「第1回:90年代半ばにIT産業勃興を体感」はこちら>
「第2回:国内で二番目のネット銀行を創業」はこちら>
「第3回:『デジタルコンソーシアム構想』とは」
「第4回:グループ各社の強みを生かし、シナジーを追求」はこちら>
「第5回:eスポーツやメタバースへ先行投資する」はこちら>
投資家から製造業の経営者へ
八尋
若山さんは、これまでさまざまな会社に投資をされてこられたわけですが、そのなかでなぜ、ミナトエレクトロニクスに目をつけ、中に入って経営をしようと思われたのですか?
若山
よく聞かれる質問なのですが、実は当時、この会社が特別魅力的に映ったというわけではなかったのです。投資先の一つで、その事業を再生する必要から、誰かが中に入らなければいけなかった。そのときに私が中に入ることになったというだけで、怪我をしている人を見捨てるわけにはいかない、という感覚でした。
もちろん、大きな企業ではないけれど、半世紀以上の歴史と高い技術力を持つ企業が苦境に立たされているのを、なんとかしたいという思いはありました。自分が入って本気でやれば救えるだろうという見通しもあった。ただ、取引銀行など、外部からは、「事業を立て直したら、さっさと他に売り飛ばすんじゃないの?」などと疑われたりもしました。経営者となり10年が過ぎて、やっと皆さんから信じてもらえたという感じです。
八尋
10年前に横浜の工場を案内してくださった際に、「こういう現場こそが日本のモノづくりの原点だよね」と誇らしげにおっしゃっていたことがとても印象に残っています。最初は投資先の一つだったとはいえ、やはり日本のモノづくりに賭ける思いがあったのでしょうね。
M&Aを軸に売上が急成長
八尋
その後、ミナトエレクトロニクスの事業再生をどのように進めていかれたのでしょうか。
若山
ご承知のように、買収後には、100日プランが重要と言われます。最初の30日で現状を把握し、次の30日でアクションプランをつくり、最後の30日で実行(エグゼキューション)していきます。ミナトエレクトロニクスの場合も、最初の30日間で社員全員を面接して現状を把握し、何か無駄がないかを徹底的に調べました。ところがすでに雑巾がすっかり絞られたような状態で、経営陣も社員も皆、真面目に努力しているということがわかったんですね。
ここから事業を立て直すには、規模を大きくする以外に道はないと思いました。そこで、まずは売上を倍以上の30億円まで伸ばそうと、M&Aと新規事業開拓、海外進出の三本柱でやっていくことにしたのです。
幸い2014年にイーアイティー(現・クレイトソリューションズ)というタッチパネル製造とSE派遣でシステム開発をしていた会社を、さらに2016年には産業用のメモリモジュールを販売するサンマックス・テクノロジーズを子会社化することで、売上を約80億円まで伸ばすことに成功しました。その後は、さらに100億円、200億円、300億円と目標を高めています。海外については、現在、中国・上海にROMの書き込み工場が、香港にメモリモジュールの販売拠点があります。
八尋
ミナトエレクトロニクス本体のサクセスストーリーがあったからこそ、他の企業も後に続いたし、ファンも増えていったのだと思います。そういう意味では、やはり最初の一歩の成功が大きいですね。
「デジタルコンソーシアム構想」がめざすもの
若山
当社では現在、こうしたM&A戦略を「デジタルコンソーシアム構想」と名づけ、ビジョンとして取り組んでいます。デジタル分野で面白い取り組みをされている企業にグループに入っていただき、仲間とともに成長していくわけですね。
ただ、グループと言っても多様で、100%子会社として入ってもらうケースもあれば、投資や出資を伴うことなくアライアンスだけを結ぶケースもあります。社名に「ミナト」を冠することも強要しませんし、私が必ず会長としては関わりますが、もとの社長にはそのまま経営を続けていただきます。例えば、東京工業大学発のスタートアップで、小型ステレオカメラの開発を手掛けるITD Labとは共同開発契約を結んでいて、当社が量産化や販売のお手伝いをしています。このように、企業ごとにさまざまに異なる関係を結んでいるのです。
八尋
そこはやはり、経営者目線と投資家目線の両方をうまく使っていらっしゃるなと感心します。グループ全体で100億円をめざせば投資家の目線が大きく変わるということを知っているからこそ、M&A戦略で規模を拡大してこられた。一方で、従来の親会社・子会社の関係や、「ケイレツ」の考え方に縛られることなく、時代の変化に即した形でシナジーを最大限に生み出そうとされています。
かつて、日本のモノづくりは「ケイレツ」が強みになっていたわけですが、デジタルコンソーシアム構想はその真逆の考え方ですからね。つまり、日本の小さな会社やスタートアップそれぞれの良さを維持しつつ、新しい取引先とも柔軟にどんどんつながっていけるような自由さがある。投資やM&Aをうまく活用しながら、親会社・子会社という資本の縛りとはちがう形で仲間を増やしているのは、若山さんならではの稀有なやり方だと思います。
若山
もちろん、日本電産や楽天など、M&Aで規模を拡大してきた会社は他にもありますが、もとの社長を据えたまま、事業にもあまり口出しすることなく、グループ内で合併もしながらシナジーを生み出し、ともに成長してきたというのは、当社の大きな特色と言えるかもしれません。(第4回へつづく)
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
「第4回:グループ各社の強みを生かし、シナジーを追求」はこちら>
若山 健彦
ミナトホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 社長。
1989年、日本長期信用銀行(現・SBI新生銀行)入行。外資系証券会社を経て、2000年 イーバンク銀行(現・楽天銀行)を設立して代表取締役副社長兼COOなどを歴任。その後上場企業での代表取締役社長等を経て、2012年にミナトエレクトロニクス株式会社(現・ミナトホールディングス株式会社)の代表取締役社長、2019年より代表取締役会長兼社長に就任。社内の構造改革を進めるとともに、M&Aや海外展開を通じてミナトホールディングス・グループの売上高・収益力の大幅な伸長を実現している。東京大学卒業、米国スタンフォード大学経営大学院修了(MBA)。
八尋 俊英
株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長。
中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、2021年より東京工業大学 環境・社会理工学院イノベーション科学系 特定教授兼務、現在に至る。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。