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日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主管研究長 兼 日立京大ラボ長 水野弘之/日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員 兼 日立京大ラボ ラボ長代行 嶺竜治
日立京大ラボでは、7年間の活動を通じて、不合理で、一人では何もできない「弱い」人間に着目してきた。こうして構想したのが、「人や文化に学ぶ社会システム」であり、具体的なアーキテクチャとして、人間社会とサイバーとの協同システム「Social Co-Operating System(Social Co-OS)」を開発。人間同士、そして人間とサイバーシステムがともに委ね合い、異質な者同士がよりよく生きていく「混生社会」の実現をめざしている。

「第1回:超長期の視点で課題を探索」はこちら>
「第2回:未来の「不安」からの脱出」はこちら>
「第3回:「政策提言AI」が示唆する未来」はこちら>
「第4回:人間社会とサイバーとの協同システム」
「第5回:混生社会実現へのアプローチ」はこちら>

モデル作成のための対話が鍵を握る

――前回、お話を伺った「政策提言AI」は、複数の自治体で活用されていますが、システム自体を横展開しているのでしょうか?


最初にわれわれがつくったのは、日本全国のモデルなので、基本的には、それぞれの自治体の特性に合わせて、一から因果関係モデルをつくり直します。長野県との取り組みの場合であれば、例えば「食料」に関しては、山の幸は豊富だが、海産物は獲れないといった特徴がある。そうした地域の特性を入れたモデルを作成します。実際のワークショップでは、食料や交通などの政策担当者が各課から1名ずつ、10名程度が出てきてポストイットをペタペタとホワイトボードに貼りながら作業していく。車が増えると事故の割合がどれだけ増えるかなどといった、さまざまな因果関係を丸2~3日間かけて、皆でつなげていくのです。

モデルをつくるなかで、誰かかが税収を上げるための施策を示すと、違う課の誰かが、それは違うんじゃないかという意見が出るなど、白熱した議論が見られます。多くの自治体は縦割りで、普段は課をまたがって議論することはほとんどないので、互いの政策がわかってよかったという声もいただきました。

画像: ――前回、お話を伺った「政策提言AI」は、複数の自治体で活用されていますが、システム自体を横展開しているのでしょうか?

水野
このように因果関係モデルをつくるのも、AIが導き出した結果を最終的に判断するのも人間なんですね。AIは、ありたき未来の社会に近づくためのツールであって、主役はあくまでも人間なのです。

「人や文化に学ぶ社会システム」とは

――そうした取り組みを経て生まれてきたのが、人を主役にした「Cyber Human Social Systems(CHSS)」ですね。Society5.0がめざすサイバーフィジカルシステム(CPS)の限界を超えるものということですが――。

水野
サイバーフィジカルシステム(CPS)にしろデジタルツインにしろ、そこに人間を含めていくことが極めて重要だと思っています。つまり、経済価値だけではなく、社会価値や環境価値も含めながら、個々の人間の多様な価値観、さらにはその価値観に及ぼす社会規範や倫理にも配慮しつつ、人間同士やサイバーと人間社会が互いに委ねあって生きるような社会システムを構想しようとしています。

なお、ここで言う社会システムとは、個人行動・対人相互作用・制度形成という三つの階層からなるダイナミックな循環システムを指します。社会課題を解決するためには、社会規範や倫理の醸成が必要であり、Cyber Human Social Systems(CHSS)においてサイバーが担うべき役割は、社会システムに対して、データ収集に基づき規範的な介入や支援を行うことだと考えています。

画像: ――そうした取り組みを経て生まれてきたのが、人を主役にした「Cyber Human Social Systems(CHSS)」ですね。Society5.0がめざすサイバーフィジカルシステム(CPS)の限界を超えるものということですが――。


これによりわれわれがめざしているのは、「混生社会」の実現です。混生社会とは京都大学の出口康夫先生の言葉で、新自由主義がもたらした過度の競争へのアンチテーゼとして、異質な者同士が混ざり合って生きる様を意味しています。異質な者というのは、さまざまな能力や国籍や文化的宗教的背景を持つ人々に加え、人間以外の生物やロボット、AIといった人工物も含まれます。そもそも、人間は合理的な生き物ではありませんし、一人では何も成しえません。出口先生は人間の「できなさ」(あるいは「弱さ」)こそが「かけがえのなさ」につながるものであり、それによって地域やコミュニティの連帯が生まれ、社会が発展してきたとおっしゃっています。そうした観点から、われわれは、多様な個人が「こうあるべき」とされてきた規則(倫理)から脱して「自遊」※ に生きられるように、Well-going(能動的な生き方)の実践を支援しようとしているのです。

※ 自律と他律が調和・止揚した合律の状態のこと。出口康夫教授は、「自遊」とは、自律・他律のゼロサムゲームから降りることであり、他のエージェントとの「委ねのネットワーク」の一員として生きることだと定義する。

個人の行動診断や集団の合意形成を支援する

――具体的には、どのようなシステムなのでしょうか?


「自遊」を実現するために、個人の社会的行動を促す仕組みと、集団の合意形成を促す仕組みが必要であると考え、これを実現するアーキテクチャとして、サイバーと人間社会の協同システム「Social Co-Operating System(Social Co-OS)」を開発しました。

水野
あえて、オペレーティングシステム(OS)と言っているのは、単発のソリューション(解決策)ではなく、アプリケーションを安定的に動かし続けるOSのように、破綻することなく運用し続ける基盤になることをイメージしているためです。さらに、Coとつけたのは、人間との協同作業を意味しています。


具体的には、人間モデルを用いた個人の行動診断、個人の状況に即した効果的な行動介入を行う「運用(ファストループ)」と、多元価値を尊重した制度設計を支援する「合議(スローループ)」の二重ループで構成されます。

画像: 図 Social Co-OS

図 Social Co-OS

これは、人間の情報処理は自動的・直感的なファストシステムと、熟慮的・推論的なスローシステムから成ると唱えた、行動経済学者・ダニエル・カーネマンの二重プロセス理論を援用したシステムと言えます。運用(ファストループ):人間モデルに基づく協同を促す行動介入(相互扶助)と、合議(スローループ):多元的価値を尊重する制度形成(集団意思決定)の二つのループが動的に循環し続ける、というのがこのシステムの特徴です。

水野
なお、これはさまざまな技術から構成されるもので、現段階ではすべてが実装されているわけではありません。一つずつ試行錯誤しながら、Social Co-OSのなかに組み入れ、システムを発展させているところです。(第5回へつづく

「第5回:混生社会実現へのアプローチ」はこちら>

画像1: 日立京大ラボ編・人文知を取り入れた社会システムを
【第4回】人間社会とサイバーとの協同システム

水野弘之(みずの・ひろゆき)
日立製作所 研究開発グループ Web3コンピューティングプロジェクトリーダ 兼 基礎研究センタ 主管研究長 兼 日立京大ラボ長。1993年、日立製作所に入社。マイクロプロセッサなどの研究開発に従事。2002年から2003年、米国Stanford大客員研究員。2011年、新世代コンピューティングプロジェクトを開始し、CMOSアニーリングの研究開発と並行し、人文社会学の観点を取り入れた社会システムの研究開発を開始。2013年、戦略企画本部・経営企画室 部長、2016年、研究開発グループ・情報通信イノベーションセンタ長などを経て、2018年より現職。工学博士。IEEEフェロー。

画像2: 日立京大ラボ編・人文知を取り入れた社会システムを
【第4回】人間社会とサイバーとの協同システム

嶺竜治(みね・りゅうじ)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員 兼 日立京大ラボ ラボ長代行、京都大学 オープンイノベーション機構 特定准教授。1995年、日立製作所に入社。中央研究所にて、郵便区分機やカメラ付携帯機器向け文字認識、帳票認識システム、教育支援システムなどの研究開発に従事。2016年より現職。ヒトが人であるがゆえに生じる社会課題の探究をめざし、新たな社会システムの研究を進めている。

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