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私が住職を務める全生庵は、臨済宗国泰寺派の寺院です。臨済宗は仏教の宗派の一つ。その仏教の開祖がお釈迦様であることは言うまでもないでしょう。

では、お釈迦様はいつお生まれになったかご存じでしょうか。

紀元前624年、同564年、同463年など諸説あるようですが、おおよそ紀元前7~5世紀ごろと考えられています。そして29歳のときに修行者となり、35歳のときに悟りを開かれました。

つまり仏教という宗教は2500年、あるいはそれ以上の長きにわたって続く、今どきの言葉で言えば、とてもサステナブルな教えです。

昨今、ビジネスの世界では決算も経営計画も短期化が進んできた一方で、サステナブル経営などの「長期視点に立った経営」の重要性が再認識されているそうですね。確かに、投資や技術開発、人の育成などでは五年後、十年後を見据えた取り組みが欠かせないでしょう。短期利益の獲得にしか目を向けず、経営トップが「ノルマさえ達成できればよい」という姿勢をとることは、場当たり的な対応や不正を許す企業文化を生み出してしまいます。

けれどもよく考えてみると、たとえ視点が長期であっても、目標を達成することだけにとらわれていれば、やはりガバナンス不全を招いてしまうのではないでしょうか。「未来のために」という言葉は一見、美しいようですが、未来のために今を犠牲にすることや、未来にとらわれて今をおろそかにすることになれば本末転倒です。

未来のことなど誰にも分かりません。分からないのですから、目標のために焦って無理を重ねたり、ことさらに不安を感じたりする必要はないはずです。また、先のことなど分からないのだから何をしたってよい、という考えも間違っています。

先のことは分からない。だからこそ「いま、ここ」を大切にしなければならないのです。

禅では、過去・現在・未来は一本の線のようにつながっているわけではなく、「現在」という点の連続であると考えます。過去に執着せず、未来に期待や不安を持たず、今できることを全力で行いなさい。それが禅の教えです。

お釈迦様も、みずからが悟った心の平安を得る方法を人々に教え伝え始めた当初から、2500年先の目標をお持ちだったわけではないでしょう。ただ、「今この目の前にいる人々を苦しみから救いたい」と懸命に教えを説く。そのことが一つ一つの点となって連なってきた結果、今日の世界宗教たる仏教があるのです。

「いま、ここ」というあり方に関わる禅語が「照顧脚下」であり、「自分の足元をきちんと見よ」という意味です。よく禅寺の玄関に掲げられている言葉で、全生庵にもありますから、目にしたことがおありかもしれないですね。

玄関で「足元を見よ」と言われたら、「靴を見てきちんと揃えなさい」という意味にとれますが、人生における、あるいは経営における「足元を見よ」は、「自分自身の現在の立ち位置を確認しなさい」と解釈できるでしょう。

先の目標だけを見ていると、自分の現在地が分からなくなることがあります。自分はどこまで進んだのか、目標に到達するためにはどの道を行けばよいのか。いったん立ち止まり、足元を見て確認すれば、次に何をすべきかが見えてくるはずです。

初志や創業理念などの座標軸に対してずれた行動をしていないだろうか、自分は道を踏み外していないだろうか、と自分自身のあり方を見つめ直すためにも、足元を見ることは大切です。

皆が遠くを見ている時代だからこそ、足元を見ることを忘れずにいたいものです。

(以上)

画像: 建仁僧堂 湊素堂老師 筆

建仁僧堂 湊素堂老師 筆

画像: 「照顧脚下(しょうこきゃっか)」
~自分の足元を見よ~

平井 正修(ひらい しょうしゅう)

臨済宗国泰寺派全生庵住職。1967年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、1990年、静岡県三島市龍澤寺専門道場入山。2001年、下山。2003年、全生庵第七世住職就任。2016年、日本大学危機管理学部客員教授就任。現在、政界・財界人が多く参禅する全生庵にて、坐禅会や写経会など布教に努めている。『最後のサムライ山岡鐵舟』(教育評論社)、『坐禅のすすめ』(幻冬舎)、『忘れる力』(三笠書房)、『「安心」を得る』(徳間文庫)、『禅がすすめる力の抜き方』、『男の禅語』(ともに三笠書房・知的生きかた文庫)など著書多数。

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