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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
楠木建特任教授が日々送っている「室内生活」の3本柱、読書・映画・音楽。今回は昨年12月に取り上げた映画に続き、音楽の魅力を言語化していく。

「第1回:『エルヴィス・オン・ステージ』。」
「第2回:瞬間音楽。」はこちら>
「第3回:モータウンの組織能力。」はこちら>
「第4回:奥村チヨーー「あざとさ」のプロフェッショナリズム。」はこちら>

※ 本記事は、2023年11月27日時点で書かれた内容となっています。

僕は軽音楽が大好きで、子どもの頃からずっと聴いたり踊ったり演奏したりしています。初めて音楽から衝撃を受けた瞬間は、8歳のときに『エルヴィス・オン・ステージ』(原題:Elvis: That's the Way It Is/1970年/アメリカ)を見たときでした。1970年の映画で、エルヴィス・プレスリーがラスベガスで行ったショーのドキュメンタリーです。

僕は子どもの頃、南アフリカ共和国のヨハネスブルグに住んでいました。当時の南アフリカにはテレビ放送自体がまだなかったので、映画が娯楽の王様でした。その頃見た映画の1つが『エルヴィス・オン・ステージ』でした。

エルヴィスは1950年代に衝撃的なデビューを飾り、世界的スターになります。『ブルー・スエード・シューズ』『ハウンド・ドッグ』『ラヴ・ミー・テンダー』など、ナンバー・ワン・ヒット曲を山ほど生み出しました。

1960年代に入るとエルヴィスは、主として映画作品に出演するようになります。当時、一番稼げる仕事が映画でした。マネージャーをしていたトム・パーカー大佐という人が貪欲な興行主で、エルヴィスを契約で縛り付けてほぼ10年間、映画でガンガン稼がせようとしました。

ですが、エルヴィスは頭のてっぺんからつま先までシンガーです。『監獄ロック』(原題:Jailhouse Rock/1957年/アメリカ)、『G.I.ブルース』(原題:G.I. Blues/1960年/アメリカ)、『ブルー・ハワイ』(原題:Blue Hawaii/1961年/アメリカ)など主演映画は大ヒットしますが、本人は次から次に映画を撮る日々にフラストレーションを感じていました。映画からようやく解放されて、歌の世界に戻ってきた――その最初のライブを収めた映画が『エルヴィス・オン・ステージ』です。

本業のシンガーに復帰したエルヴィスは、「これぞエルヴィス」という天才ぶりをステージで爆発させます。当時子どもだった僕から見ても、この世のものとは思えぬぐらいカッコイイ。汗と涙でグダグダになるぐらい感動しました。大天才は、その才能を享受する側の年齢、空間、時間を問いません。

すっかり感動した僕は、母に「将来はエルヴィスになる」と宣言しましたが、「エルヴィスは職業ではありません」と返されました。僕の父は1950年代からエルヴィスが好きだったので、家にはエルヴィスのレコードもカセットテープもありました。僕は車の中でも家の中でもエルヴィスを聴きまくり、歌いまくっていました。当時はビデオがないので、一度だけ見た映画の記憶を頼りにエルヴィスの真似をして歌い、陶酔する日々でした。

僕はわりと子どもの頃の感動を引きずるタイプでして、大人になってもエルヴィスになりたいと思っていました。30代の頃、エルヴィスの物真似をするという余興を頻繁にやっていた時期があります。DVDで動くエルヴィスを研究し、エルヴィスがステージで着ていたジャンプスーツの公認品をわざわざアメリカから取り寄せるくらいの凝りようでした。

職場の隠し芸大会や忘年会でエルヴィスのヒットをやるのはもちろん、知人の結婚式なんかに呼ばれるとエルヴィスの『ハワイアン・ウェディング・ソング』(1961年)を歌う。あらゆる機会を捉え、衣装を着てエルヴィスを演じる。これがものすごく気持ちイイ。

あるとき、企業に招かれてセミナーに登壇しました。講演の後、みんながお昼のお弁当を食べているところにアンプとマイクと音源を持ち込んで、ランチ・タイム・ショーをやったんです。これがめちゃくちゃウケました。「次はもう競争戦略の話はいいから歌だけやりに来てください」と企業の方に言われて、丁重に断りました。

今から十何年か前に、一橋ビジネススクールの研究科長だった竹内弘高先生の奥様の還暦パーティーで歌いました。僕のセレクトは、エルヴィスの円熟期の十八番『アメリカの祈り(An American Trilogy)』(1972年)という歌い上げ系の超名曲。これが史上最高にウけたんです。なぜなら、オーディエンスの平均年齢が高かったから。リアルタイムで全盛期のエルヴィスの音楽を浴びていた人たちだったんです。竹内先生ご夫婦はそろそろ喜寿のはずなので、またパーティーをやってくれないかな――心待ちにしています。

『エルヴィス・オン・ステージ』に収録されたショーのエンディングにエルヴィスは、往年のヒット曲『好きにならずにいられない』(原題:Can't Help Falling in Love/1961年)を持ってきます。

当時最高の凄腕たちが集まったバックバンドが、ショーをガンガン盛り上げる。で、曲の最後、まさにショーのエンディング。さあ、どれほどの絶唱を見せるのか――。

ところがエルヴィスは最後の最後のフレーズを、なぜか歌わないんです。それが本当にかっこいい。一番しびれるところです。軽音楽史上、最高の瞬間です。これは完全にその場のアドリブで、はじめから計画していたわけではないと思います。

「偶然完全」という、俳優の勝新太郎さんを形容する定型句があります。勝新太郎さんも天才です。アドリブでガンガンやっていく。天才の本質は「偶然完全」だと思います。それをエルヴィスは、ステージで歌わないことによって達成した。鳥肌立ちまくりの瞬間でした。

音楽の天才は、聴くだけじゃなく、見なきゃわからない。映像を見て初めて理解できる。全身から発するモノが違う。音楽の天才を知るには絶対、映像を見るべし――これが僕の持論です。(第2回へつづく

「第2回:瞬間音楽。」はこちら>

画像: 楠木建、音楽を語る。―その1
『エルヴィス・オン・ステージ』。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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