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「第2回:国内で二番目のネット銀行を創業」
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イーバンク銀行の設立に奔走した30代前半
八尋
若山さんは長銀、メリルリンチ証券会社を経て、2000年に独立してイーバンク銀行(現・楽天銀行)を創設されました。どういう経緯だったのですか?
若山
当時、伊藤忠商事で日本オンライン証券(現・auカブコム証券)の立ち上げをされた松尾泰一さんから一緒にやらないかと声をかけていただいたのです。松尾さんは長銀時代の先輩で20歳くらい年上の方ですが、中学・高校・大学の先輩でもありました。松尾さんが社長、私が副社長となり、松尾さんとともに伊藤忠で日本オンライン証券の設立に携わった河野貴輝さん(現・TKP社長)が取締役という布陣でスタートしました。私が32歳のときのことです。
米国ではすでにイーロン・マスクとピーター・ティールがそれぞれ率いる会社が合併してペイパルという決済会社がスタートしていて、私自身、これからはインターネットを介した決済サービスが伸びていくだろうと思っていました。実際に、ピーター・ティールにも会いに行ったんですよ。
八尋
当時の日本では、決済業務を行うためには旧銀行法に基づく銀行免許の取得が必須で、巨額の資本も必要だったのではないですか。
若山
その通りです。いまでこそスマートフォンでの決済は当たり前ですが、当時はまだiモードの時代です。事業を説明しても皆さんなかなかイメージできないので、携帯電話をレジにかざすと銀行口座からダイレクトに支払いができるといったプロモーションビデオを電通と一緒につくったりもしました。それでも、「取引データを外部のデータセンターに置いて大丈夫なのか」とか、「停電したらどうするのか」とか「インターネットがなくなったらどうするんだ」などと言われたりしてね(笑)。金融庁からは資本は集まるのかと問われる一方で、出資者からは、本当に銀行免許が下りるのかと言われる。結局、免許が取れれば出資が決まるということで金融庁を説得して、なんとか100億円を集めることに成功しました。
なかでも私たちの最大のコンセプトは、「約40億円という破格の値段で銀行システムを構築する」というものだった。それこそが店舗を持たないネット銀行の強みですからね。ただ、他行からは「できるはずがない」と言われていました。
八尋
それは、当時の勘定系システムの開発では2桁くらい少ない額でしょう?
若山
そうですね。結局、システム構築の最後のところは日立の金融システム部門の方たちに尽力していただいて、なんとか開業に至りました。さすが日立です。
企業再生や不動産ファンドで利益を上げる
八尋
その後、2004年にアセット・インベスターズ(現・マーチャント・バンカーズ)の代表取締役に就任されました。
若山
イーバンク銀行の経営は、開業後も楽な道のりではなく、結局、私と河野さんが2004年に抜けることになったんですね。その後、2009年に楽天に買収され、現在は楽天銀行に引き継がれています。いまでも自分がつくった会社が残っているというのは嬉しいものです。
アセット・インベスターズというのは、もともと紡績会社だったのですが、投資ファンドが入って、企業の再生や不動産などへの投資業務を行う企業へと、事業構造をガラッと変えた会社です。そのタイミングで、ファンドの意向で私が社長に就任しました。ここでは、不動産ファンドやプライベート・エクイティ・ファンドの運用のほか、香港でファンドを立ち上げるなど、さまざまな投資事業に関わりました。私の人生でもっともバブルな時代です(笑)。
八尋
そのまま続けていたら、日本のジョージ・ソロス※になっていたのにね(笑)。
※ ジョージ・ソロス
ハンガリー生まれの世界最大の投資家の一人。ヘッジファンド運用で財をなし、哲学者・慈善家としても著名。哲学については、八尋も学んだロンドンスクールオブエコノミクスで博士号を取得している。
リーマンショックが大きな転機に
八尋
結局、若山さんはお金儲けよりも、事業を伸ばすことに興味があったということでしょうか。
若山
そうですね。2009年にアセット・インベスターズの社長、会長を辞任して、自ら自由に差配できるフリーダム・キャピタルという投資およびアドバイザリーの会社を立ち上げました。そこで、ベンチャーに投資したり、企業の中に入って事業の立て直しをしたり。その中の一社が、現在のミナトホールディングスの前身、ミナトエレクトロニクスだったというわけです。
八尋
投資会社におけるポートフォリオでの運用(分散投資)であれば、投資先の一つでたとえ損をしても、トータルで利益が上がれば投資家は喜びます。ただ、逆に投資家からのプレッシャーも受けることになる。それを自分のファンド、つまり自己資金で、助けたい企業、伸ばしたい企業だけに投資するというのは、なかなかできることではありません。
若山
リーマンショックの影響も大きかったと思います。いいときはファンドに資本も集まり儲かるけれど、リーマンショックのようなことがあると、多くの企業がお金を返せなくなって次々に倒産していく。そうした事態を目の当たりにして、自分の資本、自分の会社で、マイペースに仕事をしたいと思うようになったのです。さらには、自分で事業をしてみたいと思うようにもなりました。
八尋
経営コンサルタントをされていたお父様の影響もあるのでしょうか?
若山
父の仕事の関係で、家に松下幸之助氏や稲盛和夫氏の本があり、それらを通じて、いつか企業経営に携わりたいという思いはありました。40歳を過ぎて、本当にやりたかったことに踏み出したということかもしれませんね。(第3回へつづく)
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
若山 健彦
ミナトホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 社長。
1989年、日本長期信用銀行(現・SBI新生銀行)入行。外資系証券会社を経て、2000年 イーバンク銀行(現・楽天銀行)を設立して代表取締役副社長兼COOなどを歴任。その後上場企業での代表取締役社長等を経て、2012年にミナトエレクトロニクス株式会社(現・ミナトホールディングス株式会社)の代表取締役社長、2019年より代表取締役会長兼社長に就任。社内の構造改革を進めるとともに、M&Aや海外展開を通じてミナトホールディングス・グループの売上高・収益力の大幅な伸長を実現している。東京大学卒業、米国スタンフォード大学経営大学院修了(MBA)。
八尋 俊英
株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長。
中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、2021年より東京工業大学 環境・社会理工学院イノベーション科学系 特定教授兼務、現在に至る。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。