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日産自動車 総合研究所所長 土井三浩氏/日立製作所 研究開発グループ 谷崎正明
日産自動車株式会社 総合研究所所長の土井三浩氏と、日立 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ センタ長の谷崎正明による対談。第3回では、非常時における行政と企業の連携のあり方について語っていただいた。

「第1回:『移動』を取り巻く社会の変化」はこちら>
「第2回:地域の『移動』をいかに支えるか」はこちら>
「第3回:非常時におけるモビリティの生かし方」
「第4回:『移動』を呼び起こすデザインの力」はこちら>

非常時に発揮される、行政と企業の結束力

丸山
社会が変化していく中で、地域住民の方々が移動に対して抱く期待や価値観も変化しつつあると考えられます。同時に、モビリティの役割にも変化が起きているのではないでしょうか。谷崎さんは行政が関わるプロジェクトにも携わっていますが、モビリティの役割の変化をどう見ていますか。

谷崎
日立は2018年に東京都の国分寺市と「イノベーション創生による地域活性化に向けた包括連携協定」を締結し、地域社会の持続的な発展を支える未来の社会システムのあり方を探索するプロジェクトを進めています。その中で、普段の生活だけではなく、非常時における防災あるいはレジリエンスという考え方に基づいた取り組みも進めています。

冒頭にも触れたように、かつてインフラは公共が支えるものでしたが、それだけでは不充分になってきました。災害のような非常時こそ、地域の企業や住民の方々が協力しあうことでインフラを維持していかなくてはなりません。

例えば、災害で電力供給が途絶えてしまったときに非常用電源として役立つのがEVのバッテリーです。国分寺市との取り組みでは、行政が実施する防災訓練のプログラムにEVのバッテリーを活用するための訓練を組み込むことで、いかに災害時でもレジリエンスを高めていくかという試みを行っています。

画像: 非常時に発揮される、行政と企業の結束力

土井
自分が住んでいる町がもし停電になった場合、停電していない近隣の市町村からEVをどんな段取りで確保するかなど、いざEVのバッテリーを使うとなったときのための連携体制をどう整えるかが重要です。やはり、事が起きてからではなかなか敏速に動けません。前もって周辺自治体や企業との連携協定を結んでおけば、おっしゃるようなEVの活用がスムーズにできるようになります。

2019年9月に台風15号の影響で千葉県が大規模停電になったときには、当社が現地の避難所や福祉施設に駆け付けてEVのバッテリーを提供し、主に携帯電話の充電や熱中症対策用の扇風機の電源としてご活用いただきました。EVをモビリティとしてだけではなく非常用電源としても活用する。そのために自治体単独ではなく企業とも協力し合う。このような取り組みが全国各地で増えてきています。

非常時に協力しあえる、コミュニティのサイズ感

丸山
要するに、災害が起きたときにEVのバッテリーを使いましょうという社会の合意形成と、マイクログリッド(※)に代表される技術をつなげることで、非常時の生活を支えるという考え方ですね。ここで重要になるのが、行政や企業を含めた、社会を構成する一人ひとりの価値観の変化ではないでしょうか。土井さんのお話に出てきたEVのように、みんなが私財を拠出しあうことで支えあう貢献の意識が、今後ますます大きな意義を持つと感じます。

※ 大規模発電所の電力供給に頼らず、コミュニティ内にエネルギー供給源と消費施設を持ち地産地消をめざす、小規模なエネルギーネットワーク。

谷崎
大規模な自然災害が増えている近年だからこそ、互いに助け合うという意識を持たなくてはいけないと思います。さらに大切なのは、実際に非常時に直面したときにそれができるかどうかです。先ほどご紹介した国分寺市とのプロジェクトにおいても、「実際にいざ災害が起きたとき、コミュニティへの貢献についてあなたはどう考えますか?」と住民の方に問うという試みを織り交ぜています。

土井
今のお話を伺って思ったのですが、住民同士が助け合おうとするコミュニティのサイズには限度があるような気がしました。例えば、東京のような大都会の中心で何か非常事態が起きた場合、日常のつながりが薄く、かつ、大人数の住民の間でどのような助け合いが発生するのか。あるサイズ以上の大規模なコミュニティとなると、実際の防災現場では各人が経験したことがない、難しい課題が出るように思います。逆に言うと、地方の小さな市町村こそ、その規模の小ささを強みにして非常時にも密接に連携できる。

画像: 非常時に協力しあえる、コミュニティのサイズ感

谷崎
いわば、顔が見える距離感ですね。

土井
そうです。おそらく、コミュニティ内で協力し合えるちょうどいい距離感があると思うのです。

谷崎
まったく交流のない人に対して自分の私財を投げ打つのと、普段から顔見知りで言葉を交わせる仲の人を助けるのとでは、ハードルがまったく異なりますからね。

住民の関わり合いの上に成り立つ「移動」

丸山
日立は国分寺市のほか、以前の対談でも紹介した神奈川県の三浦市などで、フューチャー・リビング・ラボ(※)という活動をしています。実はそれが、地域住民同士の支え合いや関わり合いの練習になっているかもしれません。

※ 地域で多くの人が利用するインフラなどの社会のしくみが、将来に向けて新たにどのようなことを担うべきか、地域の人たちとともに考える活動。

谷崎
確かにそういった面もあります。三浦海岸という地域にいかに人を集めるかを考えるという趣旨で、2021年9月に1カ月かけて「みんなでつくる三浦海岸の地図」という取り組みをしました。地域の方々が「そもそも自分たちにとって公共的なものとは何か」を考えるきっかけにしていただくため、京急三浦海岸駅前に町の地図を掲示し、住民や来訪者の方々に「わたしのお気に入りの場所」を書き込んだり貼ったりしていただくという試みです。

画像: 住民の関わり合いの上に成り立つ「移動」

フタを開けてみると、想定していた以上にたくさんの方々が「わたしのお気に入りの場所」を貼ってくださり、地図はすぐに埋まってしまいました。住民や来訪者の方々が駅前を通るときにその地図を目にして、地域の魅力――いわば隠れた公共財にあらためて気づく。そんな発見の場を提供することができました。

土井
移動にも、助け合いの側面は見逃せません。近年、小規模のコミュニティを運行するモビリティをリタイアされた地域の方が運転し、さらに高齢の方の移動を支えるという動きが全国的に起きています。これはまさに、助け合いで成り立っているものです。

交通弱者という言葉がありますが、移動が難しいのは高齢者だけではなく、小さな子どもにも当てはまります。地方ですと一軒一軒の間隔が離れていることも多いので、子どもだけで友達の家に移動するのが危険な場合もあります。だからと言って、その都度親御さんが車を出して送り迎えをするとなると、家庭への負担が大きくなります。そういった、日常のちょっとした移動も地域で支えることが今後ますます必要になってくると思います。(第4回へつづく)

「第4回:『移動』を呼び起こすデザインの力」はこちら>

画像1: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その3】非常時におけるモビリティの生かし方

土井三浩(どい かずひろ)
日産自動車株式会社 総合研究所 所長

1985年、日産自動車株式会社入社。ペンシルバニア州立大学客員研究員、日産自動車総合研究所車両交通研究所主任研究員を経て、2005年、日産自動車技術企画部部長に就任。その後、商品企画室セグメント・チーフ・プロダクトスペシャリストやルノー社出向管理職などを経験し、2014年より現職。2020年より、常務執行役員とアライアンスグローバルVPを兼務している。

画像2: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その3】非常時におけるモビリティの生かし方

谷崎正明(たにざき まさあき)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ センタ長

1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。

画像3: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その3】非常時におけるモビリティの生かし方

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長


日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

Linking Society

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