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日産自動車 総合研究所所長 土井三浩氏/日立製作所 研究開発グループ 谷崎正明
日産自動車株式会社 総合研究所所長の土井三浩氏と、日立 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ センタ長の谷崎正明による対談、第2回。東日本大震災で被災した福島県の過疎地で日産自動車が取り組むモビリティ関連プロジェクトを例に、地方における移動の支え方について語っていただいた。

「第1回:『移動』を取り巻く社会の変化」はこちら>
「第2回:地域の『移動』をいかに支えるか」
「第3回:非常時におけるモビリティの生かし方」はこちら>
「第4回:『移動』を呼び起こすデザインの力」はこちら>

日産自動車が過疎地で挑むMaaS

土井
先ほど谷崎さんから「The Right to Mobility」というお話がありました。自動車を運転する生活者の側から移動という行為を捉えると、谷崎さんのおっしゃるRight(権利)をWill(意思)に置き換えるとしっくり来ます。やはり、だれしも「移動したい」と思っているからです。そのためのツールとしてどの移動体を使うべきかについては議論の余地がありますが、1つ言えるのは、東京や大阪といった大都市のように多くの人が暮らし、日々移動しているエリアでは、移動のためのインフラがすでに充実していることです。

中には「もっと速く移動したい」「待ち時間を短くしたい」といったさらなる効率化を求める声も、まだまだあるでしょう。そういう課題を解決する手段としてMaaS(※)があります。

※ Mobility as a Service:利用者一人ひとりの移動ニーズに対応し、複数の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済などを一括で行うサービス。

ただ、MaaSもビジネスですから、東京や大阪のように利用者が多く、収益化できるエリアだからこそ提供できるものであり、過疎の集落ではなかなか成り立ちにくいのが実態です。しかし当然ながら、過疎の集落に暮らす人々も「移動したい」と思っているはずです。このジレンマを解くために当社が取り組んでいるのが、2021年2月から福島県の浪江町(なみえまち)で実証実験を行っているオンデマンド配車サービス「なみえスマートモビリティ」です。

当社が住友商事株式会社との共同出資で設立した、EV用の中古電池を再利用・再資源化するフォーアールエナジー株式会社という企業があります。その工場を2018年に浪江町に誘致いただいたというご縁もあり、取り組みがスタートしました。

画像: 日産自動車が過疎地で挑むMaaS

被災地ならではの交通事情

土井
「なみえスマートモビリティは、要するにオンデマンドの乗り合いタクシーサービスです(※)。町内どこからでも徒歩1分以内の場所に停留所があり、利用者がスマートフォンや一部の停留所に設置されたサイネージ上で配車と行き先を予約すると、その都度車両が運行されるしくみとなっています。

※ 従来の路線バスのように複数の利用者を一度に運べると同時に、タクシーのように利用者一人ひとりの要望に応じた柔軟な運行を提供する移動サービス。デマンド交通、オンデマンド交通とも呼ばれる。

丸山
どんな地域課題の解決をめざして始まった取り組みなのでしょうか。

土井
浪江町にはかつて約2万人が暮らしていたのですが、2011年の東日本大震災後に全域避難指示が出され、全町民が転住を強いられました。2017年に一部地域の避難指示が解除され、今では約2,000人が浪江町に戻って生活されています。しかし、地震や津波の被害が甚大だったこともあり震災前ほどの公共交通網は整備できておらず、特に自家用車の利用が難しい高齢者の移動手段の確保が問題となっていました。

もともと住まわれていた方々が町に戻れるようにするためにも、これは早急に解決すべき課題です。さらに、町への来訪者の足を確保する必要もあります。浪江町までは鉄道で行くことができても、駅に着いた後に町内をスムーズに移動できないままでは非常に不便だからです。浪江町のように過疎や人口減少に悩む地域に対し、新しい移動のあり方を提示できないか。そんな思いから、当社が少しお手伝いをさせていただいています。

画像: 日産自動車 土井三浩氏

日産自動車 土井三浩氏

プロジェクトはまだ手探りの段階ですが、やればやるほど、移動の目的とセットで配車サービスをデザインすることの重要性を痛感させられます。最近はいわゆるまちづくりの領域にも踏み込みつつあります。住民の皆さんのQuality of Lifeの向上にどれだけ貢献できるか。そこに、この取り組みの意義があります。

地場の交通を支える「ゆるぎない意志」

丸山
「移動」がその人の「望み」をかなえる1つのアクティビティだとすると、一人ひとりの「望み」そのものと向き合うことが公共交通において大切だと。一方で谷崎さんは地方の交通に関するプロジェクトにも携わっていますが、地域の移動を支える事業者の方々と接する中でどんなことを感じていますか。

谷崎
土井さんからのお話にもあったように、MaaSは大都市では成り立つものの、地方都市ではなかなかそうはいきません。ですが、わたしがプロジェクトでお付き合いしてきた地域の交通事業者の方々は、「地元住民の生活基盤を自分たちが支えている」という誇りを持って会社を経営されています。バスや鉄道が止まってしまうと本当に地域の方々の生活が成り立たなくなってしまうので、簡単に辞めることなどできない。地場の交通を支えていくというゆるぎない意志を強く感じます。

画像: 日立 谷崎正明

日立 谷崎正明

丸山
もともと地域のインフラを担ってこられた方々が、事業者として存在している。そこに我々がお手伝いに入るとしても、地元の交通事業者の方々が苦労してつくりあげてきたものをないがしろにして何か新しいしくみをつくれるわけではない。そこは充分に留意しなくてはいけないところですね。

土井
おっしゃるとおりです。浪江町で行っている実証実験では当社のEVを運行車両としてお使いいただいていますが、運行そのものは地元の運行事業者にお願いしています。

谷崎
地域の方々自らプロジェクトにしっかりと携わることが、よりよいまちづくりには不可欠です。(第3回へつづく)

「第3回:非常時におけるモビリティの生かし方」はこちら>

画像1: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その2】地域の「移動」をいかに支えるか

土井三浩(どい かずひろ)
日産自動車株式会社 総合研究所 所長

1985年、日産自動車株式会社入社。ペンシルバニア州立大学客員研究員、日産自動車総合研究所車両交通研究所主任研究員を経て、2005年、日産自動車技術企画部部長に就任。その後、商品企画室セグメント・チーフ・プロダクトスペシャリストやルノー社出向管理職などを経験し、2014年より現職。2020年より、常務執行役員とアライアンスグローバルVPを兼務している。

画像2: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その2】地域の「移動」をいかに支えるか

谷崎正明(たにざき まさあき)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ センタ長

1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。

画像3: 未来の社会を支える、モビリティの新たな役割
【その2】地域の「移動」をいかに支えるか

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長


日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

Linking Society

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