Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
株式会社ヤッホーブルーイングの取り組みは一社単独にとどまらない。同社のミッション「ビールに味を!人生に幸せを!」を追求するにあたり、同業他社のみならず異業種、地方自治体とも肩を組み、次々に新たな仕掛けを講じている。代表取締役社長 井手直行氏へのインタビュー、最終回。

「第1回:『100人中の1人』に愛されるビールづくり」はこちら>
「第2回:ビール事業ではなく、エンターテインメント事業」はこちら>
「第3回:螺旋状に成長し続ける組織」はこちら>
「第4回:コロナ禍の成長と挑戦」はこちら>
「第5回:パートナーと一緒にビール業界を盛り上げていく」

大手ビール会社との、競合を超えた関係

――ここからは、他社との関わりについて伺っていきます。御社は2014年にキリンビールと業務・資本提携契約を結んでいます。どんな経緯だったのでしょうか。

井手
大胆にもわたし自らお声がけさせていただきました。目的は、「よなよなエール」の生産設備をお借りすることです。ITベンチャーのように急成長を遂げている我々にとって一番の問題は、ビールの生産を増やそうにも、設備に投じるお金と時間が追いつかないことです。

一方でビール市場自体は縮小していっているので、大手のビール会社では工場の生産ラインに空きがあります。ヤッホーブルーイングくらいの生産量なら、大手の工場の片隅で賄えます。当時、キリンビールもクラフトビール市場に着目されていたため、お互いの思惑が一致しました。現在、主力製品である「よなよなエール」などの生産の一部を同社に委託しています。また、技術交流も盛んに行っています。

画像: 株式会社ヤッホーブルーイング 井手直行氏

株式会社ヤッホーブルーイング 井手直行氏

――キリンビールを含む同業他社や競合製品をどう捉えていますか。

井手
我々は、大手が牽引してきた日本のビール市場に“バラエティ”を提供したいと考えています。ですから、大手ビール4社が我々にとって競合だと思っています。一方でクラフトビールメーカーは国内に700社近くあります。ここは競合という感覚ではなく、仲間。一緒にイベントを開催したり、技術交流を図ったりと、ともにビール市場を盛り上げていく仲間なのです。

ただ、大手ビール会社と敵対しているわけではありません。大手がつくれないような味のビールを我々がつくることで、ビール市場を盛り上げていく意義があると思っています。大手4社を競合と目しながらも、違う土俵で我々は活動している。そんな感覚です。

新たな醸造所を、北海道へ、関西へ

井手
直近における他社との取り組みで言うと、今年3月に北海道北広島市にオープンした屋根開閉式のドーム球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」内に、北海道日本ハムファイターズさんからのお声がけで“世界初のフィールドが一望できるクラフトビール醸造レストラン”を開設しました。要するに、野球が見られて、併設された醸造所の見学もできるビアレストランです。そのネーミングが「そらとしば by よなよなエール」。看板製品である「よなよなエール」を前面に出すことで、クラフトビールを楽しんでいただける拠点を日本中に広げていきたいという意図があります。

画像: エスコンフィールドHOKKAIDO にオープンした「そらとしば by よなよなエール」。写真に写っているスペースは2階部分で、フィールドを一望しながらエールビールが楽しめる。1階はブルワリーとレストラン(屋内席)になっている ©H.N.F.

エスコンフィールドHOKKAIDO にオープンした「そらとしば by よなよなエール」。写真に写っているスペースは2階部分で、フィールドを一望しながらエールビールが楽しめる。1階はブルワリーとレストラン(屋内席)になっている ©H.N.F.

――さらに、大阪府泉佐野市に4つめの醸造所の開設を予定されています。

井手
2025年春に開設予定です。通常の生産機能に加え、ファンの皆さんが見学ツアーを楽しめる圧倒的なエンターテインメントの空間にしようと計画しています。わたしがイメージしている姿はディズニーランドです。

コロナ禍の前までは佐久醸造所でも見学ツアーをやっていたのですが、見学客の動線を考慮した設計になっていませんでした。ファンイベントで蓄積してきたエンターテイメントのノウハウを生かし、泉佐野では単なる見学ツアーにとどまらず、そこを訪れた方々があっと驚くような仕掛け――製造の一部を体験できたり、野外ではファンイベントに参加できたりといったホスピタリティを提供することで、皆さんに感動していただきたい。そんな空間を設計しているところです。

数千人規模の大きなファンイベントを自主開催しようとすると、大きな会場を借りるための準備が大変です。自前の施設を使って100人規模のイベントを仮に毎日開催したら、単純計算で年間3万人以上集まることになる。いろいろな夢がいっぱい詰まった拠点にしたいと考えています。

画像: 新たな醸造所を、北海道へ、関西へ

「ビールに味を!人生に幸せを!」

――海外展開についてはどうお考えですか。

井手
現在も数カ国に輸出はしているのですが、コロナ禍でだいぶ打撃を受けました。アメリカでの売上は戻ってきましたが、ほかの国はまだまだです。そもそも国内でのシェアも、当初ベンチマークにしていたオリオンビールの位置までまだ達していないですし、あくまでも軸足は国内。本格的な海外展開は、本当に日本のビール業界を変えてからです。

――キリンビールとの業務・資本提携や北広島市、泉佐野市の醸造所新設のほか、2017年には経営難にあった岩手県のクラフトビールメーカー、株式会社銀河高原ビールの全株式を取得されています。これらの取り組みを通じて、ビール業界にどんなインパクトを与えたいとお考えですか。

井手
基本路線は、「ビールに味を!人生に幸せを!」というミッションの追求です。「ピルスナー」一辺倒だった日本のビール市場にバラエティを提供することで、ビアスタイルの選択肢を増やしたい。そのためにも、単なるビール製造にとどまらず「ビールを中心としたエンターテインメント事業」を展開することで、さまざまな体験をお届けし、ファンの皆さんに幸せになってもらいたい。

画像: 「ビールに味を!人生に幸せを!」

大手のように大規模なプロモーションができる資金力は、我々にはありません。しかし、野球を観ながらビールが飲めて、醸造所の見学もできる空間をつくる。日本初のエンタメのビール製造施設をつくる――我々単独ではできないことが、一緒にビール業界を盛り上げたいパートナーと肩を組むことで実現する。「ビールを中心としたエンターテインメント事業」の拠点を、我々の活動に共感してくれる仲間と一緒にたくさんつくっていきたい。そして、「ビールに味を!人生に幸せを!」というミッションを追求していきたい。

将来的には日本のビール市場のシェア1%と言わず2%、3%を獲って、市場に革命を起こすぐらいのインパクトを与えられるのではないか――。今は、その礎を築いている段階です。

J-CSV提唱者の視点

名和高司氏(京都先端科学大学教授、一橋ビジネススクール客員教授)

ヤッホーブルーイングは、J-CSV型スタートアップの代表例だと言えるだろう。次の3点に注目したい。

第一に、志(パーパス)が秀逸だ。「ビールに味を! 人生に幸せを!」をミッションに掲げ、SDGs的な「規定演技」を超えた、同社独自の「自由演技」をのびのびと演じている。井手社長は、「価値観の合う仲間との出会いを通じて、『クラフトビールを飲みながらこんな時間を過ごせて幸せだなあ』と感じていただく。これが、我々の社会価値」と語る。筆者がパーパスの3つの共感条件とする「ワクワク、ならでは、できる!」を見事に体現している。

第二に、そのような独自の社会価値を提供しつつ、それを経済価値にしっかり結実させている点だ。19期連続増収、そしてコロナ禍の中にあって、過去最高益をはじき出している。筆者が選考委員として関わっているポーター賞を、2020年に見事に受賞。その卓越した経営戦略が高く評価された結果だ。親会社の星野リゾート(2014年受賞)との親子受賞は、本賞初の快挙である。

第三に、J-CSVの実践にあたって、社員の「自分ごと化」と「働きがい」を原動力としている点に注目したい。井手社長は、ファンイベント一つとっても、同じことをしているようでいて、実はスタッフが「螺旋型」の成長を遂げていることが実感できると言う。スタッフ側も、その真摯な思いを大切にしている。例えば、新入社員のぺこさんは、「世の中のニーズに合わせるだけではなく、揺るがない『自分たちらしさ』を大事にするバランスの良い経営に興味を惹かれました」と語っている。その一人ひとりの志がマグネットとなって、多様なファン顧客の間に共感の輪が広がっていく。

これこそが、J-CSV経営の本質である。今、世の中では人的資本経営がにわかに脚光を浴びている。しかしヤッホーブルーイングは、人を「資本(リソース)」ではなく、価値創造の「源泉(ソース)」として位置づけ、四半世紀にわたり、独自の成長を遂げているのである。

「三方よし」を実践することで、「株主よし」をもたらす。J-CSVがめざすべき理想的な企業の姿と言えるだろう。

「第1回:『100人中の1人』に愛されるビールづくり」はこちら>
「第2回:ビール事業ではなく、エンターテインメント事業」はこちら>
「第3回:螺旋状に成長し続ける組織」はこちら>
「第4回:コロナ禍の成長と挑戦」はこちら>
「第5回:パートナーと一緒にビール業界を盛り上げていく」

画像: 日本のビールに、バラエティを。
【第5回】パートナーと一緒にビール業界を盛り上げていく

井手 直行(いで なおゆき)/ニックネーム:「てんちょ」
株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長/よなよなエール愛の伝道師
1967年生まれ。福岡県出身。国立久留米工業高等専門学校卒業。大手電機機器メーカー、広告代理店などを経て、1997年、ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。地ビールブームの衰退で赤字が続く中、インターネット通販業務を推進して2004年に業績をV字回復させる。2008年、社長に就任。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社,2016年)。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.