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株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長 井手直行氏
大手4社がひしめくビール業界で、19年連続の増収を果たした企業がある。1997年に長野県にて創業したクラフトビールメーカー、株式会社ヤッホーブルーイングだ。主力製品「よなよなエール」をはじめとする個性的なビールで全国のヘビーユーザーから熱烈な支持を集め続けている同社は、2020年には一橋ビジネススクール主催の「独自性のある優れた戦略を実行している日本の企業・事業を対象とした」ポーター賞を受賞し、その経営手法も注目を集めている。長野県御代田町の同社オフィスにて、代表取締役社長の井手直行氏に話を伺った。

「第1回:『100人中の1人』に愛されるビールづくり」
「第2回:ビール事業ではなく、エンターテインメント事業」はこちら>
「第3回:螺旋状に成長し続ける組織」はこちら>
「第4回:コロナ禍の成長と挑戦」はこちら>
「第5回:パートナーと一緒にビール業界を盛り上げていく」はこちら>

100人中1人に愛されるビールづくり

――オフィスに入ったとき、100名近くのスタッフの方々に拍手で迎えていただき、感動しました。

井手
恐れ入ります。わざわざ遠くから来ていただいたので、歓迎のしるしとして取材をお受けしたときはいつもやらせていただいています。

画像: 株式会社ヤッホーブルーイング 井手直行氏。かつて同社でインターネットショップの店長をしていたことから、井手氏のニックネームは「てんちょ」。すべての社員が互いをニックネームで呼び合っている

株式会社ヤッホーブルーイング 井手直行氏。かつて同社でインターネットショップの店長をしていたことから、井手氏のニックネームは「てんちょ」。すべての社員が互いをニックネームで呼び合っている

――ヤッホーブルーイングは「よなよなエール」をはじめ、既存のビールとは一線を画した製品を世に出しています。どんなコンセプトで製品開発をしているのでしょうか。

井手
「100人中1人に愛されるビールづくり」です。

日本のビール業界は、キリンビール、アサヒビール、サッポロビール、サントリーの大手4社が市場の100%近くを占有してきました。各社からさまざまな銘柄が生まれましたが、ビールの種類――専門用語で言うビアスタイルはほぼ「ピルスナー」1種類だけで、わずかな味の違いでシェアを分け合うという時代が長く続いてきました。

ビールの主原料は麦芽、ホップ、水、酵母です。これらの組み合わせの違いにより、全世界に150種類以上のビアスタイルがあると言われています。さらに、同じ原材料でも発酵の際の温度設定や日数によって、まったく違う味のビールになります。我々は後発ですから、大手が扱ってこなかったビアスタイルで世の中からの支持を得たいと考えたのです。

画像: 醸造所にてビールチェックの作業をするヤッホーブルーイングのスタッフ(同社提供)

醸造所にてビールチェックの作業をするヤッホーブルーイングのスタッフ(同社提供)

大手4社の次にシェアが高いのが沖縄のオリオンビールです。同社は現在に至るまでずっと1%前後のシェアを保っています。1%と聞くと小さな数字に思われるかもしれませんが、ビールを飲む方ならだれもがオリオンビールの名をご存じです。我々が大手のように万人受けするビールをつくろうとしても勝負にならないけれど、1%を獲ることができたら、ビール事業として成立するのではないか。消費者が100人いたとして、そのうちの1人が熱烈に支持してくださったら、理論上はシェア1%を獲れるはず。そういうビールづくりをめざそう、と。

なぜ日本でエールビールがつくられなかったのか

――「100人中1人に愛されるビールづくり」を具現化するにあたり、どんなビールをめざしたのでしょうか。

井手
創業以来の主力製品である「よなよなエール」は、創業者の星野佳路(星野リゾート 代表)が留学先のアメリカで飲んで感動したクラフトビールをモデルにつくられています。現地はちょうどクラフトビールが盛り上がっていた時期でした。星野は初めて飲むエールビールのおいしさに「こんなビールがあるんだ!」と感動しました。果実を思わせる華やかな香り、ラガービールとは違う深みのある味わい――万人受けするタイプではないけれど、日本でも一定数の消費者に支持されるのではないか。そう、星野は考えました。

画像1: なぜ日本でエールビールがつくられなかったのか

ビアスタイルは「ラガービール」と「エールビール」の2つに大別されます(※)。ラガービールは喉ごし重視のすっきりとした味わい。エールビールはコクが強く、色や香り、味わいをゆったりと楽しみながら飲むビールです。先ほど挙げたピルスナーは、ラガービールの1種類です。対して、ヤッホーブルーイングがつくっているビールはエールビールです。例えば「よなよなエール」は、エールビールの中の「アメリカンペールエール」というビアスタイルです。

※エール酵母は麦汁の上面にて発酵し、発酵温度が約20℃と高い。一方、ピルスナーをはじめとするラガー酵母は麦汁の下層にて約5℃で発酵するため雑菌が繁殖しにくく、大量生産に向いているとされる。

――日本でエールビールがつくられてこなかった背景は何でしょうか。

井手
日本でも本格的にビールが製造され始めた1890年代当初は、ドイツ流ラガービールとイギリス流エールビールがシェア争いをしていたという歴史的背景があります。しかし、日本人の嗜好性や風土に合致したラガービールが支持されるようになっていきました。夏場の高温多湿という気候の日本においては、口当たりが爽やかで、喉ごしがいいビールが好まれたのです。

画像2: なぜ日本でエールビールがつくられなかったのか

もう1つの理由は、日本にとって酒税が大きな税源だったことが考えられます。中でも多く飲まれていたお酒がビールでした。

税源を安定的に確保するために、国は1901年よりビールに課税しました。また、1908年の麦酒税法改正で製造免許付与に年間最低製造量が設定され、4年以内に最低製造量を超えなければいけませんでした。そこでビールメーカーは、製造免許を付与してもらうために、日本で需要が増加していたラガービールに特化して製造したのです。

地ビールではなく、日本中で飲まれるビールを

井手
1994年に酒税法が改正され、日本のビール製造が規制緩和されます。それまで年間2,000キロリットル(大びん換算で約316万本)のビールをつくらないと免許が下りなかったのですが、酒税法改正で60キロリットル(同・約9万5千本)まで緩和され、小さな事業者が参入できるようになりました。そして1997年、ヤッホーブルーイングがスタートしました。

画像: 長野県佐久市にあるヤッホーブルーイングの佐久醸造所。同社の製品の多くがここで生産されている(同社提供)

長野県佐久市にあるヤッホーブルーイングの佐久醸造所。同社の製品の多くがここで生産されている(同社提供)

――クラフトビールと聞くと「〇〇高原ビール」のように地名を冠したご当地ビールという印象があります。そうではなく、はじめから全国展開を意図して事業を始められたのですか。

井手
そうです。アメリカで星野が飲んだようなおいしいエールビールを、日本中で飲めるようにしたい。特別な晩だけではなく、毎晩――つまり夜な夜な、家庭で気軽に楽しめるビールにしたい。そんな思いから、「よなよなエール」には地名を付けませんでした。

実は、日本で初めて缶のクラフトビールを本格流通させたのも我々なのです。創業当時、すでに各地でさまざまなクラフトビールが生まれていましたが、ほとんどが瓶による販売か、飲食店に樽を置くスタイルでした。そうではなく、全国の家庭で飲んでもらえるビールづくりをめざし、ネーミングからビジュアル、流通までを設計してきました。(第2回へつづく)

「第2回:ビール事業ではなく、エンターテインメント事業」はこちら>

画像: 日本のビールに、バラエティを。
【第1回】「100人中の1人」に愛されるビールづくり

井手 直行(いで なおゆき)/ニックネーム:「てんちょ」
株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長/よなよなエール愛の伝道師
1967年生まれ。福岡県出身。国立久留米工業高等専門学校卒業。大手電機機器メーカー、広告代理店などを経て、1997年、ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。地ビールブームの衰退で赤字が続く中、インターネット通販業務を推進して2004年に業績をV字回復させる。2008年、社長に就任。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社,2016年)。

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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