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日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主管研究長 兼 日立京大ラボ長 水野弘之/日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員 兼 日立京大ラボ ラボ長代行 嶺竜治
サイバーと人間社会の協同システム「Social Co-Operating System(Social Co-OS)」の実践として、日立京大ラボは2018年から、宮崎県高原町で再生可能エネルギーの利用促進に向けた取り組みを行っている。ここでは、多元価値シミュレーターを用いて、社会・環境・経済のバランスが取れた施策を提案。合意形成を促し、政策決定のための支援を行う。日立京大ラボの混生社会に向けた取り組みは続く。

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「第5回:混生社会実現へのアプローチ」

社会・環境・経済のバランスが大事

――サイバーと人間社会の協同システム「Social Co-Operating System(Social Co-OS)」を活用した事例はあるのでしょうか?

水野
2018年から宮崎県高原町という中山間地域で、社会課題解決に向けた活動を行ってきました。2019年からは、高原町が主体となって、地域住民の方々や京都大学、日立で、「たかはる自然エネルギー利用推進協議会」が発足し、その活動のなかでSocial Co-OSを活用しています。


ただ、最初から順調に進んだわけではありませんでした。ここでわれわれは、Social Co-OSの一要素「多元価値シミュレーター(Three-value simulator)」を用いて、高原町の自然エネルギー利活用における地域へのインパクトを予測しているのですが、当初は経済価値に重きを置いた結果をお見せしたんですね。ところが、自治体の方とお話をすると、「経済はもちろん大事だけれど、環境も同じくらい大事」という答えが返ってきたのです。そこで、今度は経済に加えて環境価値もシミュレートするモデルを付け加えて持っていったら、「いや、それだけでもない。景観的な価値も大事だよね」と。町には景観に誇りを持っている人が多く、いくら広告収入が得られても、企業の宣伝看板が立ち並ぶ姿を見るのはやるせない、というご意見を聞いて、非常に納得しました。

そうこうしているうちに、日立自体も、ESG投資などの時代の流れを受けて、社会・環境・経済の三つの価値の総合的なバランスが大事だと言い始めてびっくりしました(笑)。いまやそれが当たり前の時代となり、われわれの活動のプレゼンスも高まってきていると感じています。

画像: ――サイバーと人間社会の協同システム「Social Co-Operating System(Social Co-OS)」を活用した事例はあるのでしょうか?

可視化することで合意形成がスムーズに

――具体的にはどのような取り組みをされたのでしょうか?


再生可能エネルギー利活用のポテンシャルを測るためのセンシングの後、需要、エネルギー、お金、モノの流れをつないでモデル化を行い、太陽光発電設備や小水力発電設備、蓄電池の規模を変数として、多元価値シミュレーターで計算を行いました。その計算結果2万パターンをもとに、地域の持続性や電力自給、CO2排出量、導入にかかるコストといった四つの指標をもとに、ランキング形式で可視化しました。その結果、地域の活性度(地域の持続性)を現在の7.7倍に向上できることが示されました。

画像: 図 エネルギー地産地消と経済効果(出典:THREE-VALUE SIMULATOR) www.hitachi.oi.kyoto-u.ac.jp

図 エネルギー地産地消と経済効果(出典:THREE-VALUE SIMULATOR)

www.hitachi.oi.kyoto-u.ac.jp

――グラフを見ると、実感が湧きますね。


そうですね。高原町の場合、経済重視案を採用すれば住民負担のコストは一番少ないけれど、環境重視案との折衷案をとれば、負担は多少増えるものの、地域活性化指標は大きく向上させることができる。合意形成を促すためには、このように代表的な選択肢を目に見えるかたちで提示することが非常に大事だと思います。このほかにも、合意形成自体の研究もしていて、例えば少数意見も汲むような重み付けの手法を取り入れて妥協案を探るなど、さまざまなトライアルをしています。

水野
合意形成で重要なのは、「納得」ですからね。結果的に自分の意見が選ばれなかったとしても、議論を経たかどうかで納得感は大きく違ってくるはずです。

「安全基地」を離れて見えてきたもの

――最後に、日立京大ラボのこれまでの活動を振り返って、改めて人文・社会科学系の先生方との連携について感想をお聞かせください。

水野
7年と聞くと長いように感じるかもしれませんが、数年、文系の先生方と対話したくらいで、わかった気になるのは違うと思うんですね。やはり、10年、20年と長く続けていくことが重要だと思っています。

また、われわれが手掛けている研究は、簡単に理解されるようなものでは意味がない。日立や社会に大きなインパクトをもたらすようなメッセージを発信し続けていくことが重要だと思っています。

画像: ――最後に、日立京大ラボのこれまでの活動を振り返って、改めて人文・社会科学系の先生方との連携について感想をお聞かせください。


やはり、エンベデッド(embedded:混じり合って)、つまり、リアルな場を共有して、同じ土地・文化に棲むということは、あるべき社会システムを考えるうえで大きな意味があると思います。「社会とは何か」といった、前提を疑うような根本的な問題提起に遡って考えることができたのも、理系研究者が多い日立の研究所だけでは、到達しえなかったことだと思っています。

水野
東京にいて、日立の言葉だけでしゃべっていたらある意味で楽なのですが、そういう「安全基地」を離れ、退路を断って初めて見えてくるものがある。そういう意味でも、このラボの取り組みは非常に有意義だと思っています。

――今後は、日立東大ラボや日立北大ラボなどとも連携されるのでしょうか?

水野
誤解を恐れずに言いますが、私は基本的に連携には反対です(笑)。一緒になってしまったら意味がないですからね。互いの違いを認めた混生こそがめざす姿だと思っています。


まさにめざすのは混生社会です。今後は、混生社会に向けた経済モデルの構築なども、研究テーマにしていきたいと考えています。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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画像1: 日立京大ラボ編・人文知を取り入れた社会システムを
【第5回】混生社会実現へのアプローチ

水野弘之(みずの・ひろゆき)
日立製作所 研究開発グループ Web3コンピューティングプロジェクトリーダ 兼 基礎研究センタ 主管研究長 兼 日立京大ラボ長。1993年、日立製作所に入社。マイクロプロセッサなどの研究開発に従事。2002年から2003年、米国Stanford大客員研究員。2011年、新世代コンピューティングプロジェクトを開始し、CMOSアニーリングの研究開発と並行し、人文社会学の観点を取り入れた社会システムの研究開発を開始。2013年、戦略企画本部・経営企画室 部長、2016年、研究開発グループ・情報通信イノベーションセンタ長などを経て、2018年より現職。工学博士。IEEEフェロー。

画像2: 日立京大ラボ編・人文知を取り入れた社会システムを
【第5回】混生社会実現へのアプローチ

嶺竜治(みね・りゅうじ)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員 兼 日立京大ラボ ラボ長代行、京都大学 オープンイノベーション機構 特定准教授。1995年、日立製作所に入社。中央研究所にて、郵便区分機やカメラ付携帯機器向け文字認識、帳票認識システム、教育支援システムなどの研究開発に従事。2016年より現職。ヒトが人であるがゆえに生じる社会課題の探究をめざし、新たな社会システムの研究を進めている。

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