年代後半~1970年代前半は、モータウンの黄金期とほぼ重なっています。

南アフリカの家では住み込みのメイドさんが働いていました。中でも6、7歳の頃に来ていたメイドさんがよく遊んでくれたんです。裏庭の別棟にある彼女の部屋に、僕は3つ下の弟と一緒にしょっちゅう遊びに行っていました。

当時の南アフリカはテレビがないので、日常の文化的娯楽はラジオです。で、そのメイドさんにとって最高の娯楽は、ラジオから流れる音楽に合わせて踊りまくること。僕も一緒にダンスをして遊んでいました。それが最高に楽しかったんです。アフリカ系ならではのリズムの楽しみ方、音楽のグルーヴに乗っていく感じが、子ども心に気持ちよかった。

僕が南アフリカで受けた2大刷り込みは、エルヴィスとモータウン。今でも聴き続けています。自分の娘に音楽ばかりは徹底的に自分の好みを刷り込んでやろうと、3、4歳の頃から家でエルヴィスとモータウンをかけまくっていました。結果、娘もそういう音楽をすっかり好きになり、リズム感が発達しました。中学生になると、モータウンの男性コーラスグループ、テンプテーションズの『ゲット・レディ』(1966年)を2人でよく踊りました。大学生になると、娘は友達とダンスサークルを立ち上げました。刷り込みに成功したと言ってイイでしょう。

モータウンの独自性は、アーティストの発掘から作曲までを卓越したチームで進めていく点にあります。一種の町工場のようなスタイルです。

1960年代のモータウンは、天才アーティストをバンバン輩出していました。モータウンが構築したユニークな創造のプロセスを経て才能を見いだされ、優れた楽曲が用意され、ヒット曲を連発する。「企画された天才」です。スティーヴィー・ワンダーとマーヴィン・ゲイもモータウンですが、この2人はモータウンの組織能力の絶頂期とは無関係の1970年代に出てきた人たちです。

モータウンならではの「企画された天才」。その一番の典型が、ソウルシンガーのダイアナ・ロスです。企画側の1人が、スモーキー・ロビンソン。優れた作曲者であり、ボーカリストとしても大成功した人です。

ダイアナはスモーキーと同じデトロイトの団地で育ちました。住民の多くは、自動車工場の工員。南部から出て来たアフリカ系アメリカ人がデトロイトで自動車産業に職を求め、住み着く。そういう人たちの子ども世代が、スモーキーやダイアナたちでした。

ダイアナは当初、ザ・プライメッツという女性コーラスグループで活動します。実はこれ、近所の友達同士でつくった“ごっこグループ”でした。のちに大成功するテンプテーションズの前身も、地元の知り合い同士でした。

田園都市線に例えると、スモーキーとダイアナの地元が鷺沼、テンプテーションズがたまプラーザ、モータウンの本社とスタジオが二子玉川――そんなイメージです。このローカル感がモータウンの核心です。組織の内部ではバリバリに競争のメカニズムが働いている。才能がないシンガーには曲が回ってこない。作曲家同士の競争も激しい。ですが、根底には人間的な深いつながりがある。知り合いベースで新たな才能を発掘していく。

ダイアナのすごさは、まず声。音域の広さはもちろんですが、きらびやかさという点ではほかに類を見ません。それを自分でもよくわかっている。自分の声の素晴らしさが一番出るような歌い方をするんです。

南アフリカ時代の僕は、メイドさんの部屋の小さなラジオで音楽を聴いていました。音がこもっているラジオでダイアナの声を聴くと、そのきらびやかさはほかの音楽と全然違う。モータウンの音づくり、よくわかっているなと。

ソウルとかR&Bの女性ボーカルの王道は、やたらパンチを利かせて大声を張る歌い方です。ダイアナは、その方向に絶対足を踏み入れない。目の前の霧がさーっと晴れ、さらさらとした春の小川が流れるような、透明感あふれる歌い方なんです。それがすごく自然で、軽い感じに聞こえる。でも、コクがある――極上のコンソメスープを思わせる歌い方で、あたかも高価なステレオセットで聴いているような感覚にさせられます。

しかも、声が「速い」。口を開けた瞬間、完全に整った音がいきなりバーンと出てくる。史上最強の超高速ボーカリストだと思います。天賦の才としか言いようがない。で、どんな曲でも企画どおりにきっちり歌う。自分の能力とか独自性もよくわかっている。自覚的な天才です。

ナンバー・ワン・ヒットを連発して大スターになったダイアナは、女王さまのようにわがままに振る舞い、評判の悪い人でした。モータウンの評伝の中でダイアナを昔からよく知る人がこう語っています――彼女の弁護のためにいつも言うのだけれど、団地に住んでいた頃からダイアナは、今とまったく変わらないぐらい態度が大きかった。彼女の態度が大きいのは、スターになったせいじゃない――。自覚的だからこそ、ダイアナは自分の才能を上手く使える人でした。

1970年代の後半以降、ダイアナの異常天才ぶりは急速に終息し、ただのスーパースターに落ち着きます。シックというバンドと組んで制作したアルバム『ダイアナ』(1980年)は大ヒットしますが、昔みたいなきらめきはもうなくなっている。おそらく意識的に、すでに出来上がったスーパースターの役割を演じるようになったのだと思います。(第4回へつづく

「第4回:奥村チヨ――「あざとさ」のプロフェッショナリズム。」はこちら>

画像: 楠木建、音楽を語る。―その3
モータウンの組織能力。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.