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日産自動車 総合研究所所長 土井三浩氏/日立製作所 研究開発グループ 谷崎正明
サービスデザインで注目される「なみえスマートモビリティ」において、「モノ」のデザインが持つ力を再認識したと明かす日産自動車株式会社 総合研究所所長の土井三浩氏。一方で土井氏は、地域をデザインする力も注視している。日立 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ センタ長の谷崎正明との対談、最終回。

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「第4回:『移動』を呼び起こすデザインの力」

依然として大きい「モノのデザイン」が持つ力

丸山
先ほどお二人が交わされた議論は、広義のサービスデザインと言われる領域に当たると思います。子どもの移動を地域が助けることで社会をより元気にする。災害時にみんなが私財を差し出しあって協力しあえるように、日頃からみんなが関わり合う訓練をする。そういった、社会の構成員全員がもっと地域に貢献しようとする行動変容を促すためのしくみづくりも、サービスデザインの領域なのではと思います。

一方で、土井さんにご紹介いただいた「なみえスマートモビリティ」の取り組みは2022年度のグッドデザイン賞を受賞しグッドフォーカス賞[防災・復興デザイン]にも選出されているのですが、サービスデザインだけではなく、トラディショナルな意味でのデザイン――つまり「モノ」のデザインも受賞理由の1つとして評価されたと伺っています。

土井
当社はこれまで自動車でグッドデザイン賞を受賞してきました。昨今デザインの対象が従来のモノからコトへと変化している潮流もあり、移動という行為そのもののデザインに注力した浪江町での取り組みが評価されるのではという思いから応募しました。

ですが、ご指摘いただいたようにモノのデザインにも注力しました。運行車両には「浪江」の浪と海をイメージしたブルーを基調に、町の花であるコスモスのピンクをあしらったラッピングを施しています。また、停留所に設置したサイネージには震災前の懐かしい思い出や復興後の町のイメージをイラストで表現し、利用者が親しみやすいビジュアルとしました。

画像1: 依然として大きい「モノのデザイン」が持つ力

人目を引くデザインの車両が町中を走っていると、遠くからでも視認できますし、住民のみなさんがちょっとウキウキされているのを感じます。面白いのは、車両を見かけたお子さんが「あれに乗りたい!」と言って、親御さんと一緒に利用してくださることです。住民の方々が「なみえスマートモビリティ」の車両の存在に注目し、利用者が増える。そんな好循環を生んでいるという面からも、従来からのモノのデザインが持つ力が依然として大きいことをあらためて感じています。

谷崎
単にモノがあるというだけではなく、結果として住民の方々の移動が活発になり、町がどんどん活性化していくと。

土井
そうです。町の中を人が歩いているという事実が、何よりも町を活性化させていると感じます。地方の町に行くと、みなさん自家用車を利用されているので、町中を歩くと人通りが少なく、寂しく感じてしまうことが多い。ですが、そこに公共の乗り物が走っていると、その中には何人か乗客がいて、停留所で降りて目的地まで歩くという光景が必ず生まれる。もちろん自動車会社としては多くの人に自家用車を利用してほしいという思いはありますが、町を活気付けるインフラとして公共交通の意義は大きいと思います。

画像2: 依然として大きい「モノのデザイン」が持つ力

丸山
町が活性化していることを示すアイコンとしてバスや乗り合いタクシーが走り回っていると、「自分たちの町が戻ってきたんだ」という実感を住民の方が持てるのでしょうね。しかもそれが子どもにも伝わるわかりやすいデザインであれば、なおさら高い効果が期待できそうです。

公害の都市から変貌を遂げた、ビルバオ

丸山
移動そのものや自動車をはじめとする移動体をデザインするには、町という集合体をどうデザインしていくかから考えていかなくてはいけない時代になっていると思います。つまり、モビリティに携わるならまちづくりから地域に関わる必要が出てきたというのが現在の潮流だと思います。そう考えたときに何か参考になる先行事例はあるのでしょうか。

土井
町にもいろいろな生い立ちがあります。その地域の歴史を知ることがまずは大事になると思います。当社は浪江町で“まちづくり”と呼べるほどの取り組みはできていませんが、その経験をきっかけに海外のまちづくりにも関心を持ち、現地を見に行くようになりました。

スペインのバスク地方にビルバオという都市があります。かつては製鉄で栄えた土地なのですが、1980年代に入ると公害などの問題が起きて一気に衰退した上、洪水で大打撃を受けました。そこから復興を果たし、今や芸術と観光の都市としてすっかり生まれ変わっています。

画像1: 公害の都市から変貌を遂げた、ビルバオ

わたしが感銘を受けたのは、それが地域としてデザインされている点です。近隣にはサン・セバスティアンというリゾート地があり、ヨーロッパ中から毎年たくさんの観光客が訪れます。そこからちょっと足を延ばすとビルバオがあり、1997年に開館した近現代美術のビルバオ・グッゲンハイム美術館をはじめとする観光スポットが市内に点在しています。と言ってもビルバオは完全な観光都市ではなく、金融やエネルギー関連の大企業が本社を置くビジネスの街として成り立っています。サン・セバスティアンと競合せず共存する地域デザインが絶妙ですし、市内のインフラをいかにスマート化するかといった面でも工夫が見られます。

ビルバオのインフラで特徴的なのは、人々の水平移動だけでなく垂直移動を支えている点です。市内の至るところにエレベーターが整備され、歩行者が縦・横にスムーズに移動できるよう町全体がデザインされています。

画像2: 公害の都市から変貌を遂げた、ビルバオ

東京都内における移動と北海道内における移動の性格がまったく異なるように、移動とはとてもローカルな行為です。繰り返しになりますが、どんな歴史の上にその町が成り立っているのかを充分に理解する必要があると思います。

都会で消費されるモノを生産しているのは、ほかでもない地方です。地方と都会の両方がないと、人々の生活は成り立ちません。にもかかわらず、都会には人がたくさんいるのでどんどん進化していく。反対に地方は取り残される――このパターンを避けるためにも、それぞれの地域に合った移動を考慮する視点が非常に大切になっていくと思います。

谷崎
その土地の生い立ちをまずは理解する――日立が取り組んでいる社会のデザインにも欠かせない視点です。企業の人間だけでなく、住民の方々を中心に丁寧なコミュニケーションを重ねることで地域を理解し、地域の魅力を引き出していく。そういった取り組みを積み重ねることで、移動を含めた社会のあり方をデザインし、だれもがいきいきと動ける未来のまちづくりを探索していきたいと思います。

丸山
お二人とも、本日はどうもありがとうございました。

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「第4回:『移動』を呼び起こすデザインの力」

画像1: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その4】「移動」を呼び起こすデザインの力

土井三浩(どい かずひろ)
日産自動車株式会社 総合研究所 所長

1985年、日産自動車株式会社入社。ペンシルバニア州立大学客員研究員、日産自動車総合研究所車両交通研究所主任研究員を経て、2005年、日産自動車技術企画部部長に就任。その後、商品企画室セグメント・チーフ・プロダクトスペシャリストやルノー社出向管理職などを経験し、2014年より現職。2020年より、常務執行役員とアライアンスグローバルVPを兼務している。

画像2: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その4】「移動」を呼び起こすデザインの力

谷崎正明(たにざき まさあき)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ センタ長

1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。

画像3: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その4】「移動」を呼び起こすデザインの力

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長


日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

Linking Society

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