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日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主管研究長 兼 日立京大ラボ長 水野弘之/日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員 兼 日立京大ラボ ラボ長代行 嶺竜治
日立京大ラボの研究成果のなかで大きな反響を呼んだ一つに「政策提言AI」がある。これは、人口、財政、地域などの複数の観点から因果関係モデルを構築し、AIを用いたシミュレーションにより、2050年頃にどのような未来が待ち受けているのかを示し、政策決定プロセスに役立てるというもの。これにより、「都市集中」「地方分散」それぞれのメリット・デメリットが浮き彫りになった。日立京大ラボの文理融合の営みが生み出した、人とAIの協働システムとは?

「第1回:超長期の視点で課題を探索」はこちら>
「第2回:未来の「不安」からの脱出」はこちら>
「第3回:「政策提言AI」が示唆する未来」
「第4回:人間社会とサイバーとの協同システム」はこちら>
「第5回:混生社会実現へのアプローチ」はこちら>

人間とAIの協働で実現した「政策提言AI」

――書籍『BEYOND SMART LIFE 好奇心が駆動する社会』のなかにも取り上げられている「政策提言AI」について教えてください。


「政策提言AI」は、「2050年の社会課題とその解決に向けた大学と企業の社会的価値提言」(2050年の未来社会の洞察)の研究を進めるなかで開発したシミュレーション・システムです。このAIを活用し、広井良典先生(当時・京都大学こころの未来研究センター教授/現・人と社会の未来研究院教授)をはじめ、人文・社会学系の有識者と、日立の情報科学の研究者が導き出した「持続可能な日本の未来に向けた政策提言」は、大きな反響を呼び、全国の自治体などから約60件もの問い合わせをいただきました。

実際にその後、このAIを用いて、文部科学省と2040年に向けた高等教育のグランドデザインの取りまとめをしたほか、長野県、岡山県真庭市、愛知県高浜市、日本工学アカデミーなどと、未来予測の政策立案プロジェクトを実施しました。

画像: ――書籍『BEYOND SMART LIFE 好奇心が駆動する社会』のなかにも取り上げられている「政策提言AI」について教えてください。

水野
これはAI(予測)と人間の協働システムなんですね。いきなりAIに答えを求めるのは無理なので、まず人口、財政、地域、環境・資源、雇用、格差、健康、幸福の8つの観点に対して、京都大学の有識者とともに因果関係モデルを構築するところからスタートしました。そのうえで、乱数を用いた確率的シミュレーションで未来に起こり得る多数のシナリオを作成、さらにその結果に対して、人間が分析を加え、政策提言につなげていきました。つまり、因果関係モデルの作成と、AIの結果に基づく最終的な決定は人間が担っています。人間が考える因果関係(当初の想定)の結果、どのような未来が起こり得るかを、AIが客観的に示してくれる。それを見て人間が最終的な判断を行う。そういうプロセスになります。


人間は因果を考えるのが得意ですからね。そこでまずそれぞれの先生方の専門分野から社会課題の要因について因果関係を示していただき、それらをつなげていく作業をひたすら行いました。そのうえで、例えば出生率といったわかりやすい要因だけでなく、幸福度など心の問題についてもパラメーターを設定し、その組み合わせにより、2018年から2052年までの35年間について約2万通りの未来シナリオ予測を行ったというわけです。

「都市集中」と「地方分散」のシナリオを一覧

――2万通りとは膨大な数ですね。


全部見ていくのは大変なので、似ている未来をクラスタリングで自動的に分類し、最終的には23個の代表的なシナリオを抽出しました。例えば、「出生率は低く、財政や社会保障はよいが、人口が都市に集中している」といったシナリオです。それらを広井先生らに見ていただき、「都市集中社会」といったように、それぞれに名前をつけていただきました。

その結果、大きく分けて都市集中型と地方分散型のグループがあることを見出し、8〜10年後にそのどちらかを選択して必要な政策を実行する必要性があること、さらには、持続可能な地方分散シナリオの実現には、約17〜20年後までに継続的な政策実行が必要であることなどを提言としてまとめました。

水野
客観的なシミュレーションによって、都市集中と地方分散のそれぞれのメリットとデメリットを一望できたことは、非常に大きな成果と言えます。例えば、都市に人口が集中すれば、効率的に生産拠点などを集積でき、税収も大幅に上がる。一方、地方は衰退して自然環境は回復するけれど、人々の幸福度は下がってしまう、といった具合です。

画像: ――2万通りとは膨大な数ですね。

未来の政策の効果を繰り返し検証できる

――予想に反して、意外な結果も出たのでしょうか?

水野
とくに印象的だったのは、この時点で政策を打たないと、もう元には戻れない分岐点がある、ということ。分岐していって、また将来、交わることもあるかなと思っていたのですが、けっして交わらない。ですから、政策決定において、本当にいまこの時点でこの選択肢を消してしまっていいのか、真剣に議論する必要があります。それは私たちにとっても驚きの発見でした。

例えば、地球温暖化については、地球沸騰などと言われていますが、いま取り組まないと手遅れになります。そのことをシミュレーションによって客観的に認識できるのです。


もう一つ特長を挙げると、最初に人間がモデルをつくるので、そのモデルで描き出した未来が望ましくなければ、元のモデルに立ち返って、どの時点でどういう政策を投入するのがいいのか検証を繰り返すという使い方もできます。それぞれの因果となる要素のパラメータを変えることは、政策を強化する/弱めることにつながるので、ありたき姿に近づくにはいつの時点でどのような政策を打たなければならないかを明らかにできるわけですね。

なお、望ましい未来として地方分散が挙げられることがありますが、政策提言AIの結果を受けて、広井先生は「重層的多極集中」が良いだろうとおっしゃっています。「重層」というのは、国土の中に多くの「極」が存在しながらも、人口100万人を超える都市から数十万、数万、それ以下と、大小それぞれ機能の異なる都市があるといったイメージです。このことはAIシミュレーションが直接示した結果ではありませんが、分散型の中で、比較的集中の要素を取り入れたシナリオのパフォーマンスが相対的に良いことから導き出された推論です。

水野
つまりこうした結果は、どこかの専門家の説ではなく、自分たちが入れた複数のデータと自ら選んだ政策から導き出されたものなんですね。だから政策を変えれば、また違う結果が出る。インタラクティブにシステムとやり取りしながら、「自分事」として考えていけるのが、このシステムの特長です。


ちなみにこの政策提言AIの開発は、日立がもともと持っていた企業戦略の意思決定支援向けAI技術を、国や自治体の政策決定に応用できないかという広井先生のアイデアから始まりました。京大ならではの多様な知が集結した議論のなかで、新たな価値を創出した好例です。(第4回へつづく

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

「第4回:人間社会とサイバーとの協同システム」はこちら>

画像1: 日立京大ラボ編・人文知を取り入れた社会システムを
【第3回】「政策提言AI」が示唆する未来

水野弘之(みずの・ひろゆき)
日立製作所 研究開発グループ Web3コンピューティングプロジェクトリーダ 兼 基礎研究センタ 主管研究長 兼 日立京大ラボ長。1993年、日立製作所に入社。マイクロプロセッサなどの研究開発に従事。2002年から2003年、米国Stanford大客員研究員。2011年、新世代コンピューティングプロジェクトを開始し、CMOSアニーリングの研究開発と並行し、人文社会学の観点を取り入れた社会システムの研究開発を開始。2013年、戦略企画本部・経営企画室 部長、2016年、研究開発グループ・情報通信イノベーションセンタ長などを経て、2018年より現職。工学博士。IEEEフェロー。

画像2: 日立京大ラボ編・人文知を取り入れた社会システムを
【第3回】「政策提言AI」が示唆する未来

嶺竜治(みね・りゅうじ)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員 兼 日立京大ラボ ラボ長代行、京都大学 オープンイノベーション機構 特定准教授。1995年、日立製作所に入社。中央研究所にて、郵便区分機やカメラ付携帯機器向け文字認識、帳票認識システム、教育支援システムなどの研究開発に従事。2016年より現職。ヒトが人であるがゆえに生じる社会課題の探究をめざし、新たな社会システムの研究を進めている。

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